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ep.9『同窓』前半 ⑤

***


 その晩、二人は客間で久し振りに布団を並べて寝ることにした。

 家での食事にしろ歓迎会にしろ、せっかくの再会なのに二人きりでゆっくり話す機会が無かったから、というフレーダの気遣いもあった。


「おいヴォルガー、壁を軽く叩いてみろよ」

「ん?」


 どういう意図の提案かはわからないが、ヴォルガーは言われたとおりに軽く壁を叩いてみる。コンコン、と。

 ……しかし、鳴るはずの「コンコン」という音は一切聞こえてこなかった。


「これは……?」

「驚いたろ? 実はこの家、特殊な防音加工がしてあんだよ!!」

「なるほど、確かに音が吸収される」


 ヴォルガーは感心して、更に何度かノックするがやはり音は聞こえない。


「俺がフレーダさんと結婚してこの村に住むってなったとき、村のみんなが急ピッチで建ててくれたんだよ!!」

「おお、やはりオグニは村の人達から愛されているのだな!」


 これを聞いたヴォルガーは、自分のことのように嬉しい気持ちになった。


「おかげで夜に声張って訓練しても平気なんだよ!!」

「フレーダさんは? 身体に障ったりしたら……」

「いや、俺もそう思ったんだけどよ、聞いてて安心するからむしろどんどんやってほしいって言われてさぁ」

「ああ、それならよかった」


 ヴォルガーもラピアから同じようなことを言われた覚えがあった。

 何が騒音に聞こえるかは人による、ということなのだろう。

 ヴォルガーとオグニはそれぞれ布団に横たわり、話の続きをする。


「ところで、オグニはどうしてこの村に来たんだ?」

「単純な理由だよ。もう一年も前になるかな、この村周辺の森で凶暴な魔物が大量発生してよ」

「魔王軍の影響か……」

「ああ。当然高額の依頼が出てたもんだから、俺は修行がてらそれを請け負って魔物を倒していたわけだ。他の場所でもやってきたことだな」


 勇者パーティに加わる前のヴォルガーも、同じような生活をしていた。

 特筆すべきこともない、冒険者としてありふれた行動だ。

 それ故に、どうして定住に繋がったのかがヴォルガーにはますます気になった。


「あんまり魔物が多いもんだからよ、俺はしばらくの間、基本的には森に籠もって必要なときだけ村を訪ねる生活をしていたわけだ。そんなとき、何かと面倒を見てくれたのがフレーダだった」

