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未完成ダイアリー 前編

 レイフはあの日から四日目の朝、部隊に復帰した。

 それまでの三日間、ただ絶望に打ちひしがれることしかなく、見舞いに来たマルコやバイロン、オズウェルたちの言葉もほとんど脳をすり抜けていった。

 いまのような心境に至るまで、簡単だったわけではない。

 それでも。

 あのときのウィルが、自分に託した希望はなんだ。それを考えるとこうして黙って落ち着いていることが何より彼への不躾に当たるような気がした。そして何とか身体だけでも動かしていれば、自分を保っていられると思った。

 そしていまは、漸く動き出すことができている。



 あの事件からおよそ一ヶ月半後。

 今回の指令は海を渡って連邦国との境界線近くにあるカフカスタン。独立派が軍を起こし、それに何者かが入れ知恵をしてウイルスを摂取したクリーチャーを兵器として扱っているらしい。

「キャプテン! 地点A-3で新種のクリーチャーを発見したとの報告が、ブラヴォーチームから!」

 トレイシーがレイフに駆け寄る。ここに来て1ヶ月近く。そろそろ鎮圧して来たというときに、聞きたくない報告だった。

「ブラヴォーからは何人派遣される?」

「2人です。こちらからも2人派遣して欲しいと」

 レイフは考えた。いまこちらでクリーチャーの除去作業に当たっているラッセルとオーブリーは外せない。特にデルタから手伝いに来たオーブリーは新人でまだデルタの預かり状態だ。いまは落ち着いているが戦場に出る前はかなり怯えていたこともあり気にかかる。

「トレイシー、トール、行ってくれるか?俺は後で向かう」

「……わかりました。隊長、必ず来て下さい」

「ああ、分かった。オーブリーに問題がなさそうであればすぐ向かうよ」

 トレイシーとトールを見送り、その旨をHQに報告する。レイフはふと気になってオーブリーの方へ歩み寄った。

 オーブリーは防護服ごしにレイフに気が付き除去作業を中断した。

「オーブリー、調子はどうだ?」

「おかげさまで少し、自信がつきました。この事件も収束に向かっているそうですし…」

 防護服ごしに聞こえるのは、最初の頃より少し不安感のなくなった声だった。レイフは安堵した。これならもうすぐに向かえるだろう。

「ああ。まだ新種が確認されたと言うから少し厄介なのが残っているがな」

「えっ? 新種ですか?」

「ああ、無線届いてないか?」

「キャプテン、行かなくていいんですか?」

 無線を見せてみろと言おうとしたところにラッセルが横入りして入ってきた。レイフはラッセルに笑いかける。

「オーブリーが大丈夫そうなんで、ここはお前たちに任せて向かうとするよ」

「ええ、ここは俺たちが任されますから」

「ああ。じゃあオーブリー、頼むな。それと、空いてる車はあるか?」

「858-13が空いてます」

「わかった、行って来るよ」

 レイフは二人に手を振ると、そのまま駆け足でジープに向かった。そう遠くもない距離だ。だがしかし北米支部の応援拠点が近い。そこを襲撃されたらひとたまりもないだろう。運転席に乗り込むと、レイフは思い切りアクセルを踏んだ。


運転中、先に向かったトレイシーから無線が入った。

”トレイシーよりキャプテン。いまどこにいらっしゃいますか?”

「こちらレイフ。ここは、…B-56地点だ。どうだ、新種は?」

 いつも結果から報告してくれるトレイシーにしては珍しく、質問から入ってきたことに出鼻を挫かれた。

”まだ発見出来ておらず詳しいことはわかりません。わかり次第連絡します。キャプテンは俺に位置情報を転送してください”

「位置情報? どうした、何かあったのか?」

”いえ、新種がどこかへ移動したかもしれないので、何かあったときのために”

「ああ、そうか。わかった」

 レイフは端末からトレイシーを呼び出し自身の位置情報を送信した。

「何かわかったらすぐに連絡をくれ」

”わかりました。では、待ってます”

「ああ」

 レイフは端末を助手席に投げ、ハンドルを握った。いつも運転はウィルの役目だったから、自分でハンドルを握ったことはあまりない。ふいにウィルのことを思い出してレイフの胸に絶望が巣食う。

(思い出すなって言う方が、無理だろう、なぁ、ウィル……)

 どんなテクニックを使っているのか知らないが、こんな砂利道でも殆ど振動なく運転するのだ。仮眠を取りたいメンバーのために、なるべく振動を起こさないように気をつけてると笑った瞬間のウィルの顔を、いまでも鮮明に思い出せる。

 レイフは無音の車内をどうにかしようと車についている無線用の機器をいじりラジオ放送に切り替えた。



 あれからまたトレイシーから無線があり、現在はBSOCの応援拠点にいるとのことだった。合流したいというのでレイフは至急車を拠点に向かわせる。まだ新種に関しての詳しい情報は入っていないから、その作戦会議だろう。それにしても最近新種が見つかることが多い。まだあのテロの残党が残っているからか?これが大きなテロの前哨戦でないことを祈る。

