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1-7:政府への接触と困難


 2025年4月17日、朝8時。


 かけるは、東京の心臓部、霞が関の内閣府本府庁舎の前に立っていた。


 高くそびえ立つ官庁街のビル群を見上げながら、深く息を吸い込む。昨日ネットカフェで立てた戦略では、まずは重要人物との接触が優先だったが、もし万が一にも政府が隕石の脅威を真剣に受け取ってくれるなら、個人で進めるよりもはるかに効率的に人類救済計画を実行できる。その一縷の望みに、かけるは全てを賭けようとしていた。


 受付で来訪者カードを受け取り、防災担当部署へ向かう。廊下を歩きながら、かけるは心の中で説明内容を整理していた。


 どこまで真実を話すべきか。時間遡行の話は確実に狂人扱いされる。かといって、根拠のない予測として話しても相手にされないだろう。


 防災計画課の扉をノックする。


 「はい、どうぞ」


 中年の男性職員が振り返った。名札には「企画官 田島」とある。


 「突然の訪問で申し訳ありません。神崎翔と申します。日本の防災体制について、重要な提案があってお伺いしました」


 「提案ですか」


 田島企画官は眉をひそめた。アポイントもなしに飛び込みで来る人間に対する、明らかに警戒した表情だった。


 「どのような内容でしょうか?」


 かけるは準備していた言葉を慎重に選んで話し始めた。


 「20年後、2045年4月に、巨大隕石が地球に衝突する可能性があります。直径30キロメートル級の隕石で、衝突すれば恐竜絶滅と同規模の被害が予想されます」


 田島企画官の表情が一瞬で変わった。困惑から、明らかな不快感へ。


 「...それは、どちらの研究機関からの情報でしょうか?NASA?JAXA?」


 「いえ、私の独自の分析結果です」


 「独自の...」


 田島企画官は椅子の背もたれに深く寄りかかった。


 「申し訳ありませんが、そのような重大な事項について、個人の憶測に基づいて政府が動くことはできません。まずは専門の学会で発表し、査読を経た論文として公表してください。そうすれば、然るべき機関が検討するでしょう」


 「しかし、時間がありません。準備には最低でも15年は...」


 「お気持ちは分かりますが」


 田島企画官は明らかに面倒そうな表情で時計を見た。


 「証拠もなしに、国家予算を動かすわけにはいきません。それに、隕石衝突については既に各国の観測機関が監視体制を構築しています。もし本当にそのような脅威があれば、とっくに発見されているはずです」


