巡る地球儀 5
「キャプテン?」
「……ウィル!?」
HQの廊下で見慣れた背中を見つけたウィルは思わず声をかけた。一緒に歩いていたアリシアには一言先に向かってて下さいと告げてからレイフに駆け寄る。
「何してるんです、こんなところで」
「何って、これからお前のプレゼンを聞きに行くんだよ」
そういって少し満足げにレイフが笑う。
「えっ、いや、聞いてないです、これからってまさか隊員募集のプレゼンですか?」
「ああ」
珍しく焦っているウィルに、レイフがくすくすと笑った。来年度の隊員募集の一手をHQ内で公募したところ、ウィルの案が通り、それを今日各方面の有識者やチーフ以上にプレゼンを行うのだった。
「……プレッシャーですよ」
「頑張れ」
「そりゃあなたに協力頂いたんです。何が何でも通しますよ」
「頼もしいな」
HQ内で会うレイフは、少し背伸びした印象を受ける。オリジナルイレブンとだけあって、署内でもみな頭を下げて行く。それだけにやはりレイフも自身にプレッシャーをかけているのだろう。そんなレイフが少し可愛く思える。
「14時ですからね。そろそろ行かなくちゃ」
「12B1だよな?プレゼンルーム」
「ええ。間違えないで下さいね。待ってますから」
「ああ、楽しみにしてるよ」
それを聞いてウィルはくるりとレイフに背を向けて歩き出した。数歩進んでからはっと思い出す。今日は遅くなると言っておかなくてはならない。
「あ、それとキャプテン!」
「…ん?」
振り返るとまだそこでこちらを見ていたレイフと目があった。まさかこちらを向いているとは思わずウィルは少し不意打ちを食らってしまった気分になる。自分が去るまでここで背中を見ているつもりだったのだろうか?まさか。でも、こちらを見つめるレイフの眼差しは、確かにそんなようでウィルは面食らう。周りにばれてはまずいと近づいて小声で囁いた。
「なんだ?」
「あ、いや、今日、あなた帰りが遅いって言うから、うちのチームの飲み会に参加してきます。世話になったクレイグと、今後のトレーニングについて話したいんです」
「ああ、わかった。くれぐれも飲み過ぎるなよ」
「わかってます。じゃ、また後で」
「ん」
なんとか持ち直してもう一度レイフに背を向けた。まだこちらを見ていてくれるのだろうか?振り返りたくても恥ずかしくて振り返れない。レイフの愛情は時折行動にはみ出してしまう。本人は気付いていないだろうが。それに気付いた瞬間は、たまらなく愛おしくなる。口角が上がるに堪えきれずうつむいていたが頬を引き締めてぐっと顔を上げると、少し先にこちらを見ているアリシアがいた。
「アリシアさん!すいません、待たせてしまいましたか」
「いいえ。私があなたを待っていたかっただけよ。レッドフィールド隊長と本当に仲がいいのね」
そうアリシアが言うとウィルははにかんで笑った。
「いえ、彼は俺の憧れの人でありアルファチームの隊長なので、こうして接してもらえるだけでも嬉しいんですよ」
ウィルはHQの誰かにレイフとの関係を聞かれたときはこう答えることにしている。部隊の仲間たちはみな二人の再開の瞬間をみているから知ってるし祝福してくれたが、HQにはわざわざ言う必要もないだろう。よからぬことを思う輩がいては、レイフの尊厳にも関わる。
「あなたはベックフォード隊長に陸軍から引き抜かれたんだったわね。当時結構噂になったわ。だからベックフォード隊長も、あなたのこと可愛がってるのかも」
「そんなことないです。隊長はチームのみんなに平等に接していますよ」
たしかにオフのときや訓練以外では付き合う前から贔屓にされている感覚はあった。だが、訓練中はそんな素振りを一切見せない。レイフはレイフなりに、訓練で贔屓したり、評価に私情を挟んだりするのはよくないと思っているのだろう。ウィルもそれはその通りだと思うし、それでも正当な評価を受けている自信があるから何も不満はない。
むしろきちんと公私の分別があることが、ウィルにこの関係についての安心感を持たせている。そうしている間にプレゼンテーションルームに到着し、アリシアがカードキーで鍵を解除した。ピピッという電子音がしてから扉を開けると機械と塗装のにおいがかすかに鼻につく。
「ここ、キャパ何人くらいですか?」
「ざっと100人は入るかしら」
ひんやりとした空気は地下階にいることを知らしめる。階段状になった座席は傾斜がきつく、こちらからは全員の顔が眺められるようになっていた。黒大理石で作られたテーブルと背もたれにもこの部屋の冷たさの原因はあるのだろう。
「何、緊張してるの?」
「そりゃしますよ。少しはね」
「鋼の心臓かと思ったわ。さあ、準備を進めてしまいましょう。あなたのプレゼンテーションの」
「ありがとうございます。お願いします」
ウィルは何が何でもこのプレゼンを通すつもりなのだろう。その本気の熱量が伝わってきて、元々は一人でやるといっていた部屋の準備を一緒に行うことにしたのだ。勿論、それは一緒にいたいがための口実に過ぎないが。
「この座席順に、名札をお願いします。俺、上から貼って行くので、すいませんが下からお願い出来ますか?」
「わかったわ」
いつもは少しラフなスーツだが、今日は黒のスーツで気合が見える。張り切っている横顔を見ると自然と応援したくなるし、そんなウィルに母性本能がくすぐられる。
アリシアは作業の合間にウィルの横顔を見つめては微笑む、を繰り返していた。




