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巫女チート!大和時代で村長になったら文明開化が始まった件  作者: 双鶴


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第1話 神の娘、女村長となる

 桜庭美弥――十七歳。

 黒髪は肩甲骨までまっすぐに伸び、結えば凛と、ほどけば柔らかな陰影が落ちる。黒い瞳は少し大きく、笑えば幼さが残るが、祈りのときは驚くほど静かだ。白衣と緋袴に身を包み、神社に仕える巫女として、私は毎朝拝殿を磨き、祝詞を奏上し、鈴を鳴らす。


 巫女としての日々は、祈りと奉仕の連続だった。朝は参道の落葉を掃き、昼は迷子の子を社務所へ連れ、夕刻は病を抱えた老婦に椅子を用意して温かい茶を手渡した。祈るだけでは届かない場面でも、手を伸ばせば届くことがある――それを知っているからこそ、私はずっと願っていた。もし祈りだけでは届かない場所があるなら、世界の仕組みごと変えられるほどの力で、人を救いたい、と。


 冬の夜、拝殿は凍てつくほど澄んでいた。手水舎の水面には薄い氷が張り、灯籠の光が白い吐息に滲む。鈴緒の縄は掌に冷たい。檜の香が微かに立つ。私は目を閉じ、深く一礼した。


 「どうか、この世界が少しでも良くなりますように」


 ――チリン。

 鈴の一音が澄み、次の瞬間、音は雷鳴のように膨れ、白い光が拝殿の闇を反転させた。視界が焼け、耳の奥で古い声が重なる。男でも女でもない、祝詞の古語に似ていて似ていない音。


 「汝、導け。人々を未来へ」


 足元の石が消え、体が浮く。恐れは不思議と湧かなかった。衝撃と、覚悟だけが鮮明だった。私は光の底に落ち、息を呑む。


---


 最初に鼻を刺したのは、焚き火の匂いだった。乾いた薪が爆ぜる音、土の湿り、獣の脂の遠い匂い。夜の冷気は鋭いが、静けさは厚い。目を開いた私は、息を飲んだ。


 視界に並ぶ竪穴住居。葦と木皮の屋根、土で塗られた壁。地面には縄の痕跡、土器の破片。裸足の子供が二人、焚き火の陰からこちらを覗いて目を丸くする。頬に煤の筋、手の甲に細かい傷。小さな咳が火に吸い込まれるように震えた。


 「……神の娘だ」


 最初に言ったのは、膝に古傷を持つ痩せた男だった。年の頃は四十前後。彼の低い声が村の空気に滲むと、ざわめきが一斉に広がる。


 「白の衣だ」「鈴を持っている」「神は我らを捨てていない」


 私は視線を落とす。白衣、緋袴、右手の鈴緒。見慣れた衣が、この場所では異様だ。呼吸を整え、状況を把握する。焚き火の煙は東へ流れる。風は北から。土は砂に近く粗い。ならば、浅井戸は可能。星の密度は濃い。森の輪郭は近い。鹿の群れが降りる季節。水脈は低いが、掘れば滲む。


 「皆さん。私は、神社に仕える巫女――桜庭美弥と申します」


 巫女、という音に、年長の女が一歩前に出た。肩に子を背負っている。目の奥に強い光。頬はこけ、手の甲は乾いて裂けている。


 「巫女さま。村長が今朝、息を引き取りました。誰を立てるかで揉めています。南の豪の者が、明日にも牛を奪いに来ると」


 背の子は咳をし、胸を押さえた。痰の詰まる音。私は膝をつき、背を撫でる。熱は高いが皮膚は乾いている。水が足りない。火の前でも飲ませていないのか。いや、飲む水がないのだ。


 「水はどこで汲みますか」


 痩せた男――後で「鷹丸」と名乗った――が顔をしかめる。


 「川は北の森の向こう。今は鹿が降りてきて危ない。女や子は行けない。男も夜は避ける」


 距離と危険の情報。私は地形を頭に広げる。焚き火の影の落ち方から、村の中心より低い窪地を見つける。地表の色がわずかに暗い。


 「浅井戸を掘りましょう。今夜中に間に合わせます。男手を十人。木の枝と石を。円を描くように浅く掘る。崩れた土は外に。水が滲んだら藁を敷いて器にすくう。子や病の者には薄い塩水を少しずつ」


