巡る地球儀 8
ウィルは廊下に出て、自分の顔を手で覆った。
実はエドモンドからクレイグの話を今日聞く前から、トレーニングを再開したいということを伝えようとはしていたのだ。
しかし、エドモンドの告白を聞いて、大きく心が揺れた。
(あいつ、飄々とした様子でいたが……)
敬愛する教授を亡くして、同じように親友である自分も死にかけた。クレイグは、普段どれだけの重責を感じていただろう。もう二度と、教授のときと同じ思いをしたくないと、思っただろうか。
(俺は……生きて帰ってきてよかったのか?)
そんな思いがかすかによぎる。しかしすぐにかぶりを振った。
(あそこで死んでいたら、クレイグはさらに自分を責めていたはず……いや、そう思いたいのは俺のエゴか?)
あのケンカの件も、あれからまだ一言も話していない。
「おい、ウィル」
名を呼ばれて顔をあげると、まさに考えていた幼なじみの呆れた顔があった。
「お前さ、あんなところに俺を残していくなんてどうかしてるよ」
「いや、ごめん。ちょっと考えたいことがあって」
「そうか。ベックフォード隊長とのこととか?」
「……どうだろな」
なぜか本人に言う気にはなれなかった。
エドモンドも、クレイグが自分に話すつもりがないことを悟ってこっそり打ち明けてくれたのだ。ここで何か言って二人の関係を壊すのも良くない。
「どうした。恋人の顔を思い浮かべているにしては暗いな」
「そうか? 別に大したことじゃないけど」
「ふーん……エドモンドが今日、泣きそうな顔で俺に『言っちゃいました』って言った件はなんだっけな」
「えっ……エドモンドに聞いたのか?」
「ああ。あいつはそういう嘘、つけないからな。正直なやつだ」
「そうか……」
ただそう聞いても、まだ緊張の糸は張り詰めたままだ。
「……それで、なんで俺には言わなかったんだ? 大学時代のこと」
「聞かれてないから」
「嘘だ。俺、大学時代にどうやって過ごしてたか聞いただろ?」
「そうだっけ?」
いつもと変わらず、飄々とした様子のクレイグ。すでに本人の中では折り合いをつけたことなのだろうと思う。しかし、さっき事実を知ったウィルにはまだ、消化しきれていなかった。
「まぁ、とにかく気にするな。お前がどうこうできる話じゃない。もう終わったことだしな」
「……ごめん、俺の中ではまだなんていうか……衝撃がでかくて……」
「そうだろうな。そんなお前が無理しようってんだから、俺だって止めてえよ」
「……ごめん」
「だが、もう決めたことだろ? 俺はあのとき誓ったんだ。もう二度と、同じ思いはしないって。だからお前がどんな変異をしようが、俺が人間に戻してやる。必ず」
「……」
「なんのために何年も研究室にこもったっていうんだよ。そろそろいくつかの試薬はできてるんだ。まだ試薬止まりだが……希望はある」
「それって……」
「ああ、世界を救えるかもしれないってことだ」
「……そうか……」
「だから、俺にとってあの経験は必要だったんだよ。教授は、俺に最後言ったんだ。『世界を救えるようになってくれ』ってな」
「……それ、初耳」
「エドモンドにも言ってないからな」
「……そうか。だったら、俺で試してよ。俺がその被検体になる」
「お前はダメだ」
「なんで?」
「……わかるだろ? 親友を自分の研究の被検体にするなんて、どうかしてる」
「でも、俺以外の人間でやるのにはいいのか?」
「ウィル、俺を困らせないでくれ」
「俺だって、世界を救うのに貢献したいんだよ」
「お前な……なんのために半年くれって俺が言ったと思う?」
「そのためか?」
「これから人体実験にはいる。お前は少しのあいだ、HQの仕事を全うしろ」
「嫌だね。俺でやってくれよ。そしたら半年早くトレーニングにも移れる」
ウィルも少しは自分がわがままだとわかっていた。それでも自分が被検体になることが今の一番の解決に思えた。
「……はぁ。お前は本当に……」
「いいのか?」
「……わかった。だが、そのぶんお前には研究に付き合ってもらう時間が増える。そのあたりは、ちゃんと上司や周囲に言っておけよ」
「ありがとう、必ず伝えるよ」
「あーあ……なんで俺はこんなにお前に甘いんだ?」
「それでも助かるよ、とにかくアリシアさんに話してくる」
ウィルは立ち上がり、その場を去った。その背中を見送りながら、クレイグは大きくため息をついた。
「……そりゃ、親友兼初恋の相手なら、甘くなるのも当然か」




