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3-2:地下水脈事故


 2025年9月20日、午前2時30分。


 夜の静寂を切り裂くように、けたたましい警報が鳴り響いた。夜勤の警備員が、顔を青ざめさせながら現場事務所に駆け込み、緊急連絡網のボタンを叩いた。


 ゴゴゴゴゴ……


 最初は、地鳴りのような低い振動だった。夜勤の作業員たちが、顔を見合わせる。


 「なんだ?地震か?」


 次の瞬間、巨大な轟音と共に、坑道の壁が文字通り爆発した。


 ドォォォォォン!


 茶色の泥水が猛烈な勢いで噴き出し、瞬く間に坑道全体を飲み込んでいく。想定外の巨大地下水脈。毎分50トンもの水が、濁流となって押し寄せてきた。


 「逃げろ!総員退避!」


 現場監督の叫び声が、騒音にかき消される。警報が鳴り響き、赤い回転灯が闇を切り裂いた。


 地上の仮設事務所では、神崎翔かんざきかけるが書類に目を通していた。深夜にも関わらず、明日の工程を確認していたのだ。


 突然、コンプレッサーが激しく振動した。


 『警告!緊急事態発生!』


 腕時計型デバイスが、真っ赤に光る。同時に、現場からの無線が飛び込んできた。


 『大変だ!地下水脈が決壊した!作業員が取り残されている!』


 かけるは、焦燥に突き動かされるように椅子を蹴り倒し、反射的に立ち上がった。


 「何人だ!」


 『15名!Bブロックの最深部にいる!』


 血の気が引いた。通常の排水設備では、到底間に合わない水量だ。このままでは、全員が……。


 「すぐに行く!」


 かけるは、コンプレッサーを操作しながら現場へ走った。途中、専門家たちの宿舎を叩き起こす。


 「レナさん!ハルカさん!緊急事態だ!」


 相原レナが、寝巻き姿のまま飛び出してきた。その顔は、すでに事態の深刻さを理解していた。


 「地下水脈ね。私にも聞こえた」


 田中ハルカも、ノートパソコンを抱えて現れる。


 「排水システムの限界を超えている。このままじゃ、30分も持たない」


 佐藤ケンジは、すでに現場に向かっていた。構造の専門家として、脱出ルートを確保するためだ。


 現場は阿鼻叫喚の様相を呈していた。


 地下への入り口からは、ごう音と共に茶色い水が激しく噴き出し、視界を奪う。作業員たちが、必死に土嚢を積み上げているが、焼け石に水だった。


 「神崎さん!」


 田村監督が、青白い顔で駆け寄ってきた。


 「下にいる連中と、まだ無線が繋がっています。でも、水位が上昇していて……」


 モニターには、地下の監視カメラの映像が映し出されていた。15名の作業員が、天井近くの足場に避難している。しかし、水位は刻一刻と上昇していた。


 「あと20分が限界です」


 李明華が、冷静に計算結果を告げる。


 かけるは、コンプレッサーを見つめた。物質転送機能。群馬県の古代構造物との共鳴により、第2章で解放されたばかりの新機能。しかし、シーズン1の制限により、大量の液体転送は未検証の危険な挑戦だった。


 「水を圧縮して、転送する」


 「待って!」


 ハルカが止めた。


 「液体の大量転送は、まだ実験もしていない。シーズン1の制限下では、デバイスの負荷が限界を超える危険性があります。下手をしたら、デバイスが暴走して翔さんの生命にも関わる」


