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君を愛する者たち。/ささやかな復讐。

 レイフとウィルが心を通わせてから数日後。

「ウィル!!」

「……お前顔ぐちゃぐちゃだな」

 もう部屋に飛び込んでいく前にヒューズは泣いていた。そのままベッド際に駆け寄りウィルの身体を抱きしめる。時刻は深夜0時を過ぎた。なんでもその日の訓練が終わってから急いで車を飛ばしてきたらしい。クレイグはそのままドアが閉まっていくのを見送った。しばらくは2人にしてやろう。

「ウィル、ごめん。おれなんにも出来なくて……!」

「こっちこそ連絡遅れてごめんな」

「……うう、ウィル……」

「テレパシーが使えるわけでもあるまい。知らなかったんだから当然だろ?」

 ウィルはわざと少し呆れた風な口ぶりで言ったがその声には家族愛に似たものが聞こえる。聞き耳を立てるのは少し気が引けたがここしかいる場所もないしなんとなくクレイグはドアの前で待つことにした。

「でもっ、知ってたら何か出来たかもしれない……! もしこのまま、ウィルが……」

「もう泣くなって。生きてるだろ」

「……ごめん。でも本当によかった。生きてるんだもん」

 そして少しの間。イスを引く音がしたからヒューズがイスに座ったのだろう。ベッド脇に置いてある丸いすはすっかり来客用になってしまった。

「クレイグ? 入って来ていいよ」

 ウィルもクレイグが中に入らなかった理由をわかっていたのだろう。

 呼ばれてそっとドアを開けると、そこにはどことなく嬉しそうなウィルと、幸せそうな顔をしたヒューズがいた。

「あ、ウィル、この方が前言ってた方なんだって? 親友なんだろ、高校時代からの」

「ああ」

「イケメンだし色々恵まれてる。前までウィル取られた気になって妬いてたけど、これじゃあ負けちゃうよなぁ。羨ましくなっちゃうよ」

「おい誤解させるようなこと言うなよ」

 普通なら不躾なくらいクレイグの全身をヒューズが見回した。それでもニコニコとした他人に警戒心を与えない顔の作りのヒューズだからこそ、クレイグも不快に思わなかったのだろう。

「もう感動の再会は済んだか?」

「ああ」

「クレイグさん、ここまで連れて来てくれてありがとうございます」

「BSOCの廊下をあんなに全速力で走る人は初めて見たよ」

「みんな落ち着いてるなぁ、さすがBSOCだ」

 実際話が少し噛み合ってないことには気づいていたがそれを訂正するような気力もない。

「もう歩けるの? ウィル」

「ああ。リハビリ中だけどな」

「明日にはスキップ出来るようになるさ」

 クレイグは自分の寝床にしているベッドに腰掛けて足を組んだ。

 今晩は気温が高い。日中も外からの照り返しを遮るためにカーテンを閉めていたが、こんな夜中になっても気温は一向に下がってくれそうにない。クレイグはエアコンの温度を少し下げた。

「本当に? じゃあ明日来ればよかった~」

「もう今日で帰っちゃうのか」

「うんん、明日もいるよ。連休取っちゃったし。でも、初めて見たときにウィルがスキップしてたら、元気に見えるじゃない」

「まあ、うん」

 ヒューズは酷くご機嫌だ。そういえば一緒に本部のエントランスで食事をした以来に会うとウィルが言っていたから、彼も相当嬉しいのだろう。

「そういえばウィル、ベックフォード隊長は?」

 ヒューズが何故か声を潜めて聞いて来た。本人は気づいていないのだろうが、クレイグにも普通に聞こえている。

「ん? 明日も訓練だし寝てるんじゃないかな」

「そうじゃなくってさ、あの、……告白、した?」

 クレイグは吹き出しそうになって顔を背けた。ウィルがこちらを睨む。ウィルはヒューズのこういうところが好きなのだろう。ちょっとうっかりしていて放っておけない。そういえばどこか、あのどこぞの隊長もそんなところがあった気がする。

「したよ」

「……ほんとに? ベックフォード隊長、なんだって?」

 ヒューズはなんとも不安そうな顔をしている。ウィルはわざと暗い顔をして驚かそうという魂胆らしい。

「それがさ……」

「うん……」

ヒューズの目尻が下がって、またいまにも泣きそうな顔になった。ウィルは内心面白くて仕方ないという顔だ。

「いま付き合ってる」

「……え? ほんとに?」

「ああ。いまめちゃくちゃ幸せだ」

「やったぁ~!!」

 この距離でハイタッチを要求するヒューズにウィルも手をあげて応えてやる。クレイグはそっぽを向いているが笑いを堪えるのに忙しい。

「そっかー。じゃあもう何も怖いことないね! 君の未来には幸せが約束されたわけだ」

 ヒューズは感慨深く頷きながら言った。きっとここから先、どうなろうともレイフと過ごす日々は幸せで、明るいのだろう。認めるのは少し癪だが、あの隊長もウィルに対する愛情は並々ならぬものがある。でもあわよくば、自分もウィルの未来にいたいと思う。少しずつ、レイフの存在をきちんと恋人として認められるようになってきたはずだ。

