巡る地球儀 3
「ウィルさん、お久しぶりです」
「エドモンド!」
病室のドアからひょっこりと顔を出した懐かしい顔に、思わずウィルの声が大きくなる。
「すみません、いきなり。外のプレートが使用中になってたから、来てるのかなって」
「いいよ、むしろ最近会ってなかったから嬉しい」
投薬は医療チームから借りている病室で行う。投薬をして一時間ほどは安静を強いられるためだ。
エドモンドとも、半月くらいは会っていなかった。クレイグはもう、ウィルがHQに来るとほぼ同時に会えなくなったから、一ヶ月近くになる。
エドモンドはニコニコとしながらウィルが注射器を扱うのを見ている。
「すっかり注射にも慣れましたね」
「そりゃね。クレイグはどうしてる?」
「それが僕もここ最近会ってないんです。ずっと研究室にこもりっぱなしで……」
少し困ったようにエドモンドが笑う。エドモンドはクレイグの大学の後輩で、クレイグの引き抜きでここへ来たのだと聞いた。ウィルやクレイグとも年齢は1つしか違わない。
エドモンドは控えめでたれ目が特徴の優しい青年だ。
「そっか……。でも今日の夜は来るんだろ?」
「ええ。ウィルさんにやっと会えるって、楽しそうにメールしてきましたよ」
「あいつ……恥ずかしいやつだな」
ウィルは笑う。昨日クレイグにメールしたときにもそんなことを言われたが、それは2人の間だけにとどめておいて欲しい。他の人にも言ってしまうなんてこちらが恥ずかしくなる。だがメールにもあったように、相当人に会っていないのだろう。だから思わず人恋しくなったに違いない。
「だから今夜は、久しぶりにクレイグさんを人間まみれにしてやるんです!」
「人間まみれって……」
エドモンドは本当にクレイグによくなついている。クレイグもエドモンドを可愛がっている。先輩後輩の関係から考えたら理想的だろう。
「ねえウィルさん……少し、僕の話をしてもいいですか?」
「ん? いいよ」
「あ、どうぞベッドに入って下さい」
投薬を終えたウィルにエドモンドが促す。ウィルは促されるままベッドに横たわった。
「まあ僕の話って言っても、クレイグさんのことが中心になっちゃうんですけど……。ウィルさんは、高校の頃からクレイグさんとお友達だったんですよね?」
「ああ」
「いいなぁ。クレイグさんは僕が一番尊敬している人なんです。大学も結局クレイグさんは 2年で飛び級しちゃって、あまり一緒に勉強した実感はないんですよね。それに、まだここに来て日も浅いので、全然クレイグさんのこと知らないんですけど……」
エドモンドは本当にクレイグに懐いているらしい。その眼差しから伝わってくる。ウィルは微笑ましい気持ちになった。
「あいつ、大学ではどう過ごしてたの?」
「教授と仲が良かったので、いつも教授の部屋で勉強していましたよ。ずっと机に向かって 勉強されてました。でも、時々趣味のバスケットもして。文武両道なので羨ましかったです」
ウィルの知らないクレイグの話だった。そんな研究者気質なところが、いまも彼を研究室へ閉じ込めているのだろう。
「僕も教授になんとかお願いして、一緒に研究室で勉強させていただきました。わからないところはすぐに教授やクレイグさんに聞けるので、とっても充実してたんです」
「じゃあ、クレイグとはそこで初めて会ったのか」
「あ、いえ……。クレイグさんが、新入生のためのパーティで学生代表として挨拶をしてたんで、そこで会いました。挨拶が終わった後は嫌そうに、壁の花を決め込んでいましたけどね」
目を細めながら、エドモンドが話し始めた。
───「この大学生活、遊べると思うな。あんたらは将来、患者の命を背負うんだ。それがどういうことなのかをしっかり刻め。実習も実験もある、人間としてもっと成長しなくちゃならない。勿論感性を豊かにするためにも色んなことに取り組むべきだが……きっと、そんなこと器用に出来ないんだ。ならここからの四年間、勉学に徹する方が懸命だろう。俺からの挨拶は以上だ」
壇上に上がってからは非常に早かった。エドモンドはその圧倒的な存在感に、口を開けたままそのスピーチを聞いた。さっと軽い身のこなしで壇上を降り、人ごみに紛れる。クレイグのスピーチをもって、形式ばったパーティから、交流会へと変わった。エドモンドはクレイグの姿を探した。
壁に凭れ、本を読んでいるクレイグは、長い足を持て余しているように見えた。
「あの、……クレイグ・サイラスさんですか?」
「……はい」
少し訝しげにこちらをみて、敬語で答えた。身なりから一年生だとわかっただろうが、距離を置くためだろう。
クレイグは冷たい目でこちらをみている。
「僕、エドモンド・アルノルトと言います」
「……ドイツ人か?」
「あ、父親がドイツで、母親がアメリカです。僕自身は少しドイツ語が話せるくらいで……」
「Wer ist der Vater der Megizin jemand angerufen?」
「……Hippokrates ist」
突然、クレイグはドイツ語でエドモンドに尋ねて来た。エドモンドは慌てて答える。クレイグは満足したのか、少しだけ口角を上げた。
「アルノルトといってドイツ人だとわかったのはあなたくらいです」
「ドイツに何人か友人がいるんでね」
「そうなんですか! あ、あの……僕がこんなことを言うのもなんですが、嫌そうなのにこのパーティに参加してるのはなぜですか?」
「あの人のためだよ」
クレイグは顎をしゃくり、少し遠くにいる英国紳士とも言いそうな男性を指した。
「あの方は……?」
「俺の命の恩人だ。そして、恩師でもある」
クレイグは目を細めた。何か特別な縁でもあったのだろう。そこからエドモンドは教授の名前を調べ、教授の研究室で勉強する権利を得たのだ。
研究室に入り浸っていると、2人の関係性がわかってきた。どうやら過去にクレイグが命に関わる怪我か病気をしたところを、教授が現役の医師だったときに助けたらしい。そしてそれを機に医学の道を目指したクレイグは、この大学で運命の再会を果たした、というわけだ。
「教授。下に荷物が届いてるそうなので、取りに行ってきます」
「ああ、クレイグ、悪いな」
「いいえ」
教授は初老だったが片目の視力を失ったらしく、それでやむなく現役を退いていた。そのせいか、クレイグはいつも二階にある研究室に教授が来るときは迎えに行っていたし、荷物を取りに行ったり、どうしても教授自身でないといけないような用事でない限り、すべてクレイグが代わりに対応したりしていた。───