 「他に方法があるか?」


 かけるの問いに、誰も答えられなかった。


 レナが、タブレットで3Dマップを展開する。


 「ここよ。旧坑道との接続部分。ここから逃げられる」


 「でも、その間も水圧に耐えられるか」


 佐藤の声が、無線から聞こえてきた。


 『構造的には、あと15分が限界だ』


 時間との勝負だった。


 かけるは、決断した。


 「俺が下に行く。コンプレッサーで、直接水を転送する」


 「無茶よ!」


 レナが叫ぶ。


 「あなたまで巻き込まれたら」


 「他に誰がやる?このデバイスは、俺にしか使えない」


 その時、風見遼から電話が入った。状況を察知したのだ。


 『自衛隊の災害救助部隊を向かわせました。ですが、到着まで40分かかります』


 「間に合わない」


 『無理はするな。君を失うわけにはいかない』


 しかし、かけるの決意は固かった。


 防水装備を身に着け、予備の酸素ボンベを背負う。そして、濁流渦巻く縦穴へと向かった。


 「かけるさん!」


 レナが追いかけてきた。その手には、小型の発信機があった。


 「これを。位置を見失わないように」


 「ありがとう」


 かけるは、レナの手を握った。一瞬、何か言いたそうな表情を見せたが、レナは黙って頷いた。


 ハルカが、最後の指示を出す。


 「転送先は、東側の調整池。座標をコンプレッサーに入力しました」


 「了解」


 深呼吸を一つ。そして、かけるは水中へ飛び込んだ。


 冷たい水が、全身を包む。視界は、茶色い濁流で何も見えない。コンプレッサーの光だけが、唯一の頼り。


 水圧が、容赦なく体を締め付ける。耳がキーンと鳴り、肺が悲鳴を上げた。


 それでも、前へ進む。仲間が待っている。


 地下300メートル。

 400メートル。


 ついに、最深部に到達した。


 作業員たちは、天井付近のパイプにしがみついていた。水面まで、あと1メートルもない。


 「神崎さん!」


 若い作業員が、涙を流していた。


 「来てくれたんですね」


 「全員、俺の周りに集まれ!」


 かけるは、コンプレッサーを最大出力で起動した。


 『警告:過負荷リスク』


 警告を無視する。今は、デバイスの限界など考えている場合ではない。


 かけるの意識に呼応するように、コンプレッサーが強烈な青い光を放ち、水中を照らし出した。古代構造物との共鳴で得た時空間技術が、水分子の一つ一つを捉え、量子フィールドが展開されていく。


 『量子フィールド生成:起動』

 『分子圧縮率:95.7%』

 『転送座標:ロック完了』


 ズズズズズ……


 空間が歪むような感覚。水分子レベルで圧縮された水塊が、量子フィールドに包まれて瞬間移動していく。東側の調整池に、圧縮された水が次々と転送されていった。


 みるみるうちに水位が下がっていく。


 「うそだろ……」

 「本当に水が消えていく……」


 作業員たちは、ただ呆然と、その信じられない光景を見つめていた。誰かが呟き、その場にいる全員の口から感嘆のため息が漏れた。それはまさに、目の前で起こる奇跡だった。


 しかし、代償は大きかった。


 『警告:システム過負荷』

 『エネルギー消耗:89%』

 『使用者バイタルサイン:悪化』


 かけるの体から、力が抜けていく。シーズン1の限界を超えた能力使用による反動で、デバイスが翔の生体エネルギーを過剰に消費していた。意識が、遠のいていく。


 「神崎さん!しっかりしてください!」


 作業員たちが、かけるを支えた。


 地上では、専門家たちが固唾を呑んで見守っていた。


 水位低下を確認した佐藤が、救助隊を率いて降下する。レナは、発信機の位置を確認しながら、祈るような表情で画面を見つめていた。


 「お願い、無事で……」


 30分後。


 泥だらけの作業員たちが、次々と地上へ運ばれてきた。そして最後に、意識を失ったかけるが担架で運び出された。


 「全員無事です!死者ゼロ!」


 歓声が上がった。涙を流す者、抱き合う者。奇跡の救出劇だった。


 しかし、かけるは動かない。


 救急車の中で、医師が必死に処置を施す。レナとハルカ、そして専門家たちが、不安そうに見守っていた。


 「脈拍、血圧、共に低下。このままでは……」


 その時、コンプレッサーが、微かな光を放った。


 『緊急プロトコル:起動』

 『生命維持モード:作動中』

 『生体同期修復:進行中』


 デバイスが、かけるの生命維持機能を優先モードに切り替えた。古代技術の生体同調システムが、彼の生命力を安定化させていく。


 そして——


 「うっ……」


 かけるが、小さく呻いた。


 「意識が戻った!」


 医師が安堵の表情を見せる。レナは、思わずかけるの手を握りしめた。


 「バカ……心配したじゃない」


 涙声だった。ハルカも、かけるの無事な姿に安堵の息を漏らし、瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。


 病院へ向かう救急車の中で、かけるは朦朧とした意識の中で思った。


 仲間を守れた。それだけで、十分だと。


 しかし、これは始まりに過ぎなかった。


 事故現場では、原因究明が進められていた。そして、不可解な事実が判明する。


 「この水脈、地質調査では存在しないはずだったんです」


 佐藤が、データを示しながら説明した。


 「まるで、人為的に誘導されたような……」


 田村監督も、首を傾げる。


 「40年の経験で言うが、こんな水脈の出方は、自然じゃない」


 そして、決定的な証拠が見つかった。


 崩落現場から、見慣れない掘削跡。それは、コンプレッサーと同じ技術で作られたものだった。


 「誰かが、意図的に……?」


 レナの言葉に、全員が凍りついた。


 事故ではない。これは、攻撃だった。


 ハルカが、静かに言った。


 「私たちの成功を、快く思わない人間がいるということね」


 建設現場に、重い空気が流れた。順調だった日々は、終わりを告げた。これからは、見えない敵との戦いが始まる。


 病院のベッドで眠るかけるのコンプレッサーが、再び赤い光を放った。


 『警告:敵対的デバイスを検知』


 敵は、すぐそこまで迫っていた。


《続く》

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