巡る地球儀 14
予想以上に会議が長引いた。時刻はそろそろ14時をさす。昼休みにクレイグに呼ばれていたのには行けなかった。投薬出来なかったのはかなりの痛手だ。安定剤を昨日のトレーニング中に打ったのでその調整のために今朝は鎮圧剤を打たなかったのだ。
ウィルは長広舌を振るう議長をちらりと見た。この様子だとまだまだ話し足りないといったところだろう。
隣でアリシアは懸命にその話に耳を傾けている。結局のところ議長の言いたいことは、世界平和でもBSOCの使命に関することでも何でもない。自分の成功体験を讃えて欲しい、ただそれだけだ。ウィルは聴講に飽きていた。プレゼンテーションを行っているから部屋は薄暗い。きっと何人かは夢の入り口に立っていることだろう。
「……であるから、是非ともここにいる諸君も、クリーチャーへの対策と、テロの……」
議長の声が遠ざかる感覚と同時に、鼓動が大きく脈を打った。これに似た感覚をウィルは知っている。やはりまだ、鎮圧剤を打たずして身体は持たないようだ。
ウィルはデスクに開いたノートにペンを走らせた。そしてアリシアの肩をとんとんとつつく。
「?」
振り返ったアリシアにノートを指差して見せた。
”すみません、ちょっと腹が痛いので外に出ます。議事録は後で作成します”
ウィルの簡素で几帳面そうな文字。アリシアはそれを読むとすぐにウィルの顔を見た。確かに顔は真っ青だし苦しいのを堪えているのがわかる。これは本当に、ただの腹痛だろうか。なにより、ウィルが手で抑えているのは心臓だ。
だがここで二人揃って出て行くのは得策ではない。アリシアは頷いてウィルを部屋から見送った。
(この位置じゃ雑音のが大きいかも)
ウィルが置いていったボイスレコーダーをより議長の近くに置いて、アリシアもすぐその後を追った。
「ウィル!」
誰もいない廊下の端でウィルがうずくまっているのが見えて、アリシアは思わず声を上げた。振り返ったウィルがしまった、という顔をしていてアリシアの心は少し罪悪感に埋まる。だがそんなことは今はどうでもよかった。駆け寄ってウィルの肩を支える。
「ウィル、どうしたの!? どこか痛いの!?」
「大丈夫、です……」
身体がひどく熱い。呼吸も乱れていてとても大丈夫には見えなかった。
「大丈夫なわけないじゃない! はやく医療チームのところへ……!」
そういったところでウィルが端末を片手にクレイグの名前を呼び出そうとしているのが見えた。
「電話したいの!? 私が代わりに電話するわ」
「すみ、ません……」
ウィルから端末を受け取ると、画面に何度もクレイグ・スプリングフィールドからの着信履歴が残っていた。
「スプリングフィールドさんでいいのね?」
「……はい」
ウィルが小さく震えながら頷いた。アリシアはそのままクレイグに電話をかける。コールが鳴ると同時にクレイグが出た。
「ウィル!? 今どこにいる!?」
「あ、私バックアップチームのアリシアです、いま彼の容体がおかしくて……!」
「アリシアさん……いまどこですか?」
「大会議室Gの南側の廊下よ」
「わかりました、すぐ行きます。すみませんが、何があってもウィルとそこにいてください、ウィルを動かさないことと、あなたが離れないこと、約束してください」
そう話しながらクレイグは準備をしているのだろう。声がマイクから遠ざかったり近づいたりする。ウィルはそのまま壁に沿ってしゃがみ込み、壁に持たれて座ってしまった。立っているのもきついのだろう。
「今から1分以内にいきます」
その声とともに通信が途絶えた。クレイグのウィルを思う気持ちが伝わってくる。
アリシアはウィルに向き直った。ウィルは目を閉じ大きく肩で呼吸をしている。とても喋れる様子ではない。ウィルが痛々しくみえて、せめてもと思いアリシアは額の汗をハンカチで拭った。ウィルがそれに気付いて薄く目を開ける。
「だめ、ですよ……ハンカチ汚れちゃいます……」
かすれたその声にアリシアの母性がくすぐられる。こんな事態で高鳴る胸を不謹慎だとアリシアは抑え込んだ。
「そんなことないわ。何も言わないでこのまま楽な体制にしてて。スーツのボタン、外すわよ? 苦しいでしょ」
ウィルは何も言わず浅く頷いた。アリシアは恐る恐るそのスーツのボタンに手を掛ける。そしてカッターシャツの一番上のボタンまでいつも律儀に締めているから、そのボタンも第二ボタンまで外してやった。これでだいぶ呼吸も楽になったはずだ。
「アリシアさん! ウィルはどうですか!?」
空気を割くようなクレイグの声が後方から聞こえてきた。アリシアは慌てて立ち上がる。
「ボタンは外してとりあえず楽になるようにしたつもりなんだけど……」
そう話すアリシアに頷きながら、クレイグは駆け寄りウィルの前に膝をついた。
「立てるか? 喋らなくていい。すみませんアリシアさん、こいつを病棟に運びます。俺の背中に乗せるの手伝ってくださいませんか?」
「え、ええ」
クレイグはウィルより身長も高く程よい筋肉もついている。ウィルなど軽く背負えるだろう。ウィルの前にしゃがみ込むクレイグの背中に、ウィルをなんとか背負わせる。人に世話をかけるのを嫌がるウィルでさえも、殆ど抵抗しないほどぐったりとしていた。全幅の信頼をクレイグに寄せているかもしれないが、いまは体調もあって拒否出来ないのだろう。
「あなたも来てください。あなたはウィルの上司として、知っておく必要があります」
クレイグはウィルを背負って立ち上がるとアリシアにそう告げた。アリシアは頷いて、ウィルを背負ったまま駆け足で医療チームの病棟に戻るクレイグの背中を追った。