 「塩はあるのか」と誰かが呟くより早く、年長の女――「真弓」と名乗った――が黒い塊を台から持ってきた。


 「物々交換で少し。貴重だが、子には惜しまない」


 私は頷き、緋袴の裾を結わい直す。


 「生姜はありますか」


 真弓が目を丸くし、籠から小さな根を見せた。私は笑う。


 「温めた水に刻んで少し。喉の痰が動きます」


 鷹丸が短く「やってみる」と答え、若い男たちが立ち上がる。その中に、臆病そうに眉を寄せる少年――「小太こた」――がいる。彼は鍬を握る手を震わせていた。反対側では、信心深い老婆――「お貞」――が私に手を合わせ、祝詞の響きに涙を滲ませている。


 杖の音が背で止まり、白髪交じりの老人が現れた。骨は細いが目は濁っていない。彼は「長老・楢平ならひら」と名乗った。


 「神の娘よ――いや、巫女。水が出ようが、明日には牛を持って行かれる。力がない。男が少ない。畑は痩せている。どう導く」


 問いは直球だ。私は炎の光を瞳に収め、巫女の言葉と村長の言葉を重ねる。


 「まず、村の記録をつけます。人の数、働ける者、病の者、牛の数、畑の広さ、塩、生姜、水の場所。木の板に炭で書きます。私が文字を教える」


 ざわめき。文字、という音が村に落ちる。お貞が口を覆い、小太が不安げに目を揺らす。楢平は眉をわずかに動かして黙る。


「次に、南の豪族には祭祀で対します。村長は今日、神に抱かれた。明朝、喪の儀を行う。巫女として、私が祭文を捧げます。喪の期間に牛を奪う行為は、神を怒らせる行為だと伝える。祭祀の権威は、ここでは盾になります」



 私は一拍置き、声を落とす。


 「交渉の場には、渡来の工人を呼びます。北の森の向こうに、鉄を打つ者がいるはず。彼らの技と、この村の木と土で、農具の修理や新造を用意し、牛の一部と交換する話をします。南の豪は武だけで立っていない。飢えを嫌い、作を好む。食い扶持の話に変える」


 若者の目が光る。鷹丸が小さく頷いた。真弓は背の子を揺らし、息を整える。私は続ける。


 「畑は灰を撒いて畝を高く。葦と藁で風よけ。冬でもできることはある。水が出れば粥が焚ける。弱った者はまず粥と塩。それから、手を洗う習慣を作る。神の名のもとに、決まりにします。やらない者には――神罰、と言って構いません」


 古い音の刃をあえて抜く。ことわりを一本にする。楢平の口元がわずかに緩む。


 「祭りを立てるのだな」


 「はい。喪の儀と、井戸の初水の儀。人は儀で動く。儀は群れに秩序を与える。秩序は交渉を有利にする」


 私は緋袴の裾を整え、焚き火に手をかざした。恐れは遠くに落ちていき、静けさが満ちる。ここで宣言する。逃げ道を塞ぐ。


 「この村を守り、繁栄させます。神の名にかけて」


 焚き火の光が揺れ、その揺らめきが村人の頬を走る。真弓が息を呑み、小太が鍬を握り直し、お貞が嗚咽をひとつこぼす。鷹丸は肩の力を抜いた。


 「女村長に」


 最初に言ったのは真弓だった。彼女は子を抱き直し、私を見据える。


 「女村長に――巫女さまを」


 楢平が杖を地に打つ。乾いた音が夜に抜ける。男たちが膝をつき、女たちが頭を下げる。私は炎のそばへ一歩進み、髪が熱でわずかに浮くのを感じながら、胸の奥の鼓動を受け止める。