 拠点前に到着し、急いで車を降りた。

 いつもなら見張りとしているはずなのに誰も外にいない。今回の遠征は人が足りないわけでも、犠牲者が多かったわけでもないのに妙だ。

 閑散とした雰囲気に、レイフの胸が高鳴る。悪い方向へしか想像が向かない。

 トレイシーに指定された会議室までゆっくりと歩を進める。誰にも会わないのが余計にレイフの胸をかき乱した。敵が侵入した様子もなければ血痕もない。結局指定された会議室の前まで誰とも会わず到着した。中から音がするかどうか、耳をそばだてる。なんの音もない。

 レイフは意を決してアサルトライフルを構えたまま、一気にドアを開けた。




「キャプテン!!」

部屋の中心に立っていたのは、あの日失ったはずの最愛のバディ。

「……ウィル……?」

銃を下ろすと周りから拍手の音が聞こえてきた。見渡すとあのトレイシーもトールも、そしてブラヴォーのメンバーたちもいる。

「キャプテン、あなたに会いたかった……!」

 レイフはわけもわからず立ち尽くしていた。そのレイフを、ウィルが抱きしめる。

「キャプテン。ウィルはあなたに会いたくて、辛いリハビリも一日欠かさず続けたんだ。あの後、何者かからHQに連絡があって、近くの海岸で瀕死状態だったこいつを救助隊が保護したんだ。こいつはあれだけ変異していたにも関わらず意識ははっきりしていた。医療チームにトップシークレットで扱ってもらいながら、彼の復帰を目標に色々試行錯誤していたんだ」

 マルコに話を聞いて、ようやく理解できたレイフが、ウィルの顔を両手で掴む。

「本当に、ウィルなのか……?」

「はい、……キャプテン。……あなたにもう一度会えるなんて……本当に……!」

 泣き崩れるウィルの体重を支えながらレイフの頬にも涙が伝った。

「ウィル……、本当に……すまない……俺があの時、殴ってでもお前を連れて帰ってくれば…!」

嗚咽に混じって聞こえてくる懺悔に、事情を知っている周りのメンバーからも鼻をすする音が聞こえてくる。

もう一度、レイフはウィルの顔を両手で掴み、しっかり見つめた。

「キャプテン……、俺、リハビリ頑張るから、……また、チームに入れてください」

「……勿論だ……」

 ひしと抱き合う二人に、周囲のメンバーがもう一度暖かな拍手をくれた。

「ウィルはな、本当は2週間前には腕も義手に切り替えて車椅子での移動も可能になってたんだ。それでも、戦場に会いに行くんだから迷惑かけちゃいけないと走れるようになるまで会わないって言い出したらしくてな。本当に、二人揃って頑固だぜ」

 マルコは呆れて見せた。しかし、その頬にも涙が伝っている。

 ウィルはレイフの肩で歯を食いしばって泣いた。人生の中で、こんなに泣くことはもうないと思った。レイフもウィルの頭を撫でながらボロボロと大粒の涙を流していた。

「I tougth before dying.I couldn't understand why my chest felt so tight.It's not scary to die for you.

(俺、死ぬ前に考えたんです。何故こんなに、胸が苦しいんだろうって。あなたのために死ねるなら、怖くないのに。)」

 ウィルは、しゃくりあげながら必死に言葉を紡いでいた。

「俺が、あなたに最後に言った言葉、覚えていますか」

「……覚えているさ。『頼みます、BSOCを、未来を』って……」

「え……?」

「え?」

「そのあとの言葉ですよ」

「そのあと? いや、これが最後では……」

 レイフがそう言うと、ウィルははぁ、と大きなため息をついて頭をくしゃくしゃとかきまぜた。

「違いますよ。そのあとに、俺の気持ちを伝えたんです」

「俺の気持ち、っていうのは……?」

 ぽかんとするレイフに、ウィルは大きく深呼吸して一歩歩みを近づける。

「もう一度言いますよ」

「ああ……」

「I was conscious of my real feelings for you.Only you can make me happy or cry. I say again. I want to let you know that I love you.Please replay at that time.And become my lover please.」

(そこで、あなたへの思いを妙に自覚してしまったんです。俺を笑顔にするのも、泣かせるのもあなたただ一人だ。もう一度言います、俺はあなたのことが好きなんです。あのときの返事をください。そして俺の、恋人になってくれませんか)」

 周りの空気が一気に停止した。ウィルが告白をするとは聞かされていなかったのだろう。もしくはこれが、二度目の告白だったことにも衝撃を受けているのかもしれない。

 ウィルも周囲も、レイフの反応を待っている。ウィルは右手で顔を覆って泣き出した。もう形振り構っていられなかった。

 レイフはあまりの出来事に驚いて首を振る。そして目を細めた。

「……I can't keep it silent any more.I love you.I can’t even conceive of life without you.I noticed.No day went by without thinking of you for the past one and a half months.(…もう隠すのはやめにしよう。俺もお前が好きだ。お前なしの人生なんて考えられない。この一ヶ月半、お前のことを考えない日はなかった。)」

レイフの言葉にわっと周囲がわく。鳴り止まない拍手に包まれた。

「キャプテン、その言葉、嘘じゃありませんか…?」

「嘘なんてつかない」

「愛してます、レイフ」

「ああ、ウィル、俺も愛してる」

照れ臭そうに笑いながらウィルの背中に手を回す。周りの笑顔が、2人の未来を祝福していた。



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