ep.9『同窓』前半 ①
日が傾いてきた。
ヴォルガーとラピアは、地図と羅針盤を頼りに森を歩く。できれば日の入り前に森を抜けたいところだった。
とりあえず、自分達の向かっている方向が正しいかどうかくらいは把握しておきたいとラピアは考えた。
「ヴォルガーくん、お願いできますか?」
「ああ、わかった」
ヴォルガーは近くにあった手頃な木を登っていく。
駆け上がっていく、と表現した方が正確だろうか。枝から枝へと瞬時に飛び移り、あっという間に頂点へと達した。
ヴォルガーはそこから更に高く飛び上がる。すると、森の向こう側が一望できた。
どうやら二人の考えていた方角は間違いなかったらしい。歩みを進めている先に、確かに農地があった。
その面積は極めて広い。この大陸でも最大の農耕地帯らしい、という話に聞いていた通りの光景であった。
これだけの規模の農村であれば当然森から余所へ行く道も整備されている。少し行き先を変えて、道路へと出た方が楽だろう。
村から少し離れた場所……森の中に歴史を感じる大理石づくりの建造物があった。
その光景を見て、ヴォルガーは頭の奥にあった知識を思い出した。
農地を選ぶ際には土地や気候といった要素は当然重要だが、神様の力によって通常その土地や季節では育てられない作物を収穫できるパターンもあるのだと、同期の門下生でも博識な男がそう言っていた。
恐らく大理石作りの建造物は神を奉る神殿であり、その力によってこの土地は大規模な農耕地となったのだろう。
とにかく、この距離なら日の沈む前に無理なく村に到着できそうだ……と考えていた、その時
「ヘイ、覗きたぁいい趣味してんじゃねぇか」
突然、そう呼びかける声が聞こえてきた。
木の頂点から空中へと飛び上がったヴォルガーの、その背後から。
「ッッ!!」
反射的に裏拳で背後を叩くヴォルガー。しかし、その打撃は難なく受け止められてしまう。
次の攻撃はほぼ同時だった。
お互いに高く蹴り上げたその脚がぶつかり合う。自然と、その衝撃で二人の体は離れていく。
そしてお互い、手近な木に着地すると反動で幹がしなる。その勢いのまま、再び飛翔し、ぶつかり合いにいく。
――ここで、二人はようやく互いの顔を確認することとなった。
「――オグニっ!?」
「ヴォ、ヴォルガー!?」
殴る蹴るの戦いが不必要だということはすぐにわかった。
わかったが、一度飛び出した体はそう簡単に止まるはずもなく……
「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」」
ドオォォォォォォォォォォォォン!!!!
森を揺るがすような衝撃音とともに衝突し、そして同時に墜落した。
「わーっ!! ヴォ、ヴォルガーくん大丈夫ですかそちらの方も!!!」
慌てて駆け寄るラピア。
ヴォルガーはもちろん軽傷だったが、もう一人の男――ヴォルガーが「オグニ」と呼んだ、深い褐色の肌を持つ筋肉隆々の巨漢――も、同じく大したダメージは受けていないようであった。
改めて見れば、彼はヴォルガーと同じ黒いタンクトップに身を包んでいた。
「まさかお前がいるなんて……驚かせんなよなぁ」
「それはこっちの台詞だ……まったく……」
二人はゆっくりと立ち上がると、互いに顔を見合わせる。
「ともかく、腕は鈍ってないようで安心したぜ、兄弟!!」
オグニはヴォルガーの手を引ったくるように掴んで、固い握手を交わした。
「お前も、相変わらずだな」
ヴォルガーはふっと微笑んだ。
***
「道場に来た頃のこいつは本当に生意気でさぁ!! 一緒に旅してるラピアさんが心配だったんだよ俺ァ!!」
「お前に心配される謂われはない。変なことを言うな」
オグニが村まで案内してくれることとなり、その道中で思い出話に花も咲いた。
オグニは、ヴォルガーと同じ開天流道場の同期だ。
同期とはいっても、年齢でいえばオグニは四つも年上だった。
入門した当初、ヴォルガーが9歳でオグニが13歳。
ヴォルガーが異例の天才だったが故に、これだけ年齢差のある同期関係が生まれたのだ。
(13歳で入門したオグニも早い方ではあるのだが)
師匠が逝去して別々の道を進み、それ以来の再会であった。
「ふふっ、昔から可愛かったんですね、ヴォルガーくんは」
「ハハハッ、どうやら今も可愛いらしいぜ!! よかったなぁヴォルガー『くん』!!」
「やかましい!」
どんっ、とオグニの脇腹に肘を喰らわすヴォルガー。
「ぐふっ……そんなに照れるこたぁないだろ!!」
「まったく……今日はゆっくり休めるかと思ったら」
オグニのペースで談笑しているうちに、村へと到着していた。
「休むんなら俺ん家に来い!! 今夜はゆっくりしてけよ!!」
「……オグニの!? お前、この村に定住していたのか!?」
「おう! まぁ、たまげるよな!」
この情報は、道中の談笑には無かった。
オグニは武勲を立てる旅の途中で、この村にはたまたま滞在している――と想像していたヴォルガーにとって、これは本当に驚きであった。




