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巡る地球儀 1

「そろそろ、人間生活に復帰できそうだな」

 検査を終え、診察室に入ってきたクレイグが開口一番にそう言った。

「本当か?」

「ああ、検査結果は良好だ。これなら朝昼夜の抗ウイルス薬の注射のみで実社会に戻れる」

「よかった……」

 ウィルが一息ついたとき、ドアをノックする音が聞こえてきた。

「少しいいかな」

「オズウェルさん!?」

 部屋に入ってきたのは、HQを取り仕切るボス、オズウェルだった。

「クレイグ君から、君の容態を聞いていたよ。今日の検査でいい結果が出そうだと。どうだったかな?」

「想定通り、ばっちりです」

「そうか、さすがだな、クレイグ君は」

 クレイグの言葉に、嬉しそうな表情に変わるオズウェル。

「ウィル、君は今後どうするつもりなのかね」

「俺は……できれば、部隊に戻りたいです。でも、こんな身体じゃ力になれませんね」

 ウィルの声に陰りができる。

「うむ……そういうだろうと思っていた。だが、クレイグ君から事前にそれはできないだと聞いている」

「でしょうね」

「HQに、来るのはどうかね」

「えっ……」

 想像もしていなかった言葉に、ウィルの動きが止まる。

「俺からオズウェルさんに聞いたんだ。HQならある程度自由が効くし、最初のうちは俺が抗ウイルス薬の投与をする。慣れてきたら自分でも投与していいが、どのみち医療チームに近い場所にいた方がいい」

「そういうクレイグ君のはからいだが、どうだね?」

「どうだねと言われましても……ちょっと今の俺にはうまく整理が……」

 困惑するウィルに、クレイグとオズウェルは顔を見合わせてうなずいた。

「そりゃそうだよな。しばらくは考えてみる時間をくれてやってくださいとはオズウェルさんにお願いしておいた」

「私も即日で答えが出るものだとは思っていないから、よく考えるといい。一週間、猶予を与えよう。それでも決まらなければ、もっと猶予を与える。君によく合うポジションは、用意しておくから。悪いことは言わない、どうかHQに来てくれ」

 それだけいうと、オズウェルは部屋を出ていってしまった。

「お前……そんなことしてたのか」

「ああ。社会復帰は必須だろ?」

「そうだけど……俺は、部隊に戻りたい」

「それは今は無理だ。というか、人生すべてのタイミングで不可能に近い」

「……そんなこと──」

「お前、よく考えてみろ。BSOCは精鋭だ。そこに右腕の効かないお前が入って、足を引っ張るつもりか?」

「……」

「万が一にも、お前の右腕が人類史上見たことのない回復をとげりゃなくはないが」

 クレイグが、わざときついことを言っているのはわかる。変に期待を持たせないためだろう。頭では分かっているが、心が落ち着かない。

「HQの中でも、部隊メンバーと近い場所を用意するとオズウェルさんは約束してくれたんだ。よく考えてくれ」

「……わかった」

 一人にしてくれるつもりなのか、クレイグは部屋を出ていった。

(HQ、か……)

 ウィルは途方に暮れていたのだった。




 ウィルがHQに転属になって一ヶ月弱。ここの仕事にもだいぶ慣れてきた。それだけでなく、むしろ多様な仕事の殆どで、自ら率先して効率を考えた取り組みをする。

 HQの中でも中核のオペレーションチームに配属されたのは、勿論アルファチームでの功績からだろう。最も、数か月後にはチームに戻るつもりのウィルは、それ以外の部署に配属された時点でそれを退けていただろうが。

