巡る地球儀 7
「お疲れさま!」
「いいプレゼンだったよ」
「さすがベックフォード隊長の一番弟子だっただけあるな」
数多の喝采の中をウィルは笑顔ですり抜ける。その日の夜行われたパーティは、親睦会とウィルのプレゼン成功祝いを兼ねた形になった。少し遅れて行ったウィルは、予期せぬ待遇に驚きながらも、クレイグを目指して歩きながら会釈を繰り返す。
「お疲れさん」
「ありがとう」
ようやくクレイグのところに辿り着いて、拍手も収まった。クレイグの小さな声かけに感謝して、ウィルは席についた。
「HQもなかなかお似合いだと思うぞ」
「いいんだよ。一日中パソコンと睨めっこは性に合わない」
そういってクレイグのついでくれたシャンパンを手に持った。
「じゃ、今日もっとも輝いたプレゼンターに乾杯」
「やめろよ恥ずかしい」
ウィルはクレイグを直視することができなかった。エドモンドはあの後、夜のことを考えるといま言うべきではなかったと猛省していたようだがそれはむしろ関係なかった。
いままで知らずに飄々と生きていた自分と、B.O.W.になりかけたところを治療させたことが悔しかった。
ウィルがうつむいているのにクレイグも疑問を持ったのか首を傾げた。
「どうした? あまり嬉しくないのか?」
「……いや、別に」
「ふうん。……それで、話したいことって?」
テーブルに出されたスモークサーモンのカルパッチョに口をつけながら、クレイグが聞く。ウィルは意を決したように一呼吸おいてから話し始めた。
「ああ。……来月から本格的に筋力トレーニングを再開したい。復帰のめどと、最短で復帰出来るトレーニングメニューを教えて欲しくてさ」
「無理だ。まだ死にかけてから一ヶ月だぞ?」
「早くあの人のそばで動きたいんだ」
「……こりゃベックフォード隊長に説教してもらわなきゃな」
クレイグは大きくため息をついた。そんなことはウィルだって百も承知だ。それにあの話を聞いた後だから、万が一を考えると怖いのもある。
それでも、自分の気持ちに正直に向き合うと、出てくるのはこの回答だった。
「それは頼む、やめてくれ。あの人には、一年後って話をしてるんだ。一年後からトレーニングするって」
ウィルは渋い表情のままグラスに口をつけた。クレイグは首を振った。
「……それが常人の考えだ。で、隊長に内緒なら俺しか頼る奴がいないって? そりゃお門違いだな。俺はお前を殺したくない」
「クレイグ、お前しかいないんだ。頼むよ」
「嫌だね。俺に親友を殺させないでくれ」
そこまで言うと、ウィルは黙り込んでしまった。昼間エドモンドから聞いた話が蘇ってくる。それを考えるとクレイグの言葉は切実だった。
「……わかった。……じゃあ一人でやるよ」
「死に急ぐなウィル」
クレイグから鋭い声が出る。クレイグ自身、勿論ウィルがどれだけ部隊で動くのを生き甲斐にしていたかも知っているし、その実力を埋れさせるのはBSOCの人間としても苦しいものがある。だが、ウィルを軍人でもなく、BSOCとしてでもなく、ただの人間として見たときの理性がダメだという。この男を死なせてはならないと。
「どんな治療でも受ける。きついリハビリも、トレーニングもやるから、……頼む、俺を元に戻してくれ」
切実な声音に、クレイグの心が揺れる。頭の中で、この男のためにどんな薬を用意して、それの実験にどのくらいかかって、トレーニングにどれだけの時間が必要なのか、計算している自分がいる。
「ダメだ。そんなことするなら病室に閉じ込めるぞ」
「こんなんじゃ俺は生きてるのを感じられない」
「そういうこと言うなよ……」
クレイグは困り果てた様子で呟いた。死なせないためだとしても、そんな風に言われたくてやっているんじゃない。勿論ウィルだってクレイグを苦しめることはわかっているだろうが、それでもここは譲れないのだろう。
「……わかった、半年だ。最短で試験に受かるレベルまで達するのに、あと半年。ちょうど春の試験がある頃だ。明日からトレーニングは開始する」
クレイグは苦い表情でウィルに告げた。下手に隠れてトレーニングされるより、監視下に置いたほうがいいと思ったのだろう。
それでもウィルは一向に構わなかった。
「ありがとう。本当に……」
「つらくてもベソかくなよ?」
「上等だ」
クレイグにはまた、散々迷惑をかけると思う。それでも付き合ってくれようとするクレイグの姿勢が嬉しかった。
話の終着点が見えてほっとした頃、ウィルの肩を後ろからトントンと叩く影。
「ウィルさん! よかったら一緒にお喋りしませんか?」
その声にウィルが振り返るとそこには満面の笑みを浮かべたエミリーがいた。
ウィルはちらりとクレイグを見る。内心ではもう少し、クレイグと二人で喋っていたかったのだけれど。クレイグは眉だけで仕方ないな、と告げた。
「いいね。普段あまり仕事以外で話も出来ないし」
そういうとエミリーはブレンラを手招きし、ウィルの向かい側に座った。
