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巡る地球儀 16

 医療チームの病棟には病院より上等な施設が揃っている。

 アリシアには用途もわからないような複雑な名前のついた部屋ばかりだった。だからいま自分とウィルが連れられた部屋が何をするためのなんという名前の部屋なのかはさっぱりわからない。

 それでもたくさんの器具が並び、ウィルがベッドに寝ていて、たくさんの注射や点滴をクレイグに打たれているのを見ると、ウィルの容体は思わしくないのだろう。

 点滴や注射をいっきに色んな箇所に打つために、邪魔になるからとカッターシャツを脱がされ上裸体で酸素マスクをつけられたウィルを、アリシアは黙って見つめていた。

「アリシアさん、ベックフォード隊長に連絡を取って頂けますか? 緊急だと伝えてください。もし、ないと思いますが訓練を抜けられないといったら万が一もあり得る、と伝えて何が何でも来てもらってください。隊長と合流出来たら、二人で医療チームに戻ってエドモンドという俺の部下をここまで連れてきてください。詳しい事情は話さなくていい。頼みます」

 クレイグは治療を行いつつ、マスクの下からそんな言葉を並べた。万が一とはなんだ、頭が考えることを拒否する。いまはレイフに連絡を取るのが先だろう。言われたことを落ち着いて出来る自信はないが、いまはやるしかない。アリシアは駆け出した。端末でレイフの名前を呼び出す。レイフは思ったよりすぐに出た。

”はい、ベックフォードです”

「今、ウィルの容体が急変して、……医療チームのスプリングフィールドさんに万が一もあるかもしれないからってあなたを呼べって……!」

 きちんとした文章にならなかった。それでもレイフには十分伝わったのだろう。

”すぐに行きます。どこにいますか?”

「あ、ウィルのところに行く前に……医療チームに人を呼びに行かなくちゃならなくて……!」

”医療チームに行きます。そこで落ち合いましょう”

 電話の向こうのレイフは自分よりずっと落ち着いているように思えた。そのおかげで少しずつ脳内が澄み渡っていく。

「わかりました」

 アリシアの返答をきくとすぐに通話が切れた。アリシアは廊下をがむしゃらに走った。廊下を歩く人たちに何度か見られたがいまはなりふり構っていられない。医療チームのオフィス前まで来るとこちらに同じようにかけて来るレイフの姿が見えた。

「ベックフォード隊長!」

「ええ。エドモンドでしょう」

 アリシアはオフィスに駆け込んで受付カウンターの近くにいた男性に声をかけた。

「すみません、エドモンドさんいますか? スプリングフィールドさんの部下の!」

 血相を変えたアリシアの様子にただ事ではないとわかったのか、エドモンドと呼ばれた男性が振り返った。何かの資料を手にしていたがそれを置いて小走りでこちらにかけて来てくれる。

「スプリングフィールドさんに言われて……!」

「クレイグ君に君を呼ぶように言われた。一緒に来てくれないか」

 レイフがアリシアに代わってエドモンドに用件を伝える。エドモンドはそれを聞くとすぐに受付カウンターを迂回して出て来てくれた。

「行きましょう」

 エドモンドがいの一番に駆け出した。その後を二人で追う。

「ウィルさんですか?」

「ええ、体調を崩して」

「ウィルはいまはどんな状態なんですか?」

「今は、意識も朦朧としてるくらいで……」

 エドモンドとレイフが交互に聞いてくる。二人とも、心底ウィルが心配なのだろう。

 医療病棟に戻ると、もう処置は終わっているようだった。

「ウィルは!?」

 クレイグがマスクを取りながら三人に向き直った。大きく切り取られたガラスの向こうに、たくさんの管につながれながら横たわっているウィルの姿が見える。

「部屋に入る前に一応濃度測らせてもらいますよ。エドモンド、あれ持ってきてくれ」

「わかりました」

 レイフの問いに答えないということは最悪の事態は免れたということなのだろう。レイフは素直に腕を差し出した。アリシアも隣で腕を差し出した。クレイグはわざとアリシアの濃度から先に測定する。

 二人の測定を終えると同時にエドモンドが手に白衣のようなものを持って戻ってきた。

「しばらくは入院が必要ですね。一週間程度見てもらえれば。あそこへ入るにはマスクと防ウイルス着を着てもらいます」

 そういってエドモンドから受け取り、包装を破く。

「それを隊長に」

「はい」

 クレイグはエドモンドにレイフへ防ウイルス着を着せるよう指示を出した。レイフは黙ってエドモンドに着せてもらう。白衣と防護マスクをつけられながら、レイフはクレイグに問うた。

「いままでこんなことはあったのか?」

「……ここまでのものはありませんでした」

「……そうか」

「苦しくないですか?」

「ああ」

 エドモンドの問いに答えながらも、レイフは一心にウィルの身を案じた。いまは大丈夫だとしても、もし今後こういうことがあったらどうする? 本当に、このままトレーニングを続けさせてもいいのだろうか。

「アリシアさん、どうぞ。あっちのドアが入り口です」

「ありがとうございます」

 アリシアはそのまま言われた扉から中へ入っていった。


「ベックフォード隊長、すみません。俺の監督不行き届きです」

 アリシアが病室に入っていった途端、そういってクレイグが頭を下げた。クレイグは頭をあげようとはしない。

 レイフは突然のことに面食らった。隣で気まずそうにエドモンドが目をそらす。

「いや、……君のせいじゃない」

「あいつ、しばらく危険な状態です。……俺を信じてついて来てくれたあいつをこんな風にしたのは、俺の責任です。あいつにもし何かあったらって思うと……」

 クレイグの言葉尻が濁る。ここに来てようやく、レイフは自分がここに呼ばれた意味がわかった。

「……いや、ウィルが君に頼んだんだ。あいつだって、君に責任をなすりつけるのは本意じゃないはずだろう? いまは……出来る限りであいつを救ってやって欲しい」

 正直ここまで言葉を紡げたのが奇跡だった。もう頭の中は真っ白で、何を考えたらいいかわからなかった。

「……すみません、俺が泣き言言ってちゃダメだ。ウィルの様子、見にいってやってください。今は意識あるので、少しだけでもあなたの顔を見せてやってください」

 クレイグが顔をそらしたままレイフにいった。本人はそれを失礼だとわかっているだろう。だが、泣き顔を見られたくなかったのだろう。自分も同じだから察しがつく。レイフはああ、と絞り出すように頷いてクレイグの前から立ち去った。



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