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君のためのおやすみ。

 ウィルが目を覚ます数日前。

 飛行機の中は夏なのにひどく寒かった。隣の席には人もいない。この時間帯の飛行機は人気がないようだ。エリオットは腕を組んだ。

気圧の影響か頭も痛い。


──「あなたは、あいつがとても信頼してた先輩だと聞きました。とんぼ返りさせるみたいで申し訳ないんですが、もし都合がつくなら、顔をみてやってください。……もしかしたら、最期かもしれない」──


 医療チームで最年少リーダー補佐に昇格したクレイグ・スプリングフィールドからの電話だった。

 一、二回会議か何かで顔を合わせたことはあったが、話をするのは初めてだ。エリオットは電話を切るなりその晩の飛行機を手配し飛び乗った。そして今に至る。

 どうして自分はこんなに、後輩を殺してしまうのだろう。

(いや、死ぬわけないだろ、あのウィルが)

 根拠のないことでも、信じたかった。ロイの死に様がフラッシュバックする。エリオットは目を閉じて身体をよじり、窓に寄りかかった。

 願う一つ目の奇跡は、ウィルが目を覚ますこと。


「来てくださったんですね。こちらです」

 医療チームの受付内線で呼び出すと小走りでクレイグが来てくれた。

「ウィルの容体は?」

「まだ昏睡状態が続いています」

「目を覚ます確率は?」

「なんとも言えませんが、半分は切っています。これが明日になるとその半分、明後日になるとまたその半分になるでしょう」

 二人は早足に廊下を歩く。クレイグの言葉は冷静だが、その横顔は憔悴し切っている。

「俺は一応、一週間はここにいるつもりだ。何が何でも、目を覚まさせてやる」

「……頼みます」

 クレイグが開けたドアの中には、たくさんの管を繋がれて眠っているウィルの姿があった。

「ウィル!!」

 エリオットはベッドのそばに駆け寄った。顔の左側には包帯を巻いて、見えるもう一つの瞳も美しく閉じられている。

「……テロからずっと、こうなのか?」

「最初は左半身は変異してたし砂にも汚れてましたから、いまはだいぶ綺麗です」

「……でも、心臓は動いてるんだ。死んでないんだよな」

 エリオットは自分に言い聞かせるように言った。

「……まさかこんなに早く、こんな形で再会するとは思ってもなかったよ……」

 エリオットの声音に切なさが混じる。そっとその頬に触れるエリオットの指先が震えているのがわかった。クレイグは壁にもたれ、二人の再会を見守る。

「……部隊の奴らは知ってんのか?」

「いえ。ウィルの存在は医療チームだけの極秘事項なんです」

「……レイフ隊長にも言ってないのか?」

「ええ。オズウェルさんには伝えてありますが、それ以外はHQにも伝えてありません。勿論意識が戻ったら報告しますよ、ベックフォード隊長にはね。でも、それまではダメです」

 エリオットはウィルのベッドの脇にあるイスに腰掛けた。室内には、ウィルの鼓動の代わりに電子音が鳴るだけ。

「……この状態からでも、それだけクリーチャーに変異しちまう可能性も高いってことかよ」

「……」

 クレイグは答えない。

「そうなったら……ウィルは処分されちまうのか」

「エイブラハム体制のHQに知れては、そうなるのもやむを得ないと思います」

「……クソ! こいつはまだこんななりなのに、クリーチャーだってHQは言うのかよ!」

「これを見てください」

 クレイグはエリオットにレポート用紙を手渡した。いくつかのグラフと、ここに運ばれて来た当初の痛々しいウィルの姿が載っている。思わずエリオットは目を背けたくなった。

「クリーチャーか否かの判断は、変異の有無ではなく体内の濃度によって決まると言うのがいまの医学、生物学です。体内の濃度を計測して、それが0.02以下であれば正常。人間です。0.02〜0.2くらいまでは変異が現れる可能性があるが予備軍です。ここまでが人間だ。そして0.2〜0.4で初期症状がで始め、0.5以上になるともう意識はほとんどなくなり、変異が始まる。0.7で完全に変異し、自我との葛藤もほとんど無くなる。ここまでくるともう1との境目はないでしょうね、この種のウイルスは最も増殖の早いウイルスの一つですから」

