ep.8『妙薬』②
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「うーん、なんだかんだで長距離移動は疲れますね~」
バナナスタンドに降りたラピアは、ぐーっと身体を伸ばした。
いかに高級で快適なリラ車といえど、やはり同じ姿勢で座りっぱなしではある程度の疲れが溜まるというものだ。
身体の大きなヴォルガーは尚更である。ラピアの横で軽くストレッチをする。
待ち合わせにはまだ余裕があるからこちらもゆっくり休憩したい、とヴォルガー達に言われたゴリラ調教師も、提案に乗ってゴリラに長めの休憩を与えることにした。
「ウッホウッホ」
駐車場から少し離れたゴリラスペースでバナナをモリモリと補給するゴリラを眺め、運転席でコーヒーを飲みながらリラックスするゴリラ調教師。
しかし……気を抜いたことが仇となった。
「――おい」
気がついた頃には、二人組のチンピラがゴリラ調教師の首筋にナイフをあてがっていた。
少しでも抵抗しようものなら容赦はしない……そんな空気を醸し出していた。
「ひっ……」
「そこの金庫にたんまり入ってんだろ……?」
「俺達にも分けてくれよ、なぁ?」
高級でなおかつ長距離の移動にも対応したリラ車は、実際車内に少なくない金額を保管していた。
そのため、こういった強盗の標的にされることもままあった。
しかし、今ここにはヴォルガーとラピアがいた。強盗よりも遙かに手強く、恐ろしい魔族と戦ってきた勇敢な冒険者達が。
「ラピアさん」
「はい」
ゴリラ調教師を傷つけぬよう強盗を制圧しよう、と二人がアイコンタクトで合意を取った……その時であった!!
「ウホーーーーーッッッ!!!!」
「「ぐわーーーーーーッッッッ!!!!」」
ゴリラスペースから猛スピードで駆けつけたゴリラが、強盗達をその豪腕で吹き飛ばした!!!
「ウホーーーーッッッッッ!!! ウホッ!! ウホッ!! ウホホーーーーーッッ!!!」
ゴリラは自らの胸板を高らかに叩き鳴らす!!! 勝利のドラミングである!!!
ところで、リラ車を牽引するような人に飼い慣らされたゴリラは野生のゴリラと比べれば格段に弱い。
数あるゴリラの中でも人間が飼えるような大人しい種を選んでいるのだから、当たり前のことではある。
――こういった情報で勘違いしたチンピラが『リラ車を引いているようなゴリラであれば自分達でも勝てる』と考えて犯行に及ぶのだ。
しかし、ご存じの通りゴリラは最強の魔物である。ゴリラという最強の枠組みから比較的弱いものを選んでいるだけなので、そこらのチンピラが敵うような強さではない。
故に、ゴリラが守るリラ車はこの世の何よりも快適かつ安全な乗り物なのであった。
リラ車は素晴らしい。リラ車を讃えよう。
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「ヴォルガーさん! ラピアさん! お久しぶりッス!!」
予定していた待ち合わせ場所に、早めに到着していたヴォルガー達。
そこにやって来たのは、新聞記者のルカであった。
「お二人は旅の途中だし時間はズレるもんだと思ってたんスけど、何事もなかったようで何よりッス!!」
「ああ、何事もなかったな」
「平和そのものでしたね」
「それは何よりッス!!」
新たにルカを乗せたリラ車は目的地へと向かう。
車内でしばらく談笑してから、ルカは自分の仕事を始めた。
「前に取材してからここまでのこと、色々じっくり聞かせてほしいッス!! 納涼!!デカパイ祭!!!の話とか、その後にあった丸焼きグリフォン脱走事件とか」
「――それは構わないが、くれぐれも真実だけを書いてほしい」
ヴォルガーの脳裏には、ラピアとの熱愛報道を記した一面が浮かんでいた。
決して嘘ではないが、記者の推測と客観的事実の区別がつかないように書かれていたあの記事が。
「? もちろん真実しか書かないッスよ!!」
ルカは罪の無いような笑顔でそう答えた。
「はい!! ルカさんの報道は常に正確です!!」
ニコニコとそう答えるラピアに、ヴォルガーは頭を抱える他無かった。
「ところで、今はどこに向かってるんスか?」
「『ふれあい不死鳥牧場』だ」
「へー! 不死鳥なんて初めてッス!! どうしてそこに?」
「愛用の軟膏が切れてしまってな。『不死鳥の涙』という商品だ」
「『不死鳥の涙』っていうと……確か、不死鳥の心臓を原材料にした薬ッスよね。一般人が買える薬の中じゃ最高級品だと聞いたことがあるッス」
新聞記者として、ルカもその概要は知っていた。
材料や価格帯から推測できるようにその薬は効果覿面で、あらゆる傷をたちどころに治し、 骨折すら短時間で修復でき、体力や魔力も大幅に回復させるものであると。
「開天流道場では門下生のレベルに合わせて薬を支給してくれていた。レベルの高い者ほど、相応に強い魔物と戦うことになるという配慮だ。そういうわけで俺は修業時代からこの薬を愛用していたのだが、高級品故に取り扱っている店も少ないのだ」
「なるほど、『ふれあい不死鳥牧場』には売ってあるんスね。やっぱり、魔王軍と戦うともなるとそのレベルの薬が必要に――」
と言いかけたところで、ルカの頭にふと、素朴な疑問が浮かんでくる。
「あれっ? ラピアさんみたいな優秀なヒーラーがいるのに、そんな薬が必要になるものなんスか?」
「ああ、『不死鳥の涙』は怪我の治療に使っているわけではないんだ。俺が毎晩乳首を開発するのにお世話になっている」
「えっ」
「ウッホウッホ」
「お客様、到着しましたよ」
「おお、思ったよりも早かったな。降りよう」
「えっ、あっ、はいッス」
ルカが詳しいことを聞くタイミングを失ったまま、一同はリラ車から降りた。




