ep.2 『爆弾』①
「ハァッッ!!」
ヴォルガーの蹴撃が、ケルベロスの三つ首を一瞬のうちに蹴り上げる。
威勢良くヴォルガーに襲いかかったケルベロスだったが、三つの頭をほとんど同時に破壊され、反撃の余地もなく絶命した。
ヴォルガーの周囲には、狼のような姿をした魔物の死骸が散乱している。
恐らく、このケルベロスが群れのリーダーだったのだろう。
何体襲ってくるかわからない……と思いながら魔物の群れに対応していたヴォルガーだったが、最早殺気は感じられなかった。
魔王の討伐を目指す旅の道中。
月明かりが木々に遮られる夜の森は、ようやく静寂に包まれた。
「この辺りは治安がいいと聞いていたんだがな……」
先日出くわしたドラゴンといい、今回のケルベロスといい、その土地に似つかわしくない強力な魔物が現れるのは、やはり魔王の影響なのだろう。
ヴォルガーの胸に、不安がよぎる。
彼は……勇者パーティを追放されたばかりだった。
『乳首を開発するときの喘ぎ声がうるさすぎる』というあまりにも理不尽かつ意味不明な理由で……。
確かに彼は乳首の開発を毎晩の愉しみにしていたが、そんなにバカデカい喘ぎ声を出しているつもりはなかった。
乳首の開発は生きるために必要不可欠だったし、開発を続ければ感度が高まるのも自然の摂理としか言い様がなかった。
一方的に決められた残酷な追放は、彼の心を深く傷づけた。
傷ついた心を癒すため、毎夜に渡る乳首開発は更に激しさを増していた。
それはそれとして、彼の不安はパーティが分裂してしまったことそれ自体にあった。
現状、自分一人でも倒せる程度の魔物としか出くわしていない。
恐らく、彼を追放した勇者達も同じことだろう。
しかし……優位に立った戦いをどれだけ続けられるだろうか。
今までとは比較にならない強力な魔族が突然襲ってくる可能性は決して否定できない。
少なくとも、魔王軍の幹部である七沌将は一人で倒せるような相手ではない。
七体中二体を既に討伐しているが、四対一という数の有利でようやく勝利できたのだ。その経験から、断言できた。
自分も、勇者達も、現状の戦力は世界の命運を賭けた戦いに挑むにはあまりにも心許ない……。
「ヴォルガー君、大丈夫ですか!?」
不安に飲み込まれそうなヴォルガーを、現実に引き戻す声があった。
「今、治療しますからね!!」
そういって近づいてくるのは、紺色の修道服に身を包んだ小柄な女性――ヒーラーのラピアだ。
「いや、特にダメージは負ってない……」
「いえいえ!! まずはしっかり触診しないと!!」
ラピアはヴォルガーの制止も聞かず、大木のような脚に触れる。
少女のように小さく、絹のように白い手の平がヴォルガーの逞しい脚をじっくりと撫で回す……。
ヴォルガーの筋肉に触れるラピアの目つきは、真剣そのものだ。
血走っているといってもいい。
「……ラピアさん、前々から気になっていたんだが」
勇者達から離れて二人きりになった今、ヴォルガーは思い切って疑問をぶつけることにした。
「なんでしょう?」
「勇者殿や姫君の時と比べて、その……俺を回復する時だけ妙にベタベタしてないか……?」
彼の純粋な疑問に、ラピアは天使のような満面の笑みで答える。
「でも、大丈夫ですよ!」
「何がだ!?」
やたらと肉体を触りながら治療してくるSSS級のヒーラー・ラピア。
彼女こそが、今のヴォルガーにとって唯一の、そして絶対的な頼もしい味方であった。
***
「えっ♡ 一部屋しか空いてないんですか♡♡」
森を抜けてたどり着いた村の宿屋で、空室がギリギリであることを聞いたラピアはあからさまに心を躍らせた。
「どうして嬉しそうなんだ……」
困惑するヴォルガーをよそに、宿屋の亭主は説明を続ける。
「すみません、依頼を受けてくれた冒険者のお客様で埋まってまして……」
「何かあったのか?」
『依頼』という言葉に、ヴォルガーは引っかかった。
もっとも、その事情は推測できた。
「最近、この辺りは妙に強力な魔物が多くて」
「やはりか……」
「確かに、ここに来る途中にも沢山いましたね」
ヴォルガーとラピアは合点がいった。
「鉱山しかないような村で、この時期に宿が埋まることなんてないんですがね……。全く、喜んでいいのやら」
「うむ……心配だな」
「明日になったら調べてみましょうか」
亭主の口振りは、話題の深刻さと比べてどこか軽かった。
その理由は、次の言葉ではっきりした。
「でもまぁ、勇者様御一行が来てくれたらもう安心ですね! あとのお二人はどちらに?」
「そ、それは……はは……」
勇者パーティ分裂の報はまだ広まっていない。
ラピアは、苦笑で返すほかなかった。




