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1-8:資金調達作戦

挿絵(By みてみん)


 2025年4月18日、午前9時。


 かけるは都内のビジネスホテルの一室で目を覚ました。昨夜、風見遼との会談で得た希望を胸に、今日からは具体的な行動を開始する。


 机の上に広げたノートには、手書きで戦略が書き込まれている。


 「1. 資金調達のための事業立案」

 「2. オルデン・リソーシズ設立準備」

 「3. 相原レナとの接触」


 政府が動かない以上、すべて民間の力で進めるしかない。3,000万人を収容する地下都市建設には、おそらく数十兆円の資金が必要になるだろう。個人の資産1億円など、焼け石に水だ。


 しかし、コンプレッサーがある。この未来技術を活用すれば、短期間で大きな利益を生み出すことも可能なはずだ。


 かけるはスマートフォンのオルデン・プロジェクトアプリを開き、事業計画の検討を始めた。


 「候補事業リスト」の項目をタップする。


 『推奨事業分野:

 1. 建設業(解体・建設効率化)

  具体例:建築廃材を米粒サイズに圧縮し運搬コストを1/1000に削減

      基礎工事用巨大資材を現場で展開、クレーン不要の施工

  利点:コンプレッサーの能力を最大活用

  問題:技術が注目を集めすぎる危険性

 

 2. 運送業(物流革命)

  具体例:コンテナ1個分の荷物を手のひらサイズで運搬

      配送トラック不要、ドローンでの超効率配送

  利点:巨大な市場規模

  問題:技術の秘匿が困難

 

 3. 資源探査業(鉱物調査・採掘)

  具体例:地下深部から無痕跡サンプル採取

      従来のボーリング調査の1/100のコストで高精度分析

  利点:自然な技術説明が可能

  問題:初期投資が必要

 

 推奨度:3 > 1 > 2』


 やはり資源探査業が最適か。地下深くからサンプルを採取する「新技術」として、コンプレッサーの能力を説明できる。そして何より、アプリには未発見の鉱脈情報が含まれている。


 「鉱脈情報」の項目を再度確認する。


 『緊急推奨採掘地点:

 山梨県南都留郡みなみつるぐん - レアメタル鉱脈

 深度:地下47メートル

 主要鉱物:リチウム、コバルト、ニッケル

 推定埋蔵量:3億円相当

 発見確実性:99.8%

 ※この情報にアクセスすると使用回数が1回消費されます』


 3億円。初期資金の増強には十分だ。しかも発見確実性が99.8%ということは、ほぼ間違いなく存在する。


 かけるは「詳細情報にアクセス」をタップした。


 『情報を取得しました。残り使用回数:47回』


 『山梨県南都留郡みなみつるぐん西桂町にしかつらまち詳細座標:

 北緯35度28分14秒、東経139度01分03秒

 地下47.3メートル地点

 鉱脈幅:約2.5メートル

 延長:約150メートル

 採掘推奨ルート:南西方向から斜めにアプローチ

 

 注意事項:

 ・地表から5メートル地点に地下水脈あり

 ・40メートル地点に硬質岩盤層

 ・周辺住民への騒音対策必須』


 詳細すぎる情報に、かけるは改めて未来技術の恐るべき精度を実感した。これなら確実に「発見」できる。


 ホテルを出て、まずは会社設立の手続きを進めることにした。


 司法書士事務所で「オルデン・リソーシズ株式会社」の設立登記を依頼する。


 「オルデンというのは?」


 司法書士が会社名について質問してきた。


 「古い言葉で『秩序』という意味です。資源探査にも秩序立ったアプローチが必要だと考えまして」


 かけるは心の中で苦笑した。本当の由来は、20年後に地球を破滅させる隕石の名前だ。だが今は、この美しい響きの言葉が、希望への第一歩となる。


 「なるほど。事業内容は?」


 「地質調査および鉱物資源の探査・採掘です」


 「資本金は?」


 「1億円です」


 司法書士の眉が上がった。新設会社としては相当高額だ。


 「登記には1週間ほどかかります。それまでに必要な書類を揃えておきますので」


 司法書士事務所を出て、次は鉱業権の申請手続きに向かう。


 経済産業省の鉱物資源課で、探査権の申請書類を受け取る。


 「山梨県のこの地域ですね」


 担当者が地図上の指定地域を確認する。


 「はい。新しい探査技術の実証実験を兼ねて、小規模な調査を行いたいと思います」


 「新しい技術とは?」


 「超音波と磁気共鳴を組み合わせた、非侵襲的地下探査システムです」


 かけるは慎重に言葉を選んだ。コンプレッサーの真の仕組みは理解できていないが、結果として可能になることは確実だ。「従来のボーリング調査に比べて、環境負荷を大幅に削減でき、より精密な地質データを取得できます」


 「面白そうですね。審査には1〜2ヶ月かかりますが、小規模探査なら問題ないでしょう」


 午後は、実際に山梨県の現地視察に向かった。まずは一般的な地質調査として、表層土壌の採取と地形測量を行った。


 西桂町にしかつらまちの指定地点は、富士山の北麓ほくろくに位置する静かな森林地帯だった。地表の岩石サンプルを採取しながら、「予備調査の結果、興味深い鉱物反応が検出された」という筋書きを組み立てていく。


