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巡る地球儀 4

「教授に接するときのクレイグさんは、とっても献身的で、おとなしい青年でした。でも、その年の暮れ、……あのワールドブリッジ社のテロがあったんです」

 それはウィルが陸軍にいたときのことだった。ワールドブリッジ社は生命医学の分野では世界的に有名だっただけに、その波紋は大きかった。

「うちの教授は、そこの研究に携わっていました。もちろん生物学者ではなかったのでそれほどではありませんが、人の良かった教授は、自分がそのテロに加担してしまったと酷く落ち込んでいたんです」

 クレイグも酷く落ち込んだだろう。そして教授を支えたに違いない。あの余波はまだ、世界の各国に残っている。そしてBSOCとしても多くの犠牲を払った忘れられない事件なのだ。

「これはクレイグさんから聞いたことから僕が予想したことなんですが……ある冬の日、教授は自らを化け物に変えたんです。そしてクレイグさんは、”それ”をBSOCに引き渡した」

 ウィルは言葉を失った。自分が思っていたより酷く、その衝撃は大きい。

「それは、……どこまでクレイグに聞いたことで、どこからがお前の予想なんだ……?」

「クレイグさんから聞いたのは、”教授をBSOCに引き渡した”ということです。元々感染していたということは、いま思い返してみても初期症状なんかも見られなかったからあり得ない。そして、……あまりにもBSOCへの引き渡しが早かったんです。それは一日のうちに終わってしまった。ある日いつものように研究室へ行ったら、クレイグさんは荷物をまとめていました。教授の所有していた資料たちはみんな、彼の家にあります」


───あれは朝、冬の寒い日でした。

 僕はいつものように研究室のドアを押しました。あの事件からずっと落ち込んでいる二人に、近所で買ってきたおいしいパンを持って。少し早起きをしたらいつも売り切れているのが、たまたま最後の3つ残っていたのです。

「おはようございます」

「おはよう」

「何してるんです? 教授は今日お休みですか?」

 あのときの僕は、とても迂闊だったといまでも酷く後悔しています。

 クレイグさんは少しだけこちらに視線を寄越すと、一瞬目をそらしてからああ、とだけ言いました。

 残念ながら、僕の迂闊は先のそれだけじゃなかったのです。

「風邪でも引かれたんです? 昨日まで元気だったのに」

「……」

 何も言わないクレイグさんは、ただただ棚にある本を床に敷いた敷物の上に下ろしていました。入学パーティのときは寡黙で厳しい方だと思っていましたが、教授と同じ空間で普段のクレイグさんを見ていると真面目でユーモアのある紳士だとわかってきていたので、僕のことを無視するような素振りのクレイグさんに、僕はそこでやっとおかしいな、ということに気づいたんです。

「クレイグさん? どうされたんです? 片付けなら手伝いますよ」

 僕が声をかけた瞬間、クレイグさんは床に崩れ落ちました。僕は慌ててその背中に駆け寄ります。

「クレイグさん!? どうしました? 体調悪いですか!?」

 僕の声に、クレイグさんはうつむいたまま何も言いません。

「クレイグさん! 医務室に行きましょう!」

 そういって立たせようとしたとき、腕をぐっと掴まれました。そして、クレイグさんが小さな声で何か言っていることに気がついたのです。

「……え? なんです? 気持ち悪い……?」

「……教授は、帰ってこない……」

 クレイグさんの俯いた床には、大粒の涙が落ちていました。

「帰ってこない……? 教授が? どういうことですか?」

「……教授は、化け物になった。俺が、BSOCに引き渡したんだ」

 当時のそんな状況下でしたから、BSOCという名前を聞くだけでクレイグさんの”化け物”という言葉が何を指すのかわかりました。

 そして僕の頭は真っ白になってしまいました。当時の僕に、そんな大きく残酷な事実を受け止める器量などありません。そして、もちろん慟哭するクレイグさんを宥めることなど尚更でした。

 そこから先のことは、クレイグさんしか知りません。───


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