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ep.6『後悔』前半

 ヴォルガーを追放し、ラピアが彼に同行し、パーティが分裂した後――

 勇者ギデオンと大魔道士リア王女は、志を曲げることなく魔王軍と戦い続けていた。

 この世界で最大の資源である万橡ばんしょうの泉は、大陸に七つ存在している。

 そして、泉の上に鎮座する神殿を、七沌将しちてんしょうはそれぞれ乗っ取っていた。

 魔王軍から神殿を奪還し、万橡の泉を守る。それが、勇者達に架せられた使命であった。


 ヴォルガーとラピアの抜けた穴を埋めるべく、実力と経験を兼ね備えた三人の冒険者を仲間に加え……今まさに、魔王軍の幹部・七沌将の一体であるナクシェムとの決着を迎えようとしていた。


 ギャリィッッッ!!!


 剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。

 お互い、命を奪う的確な一撃を決めるための斬り合い。

 一方が斬りかかれば、一方はそれを受け止める。

 そして、受けた力を押し返す。あるいは、いなす。

 相手の動きを予測し、自分の斬撃を通すために動く。

 ギデオンとナクシェムはその繰り返しで、幾度も剣をぶつけ合った。


 魔族は様々な生態を持つが、今ギデオン達の前に立ちふさがる七沌将・ナクシェムの姿は『生きた鎧』であった。

 外見から察せる通り、ナクシェムは痛みを感じず、多少その体に傷をつけられたところで怯むこともない。流れるような血は持ち合わせていない。

 加えて、ナクシェムは自らの体を分割し、遠隔操作する能力を持つ。

 例えその手首を腕から外そうとも、外れた手首は体から離れて個別に中を舞い、ギデオン達へ光線を放つばかりであった。


 勇者ギデオン率いるパーティの面々は死力を尽くしてナクシェムのパーツを墜とし続け、残るパーツは首と左腕のみとなっている。

 一方の勇者パーティもナクシェムの猛攻により受けたダメージは深く、ギデオン一人を遺して最早まともに動ける状態ではなかった。

 ナクシェムは指から放たれる光線を束ねて(つるぎ)とし、勇者ギデオンと幾度も剣閃を交わし合った。


 一瞬で数手を返しあう攻防は、達人でなければ目で追うことすら不可能。

 どちらかが倒れるまで終わらないかに見えたこの攻防……終幕を引いたのは、ナクシェムの方であった。

 ひたすら剣をぶつけあったナクシェムであったが、一つ仕込刀を持ち合わせていた。

 これまでの斬り合いでギデオンの攻撃パターンを学習したナクシェムは、パターンを崩す一手に踏み切った。


 ビシュンッッ!!!


