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巡る地球儀 2


「ああ、お疲れさまです。……わかりました、すぐ行きます。……いや、僕が行くよ。うん、デスクで待ってて」

 電話から漏れ聞こえてくる声は女性のものだ。タメ口が出てしまうところからみてサポート事務のアメリア・エイミーだろう。彼より二つ年下で入社して日の浅い彼女は、アリシアとは正反対のタイプだった。柔らかく可憐な雰囲気を纏っていて、オフホワイトの似合う女性。ウィルの好みがそういう女性であれば、すぐに落ちてしまうだろう。

「ウィル」

「ハイ」

 席を立ってエイミーのデスクへ向かおうとしたウィルを引き止める。特に用はなかったが、あの女のところに行かせるのは嫌だった。

「……ついでに、付箋とって来てくれない?」

「ええ。わかりました」

 そういうと、ウィルはくるりと背を向けてエイミーのデスクへ向かって行ってしまった。ウィルの背中を見つめてその背中が角を曲がって見えなくなった瞬間、アリシアは盛大なため息をついた。ただの注文の多い女だと思われたかもしれない。年上でわがままで、どうしようもない女に思われているのだろうと考えるだけで気が滅入ったアリシアは、ウィルが持ってきたコーヒーを一気に煽った。


「アメリアさん。資料ありがとね」

 エミリーはその声にくるりと振り返り満面の笑みを作る。ウィルが来ているのは、前のデスクに座る親友のブレンラ・シンディーの表情でわかっていた。その瞬間を待って振り返ったのだ。

「わぁ、ウィルさん! ありがとうございます。わざわざすみません」

「いいえ。ごめんね、わざわざ内線まで貰っちゃって」

「大丈夫ですよぉ。これ、資料です。昨日これのせいで残業しちゃったんですよ~? ウィルさんが急ぎだなんていうからぁ」

 彼女は他人への甘え方をよく知っている。シンディーは見て見ぬ振りをしながら画面だけに集中した。

「本当に? ごめんね。また何かお返しさせて」

「なんでもいいですかぁ?」

「うーん、なんでもとは言えないな。気の利いたことは出来ないからね」

 そういうウィルに、エミリーは内心舌打ちをしたいくらいの気持ちになった。いつもうまくかわされてしまう。気付いていてそうしているのか、それともただの鈍感なのか。エミリーにはウィルの心の内が読めないでいた。他人の気持ちを表情から読み取るのを得意としている彼女でも、ウィルのことはよくわからない。

 時々気付いていてそうしているのかと思うこともあれば、やっぱり本当に鈍感なだけだった、と思うこともある。どちらかわかればそれぞれに攻略法は見えているが、どちらにも転がらないウィルのせいで、どう駒を進めようか決められないでいた。

「じゃあ、わたし、ウィルさんにケーキ食べに連れて行ってほしいな」

「生憎と俺の行く店はウイスキーがうまい店ばかりなんだ。酒好きを連れて行くことが多いからね。女の子の好きそうなお店は知らないかも、ごめんね」

 そう言いながらウィルは、エミリーに手渡された資料の中身をチェックする。冬の予行演習の行程表と内容を詰めた資料だ。

 アリシアにお願いをして、どうにか予行演習の内容変更・補強・改編を自分に任せてもらうようにした。レイフと家でも話し合い、何度も練り直しては詰めて作った自信作だ。そのプレゼンが通り、いまこうして正規の演習として採用されたのを誇りに思う。

 もっとも、それには自らが参加する予定だからHQとして作成したのではないが。アリシアはじめ、HQのほぼ全員がもはやウィルは部隊になど戻らないと思っているだろう。それでも構わない。筋力トレーニングを積んで試験を受け直す。

 そのためにもいまは余計なことは言わない方がいいと、ウィルはレイフ以外の誰にも言わないでいた。

「いいお店、知らないんですかぁ~? 彼女さんとかいそうなのにぃ」

「女性と付き合うような時間があったら、ジムで男と一緒に走るような奴だよ、俺は」

 そういってウィルは資料を元のクリアファイルに戻した。ミスはなさそうだ。エミリーはバカなフリをしているが実は頭も切れるし、昨日残業したのもきっと、何度も見直ししてミスがないか確かめたからだ。ウィルは彼女のそういう努力家なところを買っていた。そもそもそれなりの成績がなければこんなところにいないだろう。ただそれを隠しているのは、何か理由があってのことだろうと思って、わざとウィルは聞かないようにしていた。

「仕事に戻るね。これ、ありがとう。確かに受け取ったよ。レミントンさんも、仕事頑張ってね」

 そういってウィルは小さく手を振ると、そのままオープンスペースへ出て行ってしまった。ウィルたちのいるオペレーションチームとバックアップチームは、オープンスペースの廊下を介してつながっている。軽快な足取りで戻っていく後ろ姿を、エミリーはただじっと見ていた。

「ねえブレンラ」

「何?」

「今日の飲み会行くかな、ウィルさん」

「行くんじゃない、さすがに断れないでしょ」

ブレンラはパソコンの画面から目を離さずに答えた。エミリーがウィルを狙っているのは知っている。

「決めた。飲み会の前、買い物付き合って」

「何買うの?」

「秘密。ウィルさんの気を引きたいの」

 エミリーは恋に一途で、よくある恋愛中毒体質だ。それでもウィルと同じように、ブレンラは彼女がそれ故に頑張るところを知っているし、強い信念のもと行動しているからこそ、彼女のそばにいるのだ。今まで女子校で育ってきたブレンラは、そういう恋に恋している状態の女子をたくさん見ていたが、エミリーは違う。自分の過去と、未来と向き合いながら精一杯生きているのを強く感じるから、そばで応援してあげたくなる。だから多少のわがままでもきいてあげたくなるのだ。

「いいわよ。じゃあ今日は、定時で仕事終わらせてね」

「勿論!」

 張り切った表情でエミリーがパソコンに向かったのを、微笑ましく思いながらブレンラは見ていた。



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