「ウィル、先週のオペレーションレポート出来てる?」

朝のミーティングを終え、デスクで議事録をまとめていたウィルに上司が声をかけた。知性を感じさせる目と髪型、メガネをかけているのが余計にそれを際立たせている。

「ええ。既に支部長に提出済みです」

 ウィルはパソコン画面から目を離し、上司に体を向けて答えた。そして嫌味なく笑みを添える。

「ありがとう、いつも仕事が早くて助かるわ」

「勿体無いお言葉ですよ、アリシアさん」

 ウィルはそういって屈託無く笑った。ウィルの上司、セシリー・アリシアはそんなことないわよ、と告げてウィルのデスク前の自席へと座る。今日は全部隊訓練だからそう忙しくはないだろう。

「アリシアさん、何か飲みますか?」

 デスクワークのときだけかけるブルーライト用メガネから覗く、真っ直ぐな瞳。それにいつも吸い込まれてしまいそうになる。

 アリシアは自分の恋心が日々大きく成長していくことに気がついていた。年齢差は3つ。自分の生まれをこれほど恨んだことはない。女性にとって意中の彼より年上というのはそれだけでハンデになるとアリシアはいつも思っては落ち込むのだ。それでも、ここで人生が ウィルと交わったことだけは感謝しよう。そう思うほどに、今のところ、この目の前の気の利く優しい男に夢中だ。

「コーヒーがいいわ」

「わかりました」

 そういうとやはり笑みを忘れず、ニコリと笑ってから立ち上がった。アリシアはその後ろ姿を見送ると、訓練のデイリー結果を見るためにパソコンの画面に目を落とした。

 少しそれに見入っているうちに隣にコトリとコーヒーが置かれた。

「デイリーですね。……うん、やっぱりキャプテンは強いな」

 そう言うウィル自身もマグカップを持っており、コーヒーを少し飲んだ。アリシアも画面から目を離さずに、ウィルが置いてくれたコーヒーカップに口をつける。それはシュガーなしのミルクのみ。自分の好みもばっちり押さえたウィルに感心するのももう何度目だろう。

 画面にはアルファチーム、ブラヴォーチーム、チャーリーチームの昨日の訓練結果が表示されている。やはりアルファチームの成績は全体的に良く、中でもキャプテンのレイフは全てにおいてバランスのとれた成績であり、射撃は満点だ。

 以前はここにウィルの成績も載っていた。アリシアはそれをデータでしか見ることはなく、レイフに次いで成績が良いのを知っていたが、顔は知ることがなかった。オペレーションチームは情が移らないように、キャプテンのレイフ以外の部隊メンバーとの接触を禁じられているのだ。

 だからデータでしか見たことのないウィルに会うのは内心緊張した。正直レイフのように大きな筋肉を持った体育会系の見た目を想像していたが、いかにも聡明そうなすらりとした体型に驚いた。それもまだ一ヶ月前なのに、もうこんなにも馴染んでいる。

「さすがアルファの精鋭達ね」

「あ、アルフもかなり成績伸びてるな……このままなら、次期BMとして育成するのもありかもしれない」

画面に顔を近づけるウィルと、アリシアの距離がぐんと近付く。ウィルの襟元から香る石鹸のにおいに、アリシアの鼓動が高鳴った。

「そうね……ところでウィル、今日の夜の飲み会は参加するの?」

「そうですね、是非とも。バックアップチームとメディカルチームも合同なんでしょう?」

「ええ」

 バックアップチームとは、オペレーションチームの事務や経理などを行う部署のことだ。

「メディカルチームの友人と少し語り合いたくて。アリシアさんも行くのでしょう?」

「そうね。……あなたが行くなら、行こうかしら」

 そう言ってアリシアはウィルを見つめる。これが彼女の精一杯だ。

「僕はユーモアがないですから、あなたを笑わせることは出来ませんよ」

 そう笑いながらデスクに戻るウィルを見て、アリシアは内心ため息をつきたい気持ちになった。これは負けだ。実際、彼の様子を見ていれば自分に興味がないことなどわかる。それでも今まで勉強も運動も仕事も、すべて頑張って夢を叶えてきたのがここで無駄になるのは嫌だった。

「ハイ、ブラッドバーンです」

 ウィルが内線に出る。

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