「こちらはわたしの親友のブレンラ!そちらはクレイグ・サイラスさんですよね!医療チームの頭脳って言われてるの知ってますよぉ〜」
「それは言い過ぎだ」
「俺はアメリアさんの意見に賛成だな」
ウィルが同調してやるとクレイグが眼差しで牽制してきた。ウィルはからかいの意味も込めて笑みで返す。
「ウィルさんもサポートチームでとっても優秀だって聞きましたよぉ?」
「そんなことないよ」
ウィルは水をぐっと煽った。今日はもう、クレイグと落ち着いて話す機会はなさそうだ。
「ウィルさんと仲良いんですね! あ! クレイグさんって、お酒好きなんですかぁ?」
「そこまででもないな。付き合いで飲むくらい」
エイミーがクレイグに話を振っている間に、気づかれないよう時計を見る。まだ時刻は21時前。レイフの会議がちょうど終わった頃だ。そのあと部隊で飲みに行くかもしれないといっていたから、出来ればそちらに加わりたいが、そのためにはどうここを切り抜ければいいだろうか。
「じゃあウィルさんは、誰とお酒なんか飲みに行くんですか?」
「部隊のメンバーだよ。酒が好きな人がいたからね」
恋人と、という答えができない理由は知っているが、それでは女性たちが目の前の涼しげな顔したフリーの男に夢中になる一方だ。仕事も出来て部隊での成績もいい。しかもいままではデータ上で名前しか見ていなかったのが目の前にこうして現れたのだ。そりゃスクリーンの中の人をみた気分にもなって浮かれるだろう。
「アメリアさんは彼氏いないの?」
「ここ最近、恋する気にならなかったんです。だから前の彼も振っちゃって。いまは余裕が出来てきたので、恋とか出来たらいいなって」
ちらりと話を聞くウィルを横目でみながら、エミリーは言った。上目遣いをするほどのあざとさにクレイグは内心ひやりとしたが、ウィルは全く意に介していないようで飄々としている。医療チームは男所帯だが、HQはそうでもないのだろう。
「若いんだから、たくさん恋した方がいい」
「ウィルさんも大して変わらないですよぉ」
「……そうだね。まぁ何にしろ、君ならすぐに恋人も出来るだろうし、楽しめるといいね」
さらっと流すところにウィルの無関心がうかがえる。クレイグはわかりやすすぎるウィルの態度にも少しヒヤヒヤし始めた。
「ブラッドバーンさんは、どんな女性が好みなんですか?」
しばらく傍観していたブレンラが尋ねる。これが女性の包囲網というやつだ。ブレンラはエイミーの援護に徹する構えだろう。
クレイグは目の前の男の好みがレイフだと思うと愉快な気持ちになった。この問いは、どう交わすのだろう。
「うーん、そうだな、自立した女性がいい。一人で立てない女性だと一緒に倒れてしまいそうだから」
「意外ですね。甘えたな女性は好きじゃないんですか?」
大人びたクールな印象のブレンラは、エイミーのことを、何かしらの指標で評価し気に入っているらしい。援護射撃が続く。
「俺、そんなに器用じゃないんだ。甘えられても支えてあげられるかわからないし。でも、たまに弱みを見せられるのはやっぱり嬉しいかも」
「じゃあ逆に、年上の女性が好きなんですか?」
「年齢は関係ないと思ってる。やっぱり基本的なところは人としてどれだけ尊敬出来るかが重要になってくると思うから」
交わしているのか素なのか、クレイグは判断に迷った。これはレイフのことを言っているのだろうか。それとも、ただ単にエイミーをやんわり牽制しているのか。
「そっかぁ。じゃあわたしも、ウィルさんに尊敬されるようにならなくっちゃな。難しいけど、頑張りますよ!」
「君のことは尊敬してるよ。何にでも一生懸命だからね。もっとそういうところ、出していけばいいのに。努力するのは素敵なことだよ。君はそれを隠したがるけどね」
わざとやっているとしたらなんて酷い男だ。さっきあれだけ自分をエイミーの射程圏外に出すよう誘導しておいて、いまはこうだ。だがきっと、これは素だ。長年ウィルを見てきたクレイグだからこそわかる。
褒めるときは真っ正面から褒める。悪いことはオブラートに包む。それが適正に、かつ毎回律儀に行えるのがこの男の凄いところだ。女性を怒らせる男は、大体それが出来ない。それが出来るだけで女性の”こいつ気遣い出来ない”レッテルを貼られずに済むのに。
「何か飲む? ちょっと俺、席立つから何か欲しい飲み物あれば頼んでくるよ」
「えっ、あ、じゃあウィルさんセレクトで!」
「わかった。少し待っててね」
エイミーが嬉しさにぼんやりしているところでこの切り返しだ。またさっきので好感度上げたな、とクレイグは小さく笑った。
きっと、彼女の様子からのこのあざとさは天然ではない。彼女はウィルが言うようにきっと頑張り屋だし、自分の矜恃を保つために全力で成果を出してきたのだろう。ウィルの評価は正当だと思う。そして、ブレンラが彼女の援護に回るのも。遠回りをしているが、本当の理解者がいるのは彼女の頑張りがあってこそだ。
さて、ウィルが席を立った。3人で何を話そうか。