 「受けます。――桜庭美弥、巫女にして、この村の女村長となります」


 歓声は上がらない。代わりに、深い吐息と静かな震えが村を満たした。大きな約束の前では、人は声を落とす。だから私は祈りを重ねず、具体を積む。


 「井戸は今夜。喪の儀は明朝。祭文は私が作る。板は焚き火の傍に。男十人、女五人、子供はここで粥を待つ。塩は薄く。生姜は刻む。手は洗う。――動きましょう」


---


 村は動いた。夜は深いが、星は近い。土は冷たいが、水は来る。男たちは木と石で円を描くように掘り、女たちは藁を割って籠に敷き、子供たちは小さな器を磨く。臆病な小太は最初の一掘りで鍬を落としたが、鷹丸が黙って拾って渡す。お貞は祝詞を口の中で繰り返しながら、藁を編む指を止めない。真弓は背の子の咳に合わせて背を叩き、息を整える。


 私は膝をつき、土の粒を指で砕く。湿りが増す。温度が変わる。土の色が暗くなる。


 「ここ。浅く。崩すな。待つ」


 待つ、は難しい。十呼吸、二十呼吸。――土が柔らかくなり、指先が冷える。


 「来た」


 最初の水は泥を連れて上がってくる。藁が沈み、器が震える。子供が目を丸くし、女が息を止め、男が肩の力を抜く。焚き火の光が器の水面に揺れる。


「神の娘だ」


誰かがまた言った。私は首を振る。


「神の娘ではありません。――あなたたちの娘です。明日も、明後日も」



 真弓が生姜を刻み、薄く甘い匂いが火の上で立つ。子の喉の音が変わり、痰が少し動く。小さな笑いが零れる。お貞が涙を拭い、楢平が静かに目を閉じる。鷹丸が空を見上げる。


---


 夜明け前、氷の薄膜が井戸の水面に張り、籠の中の器には白い粥が並んだ。台の端には削った木の板と炭。私は板を膝に乗せ、文字を書く。


 人の数(成員)。働ける者(労)。病の者(病)。牛の数(牛)。畑の広さ(畑)。塩の残り(塩)。生姜の残り(姜)。水の場所(井)。明日の予定(策)。


 文字は彼らにとって呪いに似ているだろう。だが、すぐに魔法に変わる。可視化は力。数字は武。祭文は盾。両方を持って、私は南の豪族と向き合う。


 「文字……」「線が、意味を持つのか」


 小太が恐る恐る板を覗き、鷹丸が黙って頷く。楢平は一本の線を指でなぞり、目を細める。お貞は胸の前で手を合わせ、線を「御神の印」と呼んだ。私は笑って、彼らの呼び名を肯定する。儀に乗せれば、受け入れは早い。


 薄い朝陽が土の輪郭を金に染め、焚き火の煙がまっすぐ上がる。村人は眠い目をこすり、粥を分け合い、手を洗う。真弓は子に小さな器を渡し、背を撫でる。小太は鍬ではなく板を持ち、線に意味を重ねようと眉を寄せる。鷹丸は牛の数を数え直し、お貞は藁を束ねる手を止めない。


 私は板を抱え、拝殿のない空に一礼する。


 「桜庭美弥、巫女にして、この村の女村長。――始めます」


 南の道の奥で、鈴のような金属音が微かに響いた。武具の揺れる音。彼らは来る。時間は満ちる。


 私は緋袴の裾を結い、炎の前に立った。喪の儀の祭文は、すでに頭の中で整っている。神の名を借り、時間を稼ぎ、交換の場を作る。次にやることも、心の中で列を作る。


 ――まずは水を。次に畑を。手を洗う習慣を「神の決まり」に。病の手当ては生姜と塩、次に煎じ薬。文字で在庫と人手を可視化。渡来の工人を呼び、鉄を村に。豪族には儀と作と数で対する。


 祈りは言葉で、交渉は言葉で、未来は言葉で。だが、言葉を支えるのは行いだ。私はそれを、最初の夜に刻んだ。ここから先は、刻み続けるだけ。


 巫女、女村長となる。

 ここから始まるのは、歴史を超える物語。

 ――最初の交渉は、喪の鐘とともに。

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