ep.7『豊満』①
「このチキン、お肉がジューシーで皮もパリパリで美味しいですね!!!」
「ああ。この町にいい店があって助かった」
満席の大衆食堂で、人々の視線はヴォルガーとラピアに集中していた。
それは二人が勇者パーティの元メンバーで、今でも魔王軍と戦っている有名人というのもある。この町を隕石から守ってくれたというのもあるし、先程まで町中に鳴り響いていた大音響の喘ぎ声がヴォルガーのものだという真偽不明の噂も理由の一つだ。
しかし今、ここで二人が注目を浴びている一番の理由はもっとシンプルだった。
二人がテーブルに積み重ねた皿、その高さだ。
ヴォルガーの食欲は、日頃から常人離れしていた。
巨大な体躯は相応に莫大なカロリーを要求したし、戦いでは魔力も消費するのだから半端な摂取量では身体が保たない。
ましてや、隕石を受け止めて宇宙に返した後、三日間も眠っていたのだから尚更である。
食べられなかった分を取り返すように、ヴォルガーはテーブルに皿を積み重ねていった。
一方のラピアは小食……ということもなかった。
小さな体格からは考えられない量の皿を積み重ねていた。言うまでもなく、それは消費された膨大な魔力を補うための食欲だった。
人々を守るための食欲――客観的にいえばおかしいところも恥ずかしいところも無いが、それでもラピア本人としては少し気恥ずかしかった。
だから、ヴォルガーの食事量がラピアのそれを遙かに超えていたことは彼女の気を楽にしたし、なんだか嬉しいものでもあった。
ヴォルガーは10皿目のチキンに手をつける。
アルミホイルの巻かれた足先の部位を取っ手に、丸々としたもも肉へ豪快にかぶりついた。
サクサクと歯で砕ける皮目と、柔らかく歯に断たれる肉のコントラストは、彼の食欲を更に湧かせるものだった。咀嚼するたびに溢れるスパイシーな香りと旨味に満ちた肉汁は、彼の口に幸福感を与えた。
常人なら一枚で十分なサイズのもも肉は、一口でほとんど彼の口に収まった。
それにしても、彼らの食事は量の莫大さにも関わらず、下品な印象を与えなかった。
ラピアに関しては、修道院育ちでマナーについて厳しく躾られたというのが理由としてある。店が手づかみで食べることを想定したこのチキンも、彼女はナイフとフォークで丁寧に切り分けて食べている。
一方のヴォルガーも、マナーについてはそれなりに厳しく育った。
力と熱の有り余る若い格闘家が集まった開天流道場において、食事のマナーはある程度厳しいものでなければ争いの火種になりかねないものだからだ。
だが、ヴォルガーの食事が下品に見えない一番の理由はもっとシンプルだ。それは、彼の凄まじい咬合力にある。
旅で様々な場所を巡れば、妙に固い肉やパンを出す店に入ることもある。しかし、彼の顎にかかれば、あらゆる食材がマシュマロ同然にサクサクと噛み砕かれた。
よって、彼の食事ではみっともなく肉汁やパン屑を飛ばすようなことはあり得なかった。
「この魚料理、ソースが選べるんですね。どれがいいかな……」
注文した料理は全て届いたが、まだ足りないと判断したラピアがメニュー表を眺めて呟いた。
同じページを見てヴォルガーは思案する。
(牙平目のムニエル……オススメは白身魚の淡泊な味わいを引き立てるバターソース、と言いたいところだがこの店は内陸地にある分、どうしても魚の鮮度はよくないようだ。料理人の腕はいいが、こればかりは仕方が無い。酸味の効いたトマトソースの方が合うだろう)
「牙平目のムニエルだったらオススメはトマトソースだな。旨味の強い一方で癖もあるから、酸味のあるソースと組み合わせるといい塩梅になる」
「おぉ……なるほどぉ……だったらそれにします! ヴォルガーくんはどうします?」
「ソースは四種類あるから、三枚ずつ頼むとしよう」
まだ食べるんだ!? と内心驚いているウェイターに注文を済ませると、ラピアはヴォルガーに、気になっていたことを尋ねた。
「ヴォルガーくんってそういう知識、どこで調べたんですか? 食べ歩きしてたとか?」
ヴォルガーは控えめに苦笑いして答える。
「オススメしておいて申し訳ないが、自分ではそこまで理解できてないんだ。俺のグルメ知識は何もかも兄者の受け売りだからな」
「兄者っていうと、道場で修行してた頃にお世話になった兄弟子さんですよね。料理が好きだったんですか?」
「あぁ……道場では持ち回りで炊事を担当していたが、俺のいた班は兄者がリーダーだったから、担当の日は味が段違いで皆楽しみにしていたな。もっとも、一番弟子の兄者が一番率先して働こうとするのは、居心地悪く感じていた者も結構いたが。もしかしたら、あの班でそれを気にしてなかったのは俺くらいだったかもしれん」
「ふふっ、なんだか楽しそうですね」
「討伐のための遠征でも兄者と同行することは多かったが……キャンプでも兄者の拘りは凄かったな。狩った魔物を食えばそれで栄養補給は十分なところを、事前に土地ごとの野草を調べてわざわざ探したりな。正直なところ『いいから早く食わせてくれ』と思ったことが何度もあったよ」
「昔から食いしん坊だったんですね~」
ラピアがヴォルガーの昔話をニコニコと聞いていると、突然店のドアが勢いよく開かれた。来客を告げるドアベルが、カランカランと激しく鳴る。
「ヴォルガーさん!! あぁっ、よかった!!」
そう言いながら入ってきたのは、見ず知らずの初老男性だった。
戸惑う二人が尋ねる前に、初老の男性は慌てたまま訴え始めた。
「私は森を隔てた隣村の村長です!! どうか、どうか私達の村をお救いください!!」




