ep.4 『臀部』⑤
「敗北を認められぬ、矜恃の無いやつだと見くびってくれるな。拙者には自らの体面よりも重大な使命がある……!! 例えこの名が汚泥に塗れようと、貴様の命は必ずや貰い受ける!! ヴォルガー・フィルオルグ、改めての勝負だ!!」
「……かかってこい!!」
(それにしてもこの忍者……最初に丸太の中に隠れていた以外はイマイチ忍んでいないな……)
ヴォルガーの頭には素朴な疑問が浮かんだが、それを指摘して忍ばれた方が困るので心の奥に仕舞い込んだ!!
仕舞い込んだ、その瞬間。
黒い影は、ヴォルガーの真後ろに立っていた。
「!!」
ヴォルガーは戦闘において、敢えて敵に殺気を飛ばすことが多い。
それは敵の攻撃を自分に集中させ、動きを絞ることでこちらの行動を通しやすくするためだ。
相手の攻撃をいなすことも受け止めることも自由自在な、超常的な体術と耐久力を持つ格闘家ならではの戦い方だ。
しかし、忍者である病嵐の戦い方は全くの逆だ。
目の前にいた病嵐がヴォルガーの背後に移動するその瞬間、病嵐は一切の殺気を感じさせなかった。
目の前にいて、今から殺し合おうというヴォルガーに殺気を一切感じさせないその動きは、 『必ずや命を貰い受ける』という自信が決して口だけのものではない何よりの証明だ。
病嵐の動きは、疾風のように素早い。
ここに来るまでイマイチ忍んでいなかった忍者の病嵐だったが、やはり忍びとして力量は確かと言わざるを得なかった。
ヴォルガーがその攻撃に気づいた瞬間には、手にしたクナイを彼の背中に突き立てていた。
法被を破り、その下の皮膚を刺し、血が滴る段階まで到達していた。
あとは、その刃を深く刺せばヴォルガーを殺せる。
そう考えていた病嵐の身体は、強い衝撃とともに吹き飛んでいた。
「ぐぁぁッッ!!!」
病嵐が吹き飛ばされたのは、ヴォルガーの反撃によるものだ。それは言うまでもない。
しかし、気配を完全に殺して刃を突き立てるに至った病嵐に反撃を喰らわせたのは、一体どのようなカラクリによるものだろうか。
否、そこには一切のカラクリがない。
病嵐が刃を刺せば、ヴォルガーはその位置を完全に知覚する。
それが針でつつくような僅かな傷でも、瞬きをする間もないような一瞬でも、ヴォルガーの身体はその攻撃を漏らすことなく捉えることができる。
あとは、音すら置き去りにする程の速さで打撃を返すだけだ。
ヴォルガーが病嵐への反撃を通したその理由は、種も仕掛けもない『速さ』と『剛さ』。
目にも止まらぬ病嵐の攻撃は、ヴォルガーの打撃と比べれば遙かに『遅い』のだ。
強烈な肘鉄を喰らい、吹き飛ばされた病嵐。
しかし、このまま大人しく引き下がるはずもない。
すぐに体勢を立て直し、刃を構えてヴォルガーに向き直る。
「なるほど……一撃で決めるのは不可能というわけか」
「……一撃でなければ可能、とでも言いたげだな」
病嵐が、不敵に笑う。
「無論。千でも万でも拙者は構わぬ」
そう告げた瞬間、またしても病嵐の姿は虚空に消える。
そして、その影はヴォルガーの足下に現れ、手にした刃でその脚を襲いかかる。
果たして、病嵐の突き立てた刃はヴォルガーの脚に触れる。
その瞬間、当然ヴォルガーは攻撃に気がつく。
先程と同様、刃が深く刺さった瞬間にヴォルガーの強烈な打撃が飛んでくる……とは、ならなかった。
「!!?」
脚に極僅かな、多少血が出る程度の浅い傷をつけた病嵐は、再びその姿を消した。
ヴォルガーの反撃を喰らう前に、しかし、自らの攻撃もまともなダメージを与える前に。
そして、ヴォルガーが消えた影に気を取られているその一瞬で、病嵐はヴォルガーの前に現れ、その手の甲を僅かに傷つけ、そして消えていった。
「くっ……!!」
その攻撃は、小さな嵐であった。
深追いした攻撃ではヴォルガーに悟られ反撃されると理解した病嵐は、僅かな攻撃を積み重ねることで追いつめるヒットアンドアウェイ戦法に出た。
普通であれば思いついても体力の持たない作戦だが、自称を信じるのであれば魔王軍幹部直属の部下だ。先程言ったとおり、千でも万でも問題なく続けられるのだろう。
この戦法の厄介なのは、ヴォルガーの体勢が限定されるところにある。
目や頸動脈といった僅かな傷でも致命的に戦況を変えてしまう部位は、どうしても優先的に防御る必要があった。
そして、切られた箇所から感じる少しの違和感。
(……毒か!)
今はまだ、ヴォルガーの動きを鈍らせるほどではない。
しかしこれが重なれば、確かな『痺れ』となってヴォルガーを縛るに違いない。
これまでの経験からヴォルガーはそう悟った。
そう悟る一方で、ヴォルガーの脳裏には別のビジョンも浮かんでくる。
病嵐のこの瞬間移動、何か見覚えがあるような……
「た……大変です!!」
突如、観客席のラピアが叫ぶ。
ヒーラーである彼女は、自分にはわからない何かに気づいたのかもしれない。
ヴォルガー、病嵐、そして会場にいる全員が彼女の言葉に耳を傾けた。
「このままでは……ヴォルガー君のふんどしが切られてしまいます!!」
「何を言い出すんだ!!??」




