ep.8『妙薬』①
「途中で合流する約束があるから寄り道してほしい。場所は――」
そんな風に御者に話して、ヴォルガーとラピアはリラ車に乗り込んだ。
改めて説明することでもないが、リラ車とは馬車のゴリラ版だ。
デカパイ村に向かったときは緊急事態で楽しむどころではなかったが、ヴォルガーはリラ車の乗り心地が好きだった。
牽引役にできる魔物にはいろんな種類があるが、なんといってもゴリラは最強の魔物だ。
車の牽引役としても、他の魔物とは格が違う。
強さはもちろんのこと、その賢さが乗り心地を格段に高めていた。
水たまりを通るときは、なるべく跳ねないように気をつけてくれる。荒れた道を通るとき、車の中になるべく衝撃が来ないよう心を配ってくれる。
いざというときは、中の乗客を抱えて逃げることができる。
そして、運送業においては運転だけでなく荷物の搬入搬出も可能だ。
リラ車は、あらゆる面で優れた最高の乗り物といえた。
「ヴォルガーくん、リラ車が好きなんですか?」
リラ車で走って二時間くらい経った頃、ラピアはヴォルガーにそう尋ねた。
単純に好きなだけではなく、何か特別な思い入れがある……ラピアにはそんな風に見えた。
「実はな、俺の父さんはゴリラ調教師だったんだ」
「へぇ、ゴリラ調教師!!」
「ああ。このリラ車みたいに人を運ぶのではなく、長距離の運送業だった」
ヴォルガーは思い出のページをめくり、そしてラピアに語り出す。
幼い頃に見た父の姿と、父から聞いたエピソードを。
「若い頃の父さんは、世界中の色んな場所に行ける仕事に憧れて運送会社に入ったそうだ。働きながらゴリラ調教師の資格を取れる、という条件につられたらしい。リラ車の運転には必須の免許だからな。
しかし、なんのことはない。俺と同じで体格も筋力もあった父さんは、実際には荒事の対処のために雇われたんだ」
「あー……警備のための採用だったんですね」
「ああ。運送業は、積み荷を狙う盗賊や道中の魔物とどうしても争わなくてはならない。そういう連中と戦えることもゴリラを牽引役にするメリットの一つではあるが、ゴリラに万一のことがあれば荷物を運べなくなる。やはり、護衛役のスタッフは必須だった。
危険手当のおかげで同期よりも給料はよかったが、肝心のゴリラ調教免許は取るのが遅れた……と父さんは言っていたな。
師匠とも仕事がきっかけで知り合ったらしい。父さんは師匠からスカウトも受けたそうだが、本来、誰かと争うような性格じゃない。スカウトもすぐに断ったと言っていた」
「へぇ! お師匠さんともお知り合いだったんですね!」
「だから、俺も弟子入りする前に会ったことがあるんだ」
……まさか、父が断った相手に、息子である自分が師事するなんて思ってもいなかった。
ヴォルガーの心には今でも『そうならなかった未来』の情景が浮かんで消えなかった。
「父さんは運送業で色んな場所を回った。世界中、というと大げさだが、結構色んな国に跨がってゴリラを走らせたみたいだ。
そして……故郷で、母さんと結婚した。
俺は小さい頃、将来の夢と呼べるほどのものは持っていなかったが……ただ、大人になったら自分も当然ゴリラ調教師になるものだと思っていたな」
しかし、その素朴な将来像はあっさりと打ち砕かれた。
ヴォルガーの両親が魔物に襲われて亡くなったのは、彼がまだ幼い頃だった。
当時は誰も知る由も無かったが、この時期各地に現れた凶暴かつ強力な魔物は、魔王軍が魔界から侵攻してくる前触れであった。
両親の死後、ヴォルガーは父の知り合いだった『師匠』に手紙を送って師事することを求めた。
幾度も魔王軍――もちろん、今この世界に侵攻している者とは全く異なる魔王達だ――と戦い、そして打ち破ってきた伝説の英雄たる師匠の元には、山程の人間が師事を求めてやってくる。
そのため、彼が弟子として認めるのは既に武道家としての実績を持ち、なおかつ若さという将来性も持ち合わせた天才ばかりであった。
そんな中、まともな実績もない幼いヴォルガーを師匠が弟子に採ったのは異例中の異例であったが、それは決して親を失った同情によるものではない。
ヴォルガーを弟子に採ったのはただ純粋に、実績の無さと幼さを補って余るほどの才能を彼に見出したためであった。
――この才能を発揮することなく、平穏な人生を送れていれば。
ヴォルガーの心の片隅には、常にそんな思いが残っていた。
「――魔王を倒したら、ゴリラ調教免許を取りましょうよ!」
遠くを見つめるヴォルガーに、ラピアは明るい声でそう提案した。
「……そうだな。それもいいな」
ヴォルガーは、緊張が解けたようにそう答える。
「一緒に行きたい場所、沢山あるんですよ! ゆっくり観光もできなかったし、この旅で立ち寄った場所にもう一度行くのもいいですね!」
「……待ってくれ。どうして二人で行くことが前提になってるんだ?」
「えっ!? そりゃ、子供が出来たら二人じゃなくなりますけど……もう!! 気が早すぎますよ!!」
ラピアは顔を紅くしながら、ヴォルガーの太い腕をバシバシと叩いた。
「いや……そういう話ではなく……」
「ウッホウッホ」
ヴォルガーが戸惑っていると、リラ車を牽引していたゴリラが鳴いた。
それを受けて、前の席のゴリラ調教師が二人に話しかける。
「すみません、ちょっとバナナスタンドに寄らせてください」
「あ、はい! 大丈夫です!」
ラピアは腕を叩く手を止めて答えた。