 かけるは心の中で舌打ちした。予想通りの冷たい壁だった。だが、まだ諦めるわけにはいかない。


 「分かりました。ありがとうございました」


 内閣府を後にして、次に文部科学省に向かう。


 文部科学省では、宇宙開発利用課の課長補佐と面談することができた。今度こそは、とかけるは期待を込めた。


 「隕石衝突の予測ですか」


 中島課長補佐は、かけるの話を最後まで聞いた後、首を振った。


 「天体観測は専門機関の仕事です。JAXAをはじめとする宇宙機関が、常時監視を行っています。また、世界中の天文台とも連携して、地球近傍天体の追跡を行っています」


 「しかし、現在の技術では...」


 「現在の技術では何でしょうか?」


 中島課長補佐の目が鋭くなった。


 「あなたは宇宙工学の専門家ですか?天体力学の研究者ですか?」


 「いえ、そうではありませんが...」


 「では、どのような根拠で、世界中の専門家が見落としている脅威を、あなたが発見できたとお考えですか?」


 かけるは言葉に詰まった。心の中で「なぜ俺が知っているかって?」と叫びたくなったが、未来の記憶があるとは言えない。コンプレッサーの存在も明かせない。


 「申し訳ありませんが、素人の憶測に対応する時間はありません。もし本当に重要な発見をされたというなら、まずは査読付きの学術誌に論文を投稿してください」


 文部科学省でも門前払いだった。かけるの胸に、焦燥が焼け付くように広がった。


 最後の望みをかけて、防衛省に向かう。


 防衛省では、防衛政策課の一等陸佐が対応してくれた。


 「隕石衝突による国防上の脅威、ですか」


 武田一等陸佐は、軍人らしい引き締まった表情でかけるを見つめた。


 「確かに、隕石衝突は理論上は国防上の脅威となり得ます。しかし、2045年4月という具体的な日時を挙げられても、我々としてはその根拠を確認する必要があります」


 「根拠は...」


 「どちらの情報機関からの情報でしょうか?それとも、何らかの観測データをお持ちですか?」


 かけるは再び言葉に詰まった。


 「個人的な分析結果です」


 武田一等陸佐の表情が明らかに冷めた。


 「申し訳ありませんが、国防上の脅威として検討するには、もう少し信頼性のある情報が必要です。現在のところ、各国の宇宙機関から該当する警告は一切発表されていません」


 武田一等陸佐は立ち上がり、かけるに向かって苦笑いを浮かべた。


 「もしかして、SF小説の読み過ぎではありませんか?最近は映画でも隕石衝突を扱った作品が多いですからね」


 その言葉に、かけるの胸に怒りが込み上げた。だが、ここで感情的になっても意味はない。彼は奥歯を噛み締め、表情には出さずに頭を下げた。


 「お忙しい中、ありがとうございました」


 防衛省を出て、かけるは霞が関の公園のベンチに座り込んだ。


 やはりダメだった。予想していたとはいえ、現実に突きつけられると絶望感が重い。


 政府に頼ることはできない。すべて自分でやるしかない。


 そう諦めかけたその時、背後から声をかけられた。


 「すみません、先ほど内閣府にいらした神崎さんでしょうか?」


 振り返ると、40代半ばと思われる男性が立っていた。疲れた表情だが、目には強い意志の光が宿っている。


挿絵(By みてみん)