 空を切り裂く音と共に放たれたのは、一条の光線であった。

 ナクシェムの頭――空洞になっている内部の、本来『眼』にあたる箇所から、その光線は放たれた。

 勇者の首を狙って放たれたその弾丸。

 これで勇者を殺せるとは、ナクシェムも考えてはいない。

 当たるか、避けるか。どちらにせよ生じる隙は大きい。

 生じた隙さえあれば、勇者を殺せるとナクシェムは判断した。


「ッッ!?」


 ものの見事に意表を突かれた勇者ギデオン。

 最早、結果を予測するだけの猶予も存在しないこの状況で、彼は反射的に……左手を伸ばした。

 左の掌で、その光線を受け止めた。


「??!!」


 物言わぬ殺戮兵器(キラーマシーン)であるナクシェム、その面がこの戦いで初めて歪んで見えた。

 変えるための表情を持たぬナクシェムが、確かな驚愕を露わにした。


「ハァァァッッッ!!!」


 ギデオンは受け止めた光線をそのままナクシェムへと押し返す。

 掌を確かに焦がす痛みも、熱さも、今は感じなかった。

 これで片手を潰した以上、このまま戦いが長引けばギデオンの敗北は必至といえる。

 しかし、次の一瞬で決着をつければ無関係だ。

 ギデオンの押し返した光線はナクシェムの面を溶かし、そしてギデオンの掌は溶けた面を握り潰した。


 体をバラバラにして正確に操るナクシェムの感覚器がどのようなものだったのか、ギデオン達には知る由もない。

 だが、面にはやはり視覚があったのだろう。

 重要な感覚器を潰されたナクシェムには今、致命的な隙が生まれていた。


「ルキアート・レクス・ゼブルッッッッ!!!!」


 右手により振り上げられた勇者の剣――暴食の霊剣グレイヴ・オブ・グラトニーが、ナクシェムの兜を両断した。

 地面を大きくえぐりながら放たれた大剣の一撃は、確かに破壊した。

 まず、切断された兜も、宙に浮いていた左腕も、その瞬間確かに力を失った。

 ガシャン、と鈍い音を立てて墜ちたナクシェムは、二度と浮上することはなかった。


***


 沈黙の訪れた本堂の真ん中。

 勇者ギデオンと大魔道士リア王女は、臨時でパーティを組んだ三人とともに円を組むように腰を下ろしていた。


「それじゃあ、今回の勝利と……それと、これからの勝利に乾杯だ」


 ジュロン――三人の中でも、元々リーダーだった筋骨隆々の女性――の言葉を合図に、五人はポーションの瓶をガチンと叩き合わせた。

 激しい戦いの最中は服用する余裕のない薬を、五人は一気に飲み干した。

 乾いた体と霊脈が潤いを取り戻す感覚に、ギデオンとリアはようやく勝利を実感した。


「くぁーっ、旨い!! 大物狩り(ジャイアントキリング)の後のポーションはどんな酒よりもうめぇな!!!」

「これが美味しく感じるのは死にかけている証拠ですからね」

「ああ!! これの中毒で戦い続けたようなもんだよ俺ぁ!!」


 前々からジュロンと組んでいた二人――巨漢の戦士・ランズと細身のヒーラー・ヤツギ――は、激戦の後とは思えないほど何気ないやりとりを交わす。

 三人とも、ギデオン達より遙かにキャリアの長い歴戦のベテランであった。


「やかましいよ。ここじゃあんたの声は響く」


 ランズの頭をぺしっと叩くジュロン。

 ジュロン、ランズ、ヤツギ――分裂の後に加わった三人は楽しげに笑っているが、それを見るリアの瞳は暗かった。

 その視線に気づいたジュロンは、リアの頭をポンと軽く撫でて呟く。


「やっぱり、お姫様にはお見通しか」


 そして、未だに状況を把握しかねるギデオンに向けて、真っ直ぐに告げた。


「悪い、ギデオン。あたしらはここでリタイアだ」

「……あっ」


 その一言で、ギデオンも察した。


「霊脈がボロボロで使い物にならないんでね。ま、しばらくはリハビリだね」


 ヤツギの魔法は勇者達の怪我を万全の状態に治療した。

 不死鳥(フェニックス)を原料にした最高級ポーションも、勇者達の魔力と体力を全回復してくれた。

 それでも、治せないものはあった。

 体力と魔力を使い尽くし、致命傷を受けては回復を繰り返したこの戦いは、長年の戦いでダメージを蓄積していた三人の霊脈――身体を巡り、魔力を流す器官――にとってあまりにも負担が大きすぎた。


「……すまない」


 ギデオンは、静かに頭を下げた。


「頭を下げるんじゃないよ。あたしらが爆発するか人類が滅ぶかの二者択一じゃあこっちがベストなんだから」

「戦いで壊れるのはベテラン冒険者の宿命!! それで英雄になれた俺達ゃ幸運なくらいよぉ!!!」

「若い頃ならどうということはなかったのですが……まったく、年は取りたくないものですね」


 『リハビリ』とジュロンは言っていたが、本当に復帰できる保証はどこにもない。

 ギデオンとリアは自覚せざるを得なかった。

 自分達がどれだけ若さに任せた戦い方をしているのか。

 そして、若い天才だけが集まったかつての勇者パーティ――あの頃の四人が、どれだけベストなメンバーであったのかを。

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