 痛々しいウィルの写真の横に並んでいるのは、ここへ被験者が運ばれて来たときから現在に至るまでの濃度指数である。

「ここに来たときの数値が0.67。殆ど自我を失ってる。だが変異はそれほど進んでいなかったから、俺は治験薬を投与しました」

「治験薬? なんでそんなリスクを犯した」

「リスクではありません。可能性にかけたんです。現在認められている薬だけでは、こいつは100%死んでいました。だが治験薬で助けられる可能性が、10%あった」

 クレイグが歯を食いしばる。高校時代の友だちだとウィルからは聞いていた。本人にも厳しい決断だっただろう。エリオットは鼻の奥がつんとして上を向いた。

「悪かった。……お前さんがいなかったら、こいつはもうここにはいなかったんだな。感謝してるよ」

「俺は、ただ助けたかっただけです。ウィルも、そしてこの先生まれるであろう同じような犠牲者を」

 雨が降り始めた。窓を叩く音がする。

 夏の雨は珍しい。クレイグも窓に近寄ってそれを眺めた。

「……嘘です、さっきの。実際他の犠牲者なんてどうでもいいんだ。俺はこの男にもっと生きて欲しい。だから」

 クレイグはそこで話すのをやめた。こちらを向かないから理由はわかる。エリオットは眠っているウィルの髪を撫でた。

「こいつは大丈夫だ。明日には目を覚ます」

「……ええ」


 その日から三日後、夜遅くにドアをノックする音でエリオットは起きた。

 ここのところウィルにずっと付き添ってばかりで寝ていなかったから、3時間ほど仮眠を取ろうと思っていたのだ。

「起きてますか?」

ドアの向こうからクレイグの声がする。

「ああ」

「ウィルが、目を覚ましました」

 その言葉で慌ててエリオットは部屋を出た。クレイグと並んで廊下を走る。最初に駆けつけたときと同じ状況だったが、いまは心の持ちようがだいぶ違う。

「ウィル!」

 部屋に入るとウィルがかすかに笑ったのが聞こえる。エリオットはすかさずベッド脇に近寄ってその頬を掴んだ。

「お前……本当に……! フィンランドから遠かったんだからな……」

「すみません……」

 そういってウィルが、エリオットの頬を撫でた。その指には、エリオットの涙が光る。

「俺、死にません……。あなたにもう、……後輩を失う辛さを、味わわせたくないから……」

 酸素マスクで篭った声だが、そこには確かに強い意志を感じる。

「……本当だな? 約束だぞ、今度俺に妙な心配かけたら地獄送りにしてやる」

「それ……本末転倒ですよ」

 ウィルがかすかに笑う。エリオットもそれを見て笑い返した。

「ここから大変だろうが、お前のペースでゆっくりやってけばいいからな。もし息抜きしたかったら、そこの親友とフィンランドまで遊びに来てもいい。あ、もちろんキャプテンとでもいいぜ」

「……ええ。いつか必ず」

「よし。……なぁクレイグ君」

「なんです?」

 壁際で静かにしていたクレイグに、エリオットが声をかける。

「ここで寝てもいいか? 君の寝床だろ? いや、まあ簡易のベッドとかあればありがたいんだが」

 ウィルのベッドの隣にあるベッドをエリオットが顎でしゃくった。それは看病や治療で離れることの出来ないクレイグが仮眠をとるベッドだった。

「そこで寝ていいですよ。汗臭いかもしれませんが、一応寝るたびにシーツは変えてます」

「十分だ。じゃあありがたくここで寝かせてもらうよ。結局仮眠も、眠れなくて取れてないんだ。……でもこいつの顔を見たら安心したのか眠くなっちまって」

 そういってエリオットはとなりのベッドに上がった。そして身体を横たえる。

「お前ももう少し寝たら? まだ身体辛いだろ」

クレイグがウィルに声をかける。

「いや、……エリオットさんが寝るまで見てる」

「緊張するからよせよ」

 エリオットはそういいながらもゆっくり目を閉じる。ウィルはそれを、優しく見守っていた。

「おやすみなさい、エリオットさん」


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