ep.5 『公転』③
一切火元の無いはずの新聞紙が突然燃え始める異常事態!!
ヴォルガーはわけもわからず掌をバンバン叩きつけ、空気の遮断による消火を試みる!!
しかし……火は一向に消える気配を見せない!!
いや、それ以前の奇妙な事実に、炎に直接触れたヴォルガーは気がついた。
「この炎……まったく熱さを感じないぞ……!?」
「えっ!?」
改めて見れば、これだけ激しく炎が燃え上がっているというのに、新聞紙そのものは一切燃える気配がない。
新聞紙の上に、炎の形をした虚像が映し出された……そうとしか思えない状況であった。
どう対処すればよいか考えあぐねる二人だったが、事態は思考を待ってはくれない。
更なる異常事態が襲いかかる。
炎の中から、聞き覚えのない声が聞こえてきたのだ。
『まぁ、落ち着いてくれたまえよ。この炎が君達に危害を加えることは不可能なんだ』
紙面から立ち上っていた炎は、その形を変えた。
青く揺らぐ影ではなく……はっきりと色づいた、人のような形に。
『いや、驚かせてしまったね。ヴォルガー・フィルヴォルグ。一度君と話がしたくてね、病嵐のクナイに細工をしてあったんだ』
穏やかに話すその影は、色白で深くフードを被り、メガネをかけた細身で背の高い男のように見えた。
しかし、その話しぶりと雰囲気――いくつもの戦いを経験したヴォルガーとラピアの直感が、一つの説に辿り着いていた。
目の前にいるのは人間の男などではなく……
「魔族か……!?」
『ご明察。僕の見た目は人類に近いとよく言われるんだがね、魔族と戦いを重ねた実力者なら区別がつくものなんだねぇ』
魔族の外見は多種多様だ。
動物のようであったり、鉱石のようであったり、あるいは煙のようであったり……。
鳥のようであっても鳥類ではなく、牛のようであってもほ乳類ではなく、どのように生まれてくるのかもわからない……。
魔界から侵略に来たこの異種族は、何もかもが未知である――という知識は、ヴォルガーもラピアもはっきりと持っていた。
今、目の前に虚像として現れた魔族を、現在確認できる範囲の外見的特徴で『人間』と区別するなら、その長く尖った耳くらいしか挙げられないだろう。
『知っての通り僕は……僕らは自由に出歩けない状況にあってね。直接話そうと思ったらこんな仕掛けに頼る他ないわけさ』
「知っての通り……?」
この魔族が出歩けない事情を、何故自分が知っているなどという話になるのだろうか。
一つの可能性がよぎり、ヴォルガーとラピアの胸をざわつかせた。
『ああ、これは失敬。挨拶が遅れてしまったね』
虚像の魔族は、不敵に微笑んで名乗った。
『僕の名前はキルデイル。魔王軍の幹部、七沌将の一人さ』
「なっ……!?」
ヴォルガーとラピアは素早く構える。
突如現れたこの大敵が、どのような攻撃を仕掛けても対処できるように。
『ははは、そんなに身構えないでくれたまえよ』
そう言いながらキルデイルは、胸に飾った赤い宝石を二人に示す。
チカチカと、瞬く星のように輝くその宝石。
突如としてその光線から……赤い一条の光線が、鋭く突き刺すように放たれた。
「!!!」
しかし、その赤い光線はヴォルガーとラピアを傷つけることはなかった。
二人は瞬時にそれを避けたが、結果を見れば回避の必要はなかった。
光線は避けた先の壁を一切傷つけず、熱すらも感じさせない。
『ははは、だから言っただろう? これは虚像なんだよ。残念ながら、君達を光線や炎で一方的に攻撃することは不可能なんだ』
キルデイルは相変わらずチカチカと瞬く宝石を見せながら、からかうような笑みを浮かべる。
「この……っ!!」
『君達も知っての通り、僕ら七沌将は「万橡の泉」から離れることができない。精霊の力という、この世界で最高の資源を手に入れるためにね』
「こんな細工をしてまで話をしに来るなんて、一体何が目的なんですか!?」
尋ねるラピアに、キルデイルは一瞥をくれて言う。
『何と言われたら、ただの挨拶といってもいいが……話がしたかったのは君じゃあなくて、ヴォルガー君の方なんだよ』
「俺に……何の用だ!?」
『僕は諸事情で君の使う格闘術、開天流について調べていてね。よかったら直接聞かせてもらえないかと思っているわけだよ』
「開天流を……? 一体何故だ!!」
開天流は、人類史上最高の武術だ。
歴史上最も偉大な英雄と謳われたヴォルガーの師匠・開天盤古が人類を守るために作り上げ、そして目的通り幾度となく守ってきた武術だ。
それ故に、敵からすれば特別な理由がなくとも研究する価値はある。
しかしヴォルガーは、そのシンプルな事情に留まらない、何か不気味な意志をこの魔族から感じずにはいられなかった。
『いやぁ、申し訳ないが理由について話すことはできないねぇ』
「……こちらも同じだ。貴様に話すことは何もない」
『まぁ、それはそうか。お互い残念だったね』
キルデイルは冗談を飛ばすように、小さく笑いながら言う。
『ところで、ヴォルガー君』
キルデイルは、胸につけた赤い宝石を改めて見せつけ、告げた
『君に催眠術をかけさせてもらったよ』
「なっ……!?」