「なるほど、そこで縁ができたわけだな」

「ああ。俺が村に行くとほとんど付きっきりで世話をしてくれて、親切で優しい人だなぁと思っていたら、知らないうちに結婚することが決まってたんだ」

「……え゛っ!!??」


 あまりにもさらっと言われたので、ヴォルガーは自分の聞き間違いを疑った。


「え゛っ、いや、結婚ってそんな知らないうちに決まるものなのか!!??」

「ああ……俺も驚いたが、どうやら世間ではそういうこともあるみたいだぜ……」

「そ、そうなのか……世間は広いな……」


 道場での修行に青春を捧げた自分はやはり世間知らずなのだな、とヴォルガーは改めて認識した。


「それにしても久しぶりだなぁ、こうやってお前と並んで寝るのはよ」

「懐かしいな。666人並んで眠った道場の寝室が……」


 666人いた門下生は、畳敷きの広い寝室に全員で布団を並べて眠っていた。

 巨漢揃いの666人が並んでもぐっすり疲れの取れるだけの広さはあったが、それでもやはり傍から見れば圧迫感のある光景に違いなかった。

 今、二人で布団を並べても余裕のあるこの部屋がどこか寂しく思えた。


「あいつらも、どこで何をしていることやら……」


 開天流道場の門下生は魔物・魔族との戦いにおけるエリートであり、道場を離れた後もほとんどが戦いの道を選んだ。

 それ故オグニのように旅の途中で再会することもあれば、遠くから活躍の話を聞くこともあった。

 しかし、これだけの大所帯となると大半のことはわからない。

 便りが無いのは元気な証拠、とはいうが。


「……なぁ、ヴォルガー」

「なんだ?」

「お前、師匠の遺産はどうした?」

「遺産か……自分が生きる分は自分で稼げるからな。未だにほとんどが手つかずだ」

「だよな……俺もそうだ」


 家族のいない師匠は死ぬ間際、弟子の中でも実績・実力の高い者達に自分の遺産を譲った。

 プレイヤーとして、メンターとして、数々の功績を残した師匠は自らの資産を後身育成のため惜しみなくつぎ込んだが、それでもなお遺産は莫大な額であった。


「……ソスランのやつはさ、あっという間に使い果たしちまってよ」

「えっ、それは本当なのか!?」


 ヴォルガーは心底驚いた。

 ソスランの受け取った額も、そう簡単に使い果たせるようなものではなかったはずだ。たとえ、自ら稼ぐことを怠ったとしても。

 何より、ヴォルガーの知るソスランの人物像と噛み合わなかった。


「あの真面目なソスランが、そんなことに……?」

「驚くよな……。俺が使い込んであいつに怒られる方が似合いそうなもんなのによ」

「一体、どんな事情が……」

「事情もクソもねぇさ。あいつ、道場を出た後に変な遊びを覚えちまったみたいでよ……」

「そんな、理由で……」


 ヴォルガーの脳裏には、修業時代のソスランが浮かんだ。

 魔物討伐の依頼を請け負って遠征する際、ヴォルガーはソスラン・オグニとチームを組むことが何度もあった。

 遠征のついでに寄り道しようと冗談をいうオグニを、ソスランが説教で止めるのがあの頃のお約束だった。

 師匠としても、ソスランがいれば大丈夫だろうという見込みがあってチームを組ませていたはずだ。

 あのソスランが、遊びに金をつぎ込むなんて……。


「久しぶりに会った時にゃ遺産どころか借金までこさえててよ、俺が肩代わりしてやろうとも言ったんだが、そこは真面目なあいつだよな……自分でなんとかするっつって、どっかに行きやがった。それっきりだよ」

「……そんなことが」


 ヴォルガーは、なんと返せばいいのかわからなかった。


「遺産を譲るとなった時、師匠が言ったこと、覚えてっか?」

「もちろんだ。忘れるはずがない」


 『ワシの遺産を受け継いだお前達はもしかすると、こんな金はどこかに寄付して自分の力だけで生きていこうと考えるかもしれん。それが、人として正しい道であると。

 しかし、金とは人を支える基盤じゃ。悪いもの、汚いもののように扱ってはいかん。

 お前達が鍛えた力を存分に発揮し、より多くの人を救おうと思うのであれば、金という基盤を軽視するのではない』


「……俺達は、死にもの狂いで戦って、鍛えて、強くなったよな。体も、心も」

「……ああ。だからこそ師匠は、俺達に遺産を分けてくれた。正しい使い方をしてくれると信じて」

「だけどよ、道場を出て自由になって、結婚して……俺は思ったんだよ。俺達はひたすらに強くなることを目指して、目指した通りに強くなっていったけどよ……もっと、自分の弱さに向き合うべきだったんじゃないか、って」

「……考えたこともなかったな。なかったが、そうだな。強さを目指すことと、弱さと向き合うことは違うことかもしれん」


 師匠も、自分達も、純粋に信じていた。

 極限まで鍛え上げ、これからも鍛え続ける自らの強さを。

 だから……善意や正義感のために遺産を投げ捨てることは想像できても、弱さと愚かさで失うことは想像できなかった。

 もっと早く気づけていれば、あるいはソスランも……。


「……すまねぇな、せっかくの再会なのに湿っぽい話をしちまってよ」

「いや……俺も知るべき話だった」

「日課の乳首開発を終わらせて今日はもう寝ようぜ……」

「ああ、そうだな……」

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