「賢くって主治医のクレイグさんもいるし、尊敬する先輩のエリオットさんもいるし、恋人のレッドフィールド隊長もいるし……」

 ヒューズはそういいながら次第に切ない表情になっていく。自分の存在意義を確かめているのだろう。ウィルがヒューズの頭をポンと撫でた。

「なに自分で言って切なくなってんだよ。俺はお前が必要ないなんていった覚えはないけど?」

「…もうウィル、大好きだよ!本当にこんな友だちがいてくれて幸せだ!」

 感無量といった様子でまたウィルに飛びついた。まるで犬のようだ。

 そういって抱きついてきたヒューズに手を回してぽんぽんと頭を撫でてやる。ヒューズは最初こそ子どものように騒いだがしばらくするとウィルの手に慣らされたかのように落ち着いた。

 少し廊下に響いただろうか。クレイグはうんと背伸びをした。

「もうこんな時間だから、あんまり騒がないでくれよ。俺が怒られちまう」

ヒューズのテンションはうなぎのぼりだ。それをなんとか抑えようとウィルがなだめにかかる。

「ヒューズ、もう今日は遅いし寝よう。な?」

「うん、騒いだりしてすいません、クレイグさん」

「クレイグ、こいつの部屋用意できる?」

 ウィルがそういった瞬間のヒューズの表情を、クレイグは見逃さなかった。

 きっとヒューズも、ウィルに魅入られた一人なのだろう。この青年はそのアンビバレントな純粋さや強くあろうとする気高さ、そしてそのありのままを事実として受け入れようとする静観さで人を惹きつける。

「どうせここで寝たいんだろ? 俺もご一緒させてもらってよけりゃここにストレッチャー運んできてやるよ」

「ストレッチャー! なんだかエキサイティングな体験ができそうだよ!」

 またテンションが上がってしまったヒューズにクレイグは苦笑する。そして部屋を出た。

最近こんなことばかりだ。エリオットもレイフもヒューズも。ウィルの愛され方が憎い。憎いほど自分も愛している。

 ウィルのためならきっとどんな罪でも背負ってしまうとまで思って、クレイグは深夜に手紙を書くなと言われる由縁がわかった気がした。


「今日で一ヶ月かー! 早かったな」

「おうおうお疲れさん」

「どうだった? 記念すべき日の検査結果は」

 朝の検査でその日のリハビリが決まってくる。ウィルは検査結果を眺めるクレイグに身を乗り出して尋ねた。

 退院も近いとあって気合がはいっているのだろう。

「ベックフォード隊長とはどうなの? 一ヶ月経って」

「俺が退院したら、レイフんちで一緒に暮らそうって言ってる」

「マジ? なんでわざわざ?」

 クレイグは資料から目を離さずに問うた。ウィルの声音からは嬉しそうにニコニコしながら話をしているのがわかる。

「万が一のことを考えてってさ。……俺が変異したとしても、あの人の手で仕留めてくれるんだ」

「……ふーん。お前、だいたいセックス何分くらいかける?」

「……はい?」

 クレイグは何気無い様子で聞いてみたが、ウィルは言葉の意味を理解した後、やはり首を傾げた。そして赤面する。

「いや、まだそんなことレイフとはしてねえよバカ」

「だいたいだよ。女ともしたことあんだろ?」

「……それ聞いてなんの意味があんの?」

「いいから」

「……二時間、くらい?」

わざわざ丁寧に答えてくれるのに少し笑いながら重ねてクレイグは問う。

「よし。今日で退院だ。一ヶ月記念おめでとさん」

「え? マジ?」

「ああ、マジ。ただし」

 嬉しそうな表情を浮かべたウィルに、クレイグは立ち上がって牽制するように資料を手渡した。

「セックスの時間はジョギングの時間の半分に比例するそうだ。お前はまだ、一時間のジョギングは出来ない」

「……お前な」

「レッドフィールド隊長との秘め事は、まだまだ先になりそうだな」

 クレイグは存外真面目な様子で告げた。きっと一ヶ月記念でこんなにウィルが喜んでいるのだからレイフもつられて喜ぶだろう。そしてそのテンションで……ということは十分にあり得る。だがウィルはまだ運動制限がかけられている身。もちろん普段からトレーニングや一日の運動量については口すっぱく言っているからわかっているだろうが、これについては知る由もないだろう。

「あーもう!! 余計なお世話だよ! 別にそういうことがしたいから付き合ってるわけでもねえし、だいたいそんなことまだレイフとは……」

「ふーん。ならいいけど? ま、同居人になるわけだからベックフォード隊長にもこの後話しておくけどな」

「え」

「もちろん、ナマでなんかやるなよ? ゴムつけとかないとなんかあったときにシャレにならねえし。お前の中にはウイルスが宿ってんだから」

ウィルは布団を頭から被ってしまった。

「余計なお世話だよ! ……ちゃんと俺が、治ってからやるってのは決めてあるから」

文句を垂れるウィルに、「じゃ、これからベックフォード隊長に報告会があるから」と声を掛けると、顔を真っ赤にした本人がベッドの中から顔を出していた。

「……じゃあ、いつからいいんだよ」

「一時間のジョギングが出来るようになってからかな」

「くっそ、はやく出来るようにしてくれ」

「欲望丸出し」

「うっさい。クレイグのくせに」

「ひどい言いようだぜ」

 こんなにも親友のことを思っているのに。

 クレイグはウィルに手を振って病室を後にした。


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