 「はい、そうですが...」


 「内閣府防災担当の風見遼と申します。先ほど田島企画官が『面白い奴がいたぞ』と話してくれまして。実は、あなたのお話に非常に興味を持ちました」


 風見遼りょう。オルデン・プロジェクトのアプリで確認した重要人物の一人だった。


 「お忙しい中、わざわざありがとうございます」


 「いえいえ。実は、あなたのお話に非常に興味を持ちまして。差し支えなければ、もう少し詳しくお聞かせいただけませんか?」


 風見の表情は真剣だった。他の職員たちのような冷ややかさや嘲笑はない。


 「ここでは何ですから、近くの喫茶店で話しませんか?」


 風見に案内された喫茶店で、かけるは改めて隕石衝突の脅威について説明した。


 「2045年4月22日午後3時17分」


 かけるがあまりに具体的な時刻を告げると、風見の表情が変わった。


 「随分と...具体的ですね」


 「はい。その時刻に、直径30キロメートルの隕石『オルデン』が太平洋上に衝突します。衝突地点は本州の南東約800キロメートル」


 「オルデン...という名前まで」


 風見はコーヒーカップを両手で包みながら、深く考え込んだ。


 風見は、まるで重い荷物を下ろすかのように、深く息を吐いた。


 「神崎さん、率直にお聞きします。なぜ、あなたがそのような情報を持っているのですか?」


 かけるは心の中で逡巡した。この人になら、もう少し真実に近いことを話せるかもしれない。


 「これは...とても信じてもらえないような話なのですが」


 「私は、東日本大震災で妻と娘を失いました」


 風見が突然、個人的な話を始めた。その声には、深い悲しみと、それでも抗い難い決意が混ざっていた。


 「あの時、もし事前に正確な情報があれば...もし、誰かが『3月11日午後2時46分に巨大地震が起きる』と教えてくれていれば、家族を救えたかもしれません」


 風見の目に、深い悲しみが浮かんだ。


 「それ以来、私はあらゆるリスクを研究しています。どんなに荒唐無稽に思える話でも、万が一の可能性があるなら真剣に検討するべきだと考えています」


 「風見さん...」


 「ですから、どんなに信じられない話でも構いません。教えてください」


 かけるは深く息を吸った。全てを話すことはできない。だが、この男になら、真実に近いことを話しても良いかもしれない。彼は腹を決め、決死の覚悟で口を開いた。


 「私は...未来を見る能力があります」


 風見の表情は変わらなかった。否定も肯定もせず、ただ静かに聞いている。


 「2045年の世界を見ました。隕石衝突後の、絶望的な世界を。生き残った人々が地下の避難施設で餓死していく光景を」


 「...それで、過去に戻って警告を発しようと」


 「はい。でも、誰も信じてくれません」


 風見は長い間、沈黙していた。


 「神崎さん、仮に...仮にですが、本当にそのような未来が待っているとします。どのような対策が必要だと思いますか?」


 かけるの心臓が高鳴った。この人は本気で話を聞いてくれている。


 「大規模な地下都市の建設です。3,000万人が長期間生活できる地下シェルター。衝突の衝撃と、その後の核の冬を乗り切るための設備」


 「3,000万人...」


 「はい。全人口を救うことは不可能ですが、人類文明を継続するための最低限の人数です」


 風見は手帳を取り出し、メモを取り始めた。


 「建設期間はどれくらい必要ですか?」


 「最低でも15年。できれば20年欲しいところです」


 「つまり、2025年から着手すれば、ギリギリ間に合う計算ですね」


 「その通りです」


 風見はペンを置き、かけるを見つめた。


 「神崎さん、私は政府内部にいますが、正直に言って、この話を公式ルートで進めることは不可能です」


 かけるの心が沈んだ。やはりダメなのか、と。


 「しかし」


 風見が続けた。


 「個人的には、あなたの話は検討に値すると思います。もし本当なら、準備期間20年は奇跡的に長い。十分に対策を講じることができます」


 かけるの目に、希望の光が再び灯った。この人は、本当に信じてくれるのか。


 「それでは...」


 「まずは、信頼できる技術者や研究者を集めることから始めませんか?私も、可能な範囲で協力します」


 風見は名刺を差し出した。その手には、震えるほどの確かな意志が宿っていた。


 「これは私の個人的な連絡先です。何か進展があったら、いつでも連絡してください」


 かけるは名刺を受け取りながら、胸に希望の炎が再び灯るのを感じた。


 「ありがとうございます。風見さん」


 「東日本大震災の時、私は何もできませんでした。でも今度は違います。今度は、事前に情報があります。今度は、間に合わせたい」


 風見の目に、強い決意が宿っていた。


 「神崎さん、一つだけお聞きします。あなたの『未来を見る能力』は、他にどのようなことを教えてくれますか?」


 かけるは一瞬迷ったが、答えることにした。


 「相原あいはらレナという建築家が、地下都市設計に不可欠です。田中ハルカという環境技術者も」


 「相原レナ...東京大学の」


 「ご存じですか?」


 「はい。優秀な研究者として有名です。確かに、大規模地下構造物の設計なら、彼女が適任でしょう」


 風見は立ち上がった。


 「神崎さん、まずは相原さんとの接触を優先してください。私は政府内部で、静かに情報収集を始めます。隕石衝突に関する過去の研究や、大規模避難計画の検討資料など」


 「本当に、ありがとうございます」


 喫茶店を出て、霞が関の夕日に照らされた街を歩きながら、かけるは希望を感じていた。


 政府の大部分は動かせない。だが、風見遼という強力な協力者を得ることができた。それは、暗闇の中に差し込んだ、確かな光だった。


 相原レナとの接触、オルデン・リソーシズの設立、鉱脈の発見。


 計画は着実に、しかし確実に前進している。


 20年後の悲劇を防ぐために、今日もまた一歩を踏み出したのだ。


 コンプレッサーが手首で微かに温かく脈動しているのを感じながら、かけるは、明日への確信を胸に東京大学工学部へと足を進めた。


 明日は相原レナとの運命的な出会いが待っている。


《続く》

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