 コンプレッサーを使えば、地表から一切の痕跡を残さずに地下の鉱物サンプルを採取できる。通常の採掘とは比較にならないほど効率的だ。


 現地で地権者との交渉も行った。山林の一部を短期間借用する契約を結ぶ。


 「どんな調査をされるんですか?」


 地権者の老人が興味深そうに尋ねてきた。


 「地下の鉱物を調べる調査です。もし価値のある鉱物が見つかれば、地主さんにも相応の利益をお返しします」


 「そりゃあありがたい。この山は代々受け継いできましたが、特に何の価値もないと思ってましたから」


 契約書にサインをもらい、調査開始の準備が整った。


 2025年4月19日、早朝。


 かけるは再び山梨県の現地に向かった。昨日の予備調査データを元に、「より詳細な地下探査」を実施する。今日が運命の「発見」の日だ。


 誰もいない森の中で、かけるはコンプレッサーを起動した。アプリの情報通り、地下47.3メートル地点を狙う。


 手首のデバイスが温かく光り、目に見えない力が地中深くに浸透していく。硬質岩盤を通り抜け、目的の鉱脈に到達する感覚がわかる。


 慎重に、米粒サイズに圧縮した鉱物サンプルを採取する。地表には一切の痕跡を残さない。


 採取したサンプルを元のサイズに復元すると、確かにレアメタルを含む鉱石が現れた。リチウム、コバルト、ニッケルの含有量は想像以上に高い。


 「やった...」


 かけるは小さくガッツポーズを取った。これで「偶然の発見」を演出できる。


 翌日、専門の分析機関にサンプルを持ち込んだ。


 「これは...どちらで採取されたものですか?」


 分析技師が驚いた表情を見せた。


 「山梨県の森林地域です。新しい探査技術のテストで偶然発見しました」


 「素晴らしい発見ですね。このレアメタル含有量なら、商業的価値は十分にあります」


 分析結果のレポートを手に、かけるは投資家への売り込みを開始した。


 2025年4月20日、東京の投資会社で説明会を行う。


 「オルデン・リソーシズは、革新的な地下探査技術により、これまで発見されていなかった鉱脈を効率的に発見することができます」


 スクリーンに分析結果を映し出す。


 「こちらが、弊社の技術による最初の発見です。山梨県で発見されたレアメタル鉱脈の分析結果をご覧ください」


 会議室にざわめきが起こった。


 「推定埋蔵量は3億円相当。そして皆様」かけるは声に力を込めた。「2030年代、電気自動車の爆発的普及により、リチウムとコバルトの需要は現在の10倍に達します。中国が市場を独占する前に、国内資源を確保することは国家戦略そのものです」


 投資家の一人が手を上げた。


 「その探査技術の詳細を教えていただけますか?」


 「申し訳ありませんが、技術の詳細は企業秘密となっております。ただし、従来技術に比べて環境負荷が1/10以下、コストも1/5以下という点はお約束できます」


 別の投資家が質問した。


 「今後の展開は?」


 「日本全国に未発見の鉱脈が多数存在すると予測しています」かけるは未来の記憶を胸に秘めながら続けた。「我々の技術により、日本は資源小国から資源大国へと変貌します。5年以内に100億円、10年以内に1兆円規模の事業に成長させ、次世代の国家プロジェクトを牽引します」


 説明会の結果、3億円の投資資金を獲得することができた。


 2025年4月20日夕方、かけるはホテルの部屋で今後の計画を整理していた。


 資金調達の第一段階は成功した。だが心の奥底では、もどかしさが渦巻いている。投資家たちに「5年で100億円」と説明したが、本当は「20年で人類救済」が目標だ。彼らが知らない未来の惨劇を、どう伝えればいいのか。


 その時、コンプレッサーが一瞬、不規則に点滅した。「システム異常」の文字が画面に現れて消える。


 「何だ?」


 すぐに正常に戻ったが、かけるの胸に不安がよぎった。


 特に重要なのは相原レナとの接触。地下都市設計の専門家なしには、プロジェクトは進まない。


 アプリの「重要人物」情報を再確認する。


 『相原レナ(28歳)

 現在地:東京大学工学部2号館 研究室305

 専門:地下構造物設計、耐震工学

 性格:完璧主義、責任感が強い

 課題:父親の建築士としての挫折がトラウマ

 接触推奨時間:午前10時〜12時(研究に集中している時間帯)

 アプローチ方法:学術的関心から入り、防災への貢献という大義名分を提示

 

 重要:彼女は「人を救う建築」への強い憧れを持っている』


 明日、東京大学工学部を訪問する。人類救済計画の核となる人物との、運命的な出会いが待っている。


 窓の外を見ると、東京の夜景が美しく輝いている。


 かけるは亡き父の遺影を思い浮かべた。建築現場で働く父の背中を見て育った少年時代。「翔、建物は人を守るためにある。俺たちの仕事は、人の命を預かる仕事なんだ」


 あの頃は平凡な現場監督の父を誇らしく思えなかった。だが今、父の言葉の重さが心に響く。今度は建物ではなく、地下都市で人類を守る。


 「親父、俺がやりますよ。人を守る仕事を」


 コンプレッサーが手首で微かに脈動している。父の遺志を継ぎ、未来への責任を背負って、かけるは明日への歩みを続ける。


《続く》

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