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ep.3 『慕情』③

***


「いやぁ、お二人には姪のエマが本当にお世話になって……心ばかりのお礼として、当ホテル自慢のフルコースを楽しんでいただきたい!」


 エマの叔父でホテルのオーナーだという恰幅のいい中年男性は、そう言ってヴォルガーとラピアをホテル併設のレストランへと案内した。


「かたじけない。大したことをしたわけではないが……」

「いやいやいや!! 危ないところを助けていただいたわけですから、それはもう大恩人でしょう!!」


 ガハハと豪快に笑いながら、オーナーは意気揚々と喋り続けた。

 本人の性格なのか、あるいは姪に何事もなかった安心感のせいなのか、余計なことまで口走る。


「しかし惜しいですな!! ヴォルガーさんにいい人がいなければエマを嫁に貰っていただくところなんですがな!!」

「……? どうしてそんな話に」


 ピンと来てないヴォルガーと違い、ラピアは察してオーナーを止めようとする。


「オーナー、あんまり勝手にそういうことを言うのも……」

「ああ、これは失敬!! ラピアさんの前で話すことでもありませんな!! しかしあの内気なエマがあっという間に惚れ込んだ様子で、流石英雄はモテますなぁ!! ガハハハハ!!!」


 エマがこの場にいたら恥ずかしくて顔を真っ赤にしていたに違いない。

 勝手にベラベラと胸のうちを代弁されたのは災難だが、不在は不幸中の幸いというべきか。


***


 夕食の後、そろそろ就寝という時間帯。

 ヴォルガーは寝る前の日課の一つとして、ホテルの庭で軽い運動をしていた。

 右手の小指で逆立ちし、そのまま屈伸を繰り返すというストレッチだ。


 傍らのラピアに、ヴォルガーはふと夕食の時の話題を振ってみる。


「それにしてもあのオーナー、いい人ではあったがおかしなことを言うな……」

「おかしいと言いますか……はは」


 ラピアの微妙な反応に、ヴォルガーはようやく察する。


「もしかして、ラピアさんから見てもオーナーの言っていた通りなのか? エマさんが俺に惚れているだとか……」

「正直にいえば、まぁそう見えましたね」

「ふむ……そうか」


 ヴォルガーは女性の……というより、恋愛だなんだに纏わる心の機微というものに大変疎い。


(もしもラピアさんの言う通りなら……しっかり断らねばな)


 そもそもの話、ヴォルガーは恋愛というものにさっぱり興味が無かった。

 もっと掘り下げていえば、恋愛にさっぱり興味が無いというのは、ヴォルガーとともに修行をした開天流の門下生全員に共通していえることであった。

 この話を聞いた外部の人間は「ストイックに禁欲しているんだな」とか「本当は強がっているんだろう」とか「同性愛者なの?」とか、そんな風に誤解することが多い。

 しかし実際のところはどの想像も的外れで、ヴォルガー達にとって恋愛や性に絡んだ云々というのは『隣の国で人気だと聞くスポーツ』程度の存在でしかない。

 せいぜい、物心つくかどうかの幼い頃にほのかな初恋があったか無かったか、という程度だ。


 このような特異な精神性を共通して持つ背景には、原因と歴史がある。

 まず、流派の創始者でもあるヴォルガー達の師匠・開天盤古がそういった欲をまるで持ち合わせていなかったという原因がある。

 こればかりは、師匠個人の人間性がそうであった、としか説明のしようがない。

 そしてそれが個人の人間性であったため、師匠も『武道の道を極めたいのであれば女に現を抜かすな』といった教えを説くこともなかった。

 強いていえば、修行中だけは様々な娯楽や俗世間の愉しみから距離を置いて求道に集中するように求めたくらいだ。

 道場を離れ独立した後は恋をするのもよし。子を成すのもよし。

 身につけた力を人々のために振るうだけでなく、自らの幸せも掴んでほしいと願っていた。


 しかし、人の心は真っ直ぐには通じないのが世の常である。

 師匠に憧れた格闘家の多くは「この道を極めたいのであれば、偉大なる開天盤古のように恋愛や性からは遠く距離を置くべし」と考えてしまった。

 そして、厳しい修行に耐えられるような強い精神を持った人間ほどその誤解の通りに生きることができてしまった。

 師匠が「別にワシはそんな……皆の人生を縛るつもりはないから……」といっても(私の意思を試しておられる……!)と解釈されて一向に誤解は解けなかった。

 道場から巣立っていった弟子が「外の世界で色を知ってしまった」と師匠に頭を下げ、手刀による切腹を試みるので「何も悪くないから本当に何も悪くないから頼むから落ち着いてくれ」と必死に説得したことも一度ではなかった。


 そして、時代を経るにつれて師匠の本意は通じ始めるが……その一方で思想、というよりむしろ『思考』も先鋭化してしまった。

 『優れた格闘家であれば色恋から距離を置くべし』という空気感が年月を重ね続けた結果、ヴォルガー達の代は『別に色恋が悪いわけではないが、そもそも自分は興味がない』という思考を自然と持つに至った。


 ――それだけで終われば、話は平和であった。

 しかし、どういった運命の悪戯か。

 『色恋に関心の無い心』に『乳首を開発する悦び』がヌルりと滑り込んでしまった。

 思考が先鋭化した末に、乳首までもが先鋭化するに至ったのだ。

 思考も乳首も、先鋭化が進めばあまりにも敏感になりすぎてしまう。

 そのような恐ろしさは、俄に吹いた強い風に乳首を擦られ「ん……♡」と吐息を漏らしたヴォルガーには生涯自覚することの無いものかもしれないが。

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