どんな未来にも愛はある 6
あの事件の全貌がわかってきた。
テロを仕組んだ者の行方は分からないが、世界規模でのテロを企んだ者同士で裏切りや決裂があったようだ。
恐らくその離反者が今回のことを世に暴こうとして失敗、その者を元凶としてウイルスのかくさんが行われたようだった。
あの倉庫と焼却施設は封鎖、今後丸ごと埋め立てられることが決まったとレイフの元にさっき、連絡があった。
カーテンから夕日が差し込む。レイフはあの日から今日まで、休暇を取っていた。
日付としてはもう3日も前のことなのに、あのときのことが忘れられない。どうしても、思い出してしまうのだ。
薄れる意識の中、エレベーターに載せられた瞬間、ウィルなのかそうでないのか──しかし声はたしかにウィルだった──バケモノから言われた言葉。
”キャプテン、頼みます……BSOCを、……未来を……”
あの言葉に、もし”自分のことを引きずらないで生きろ”という意味が込められているのなら、ウィルは言う相手を間違えたのだと思う。こんなに好きになった相手を、引きずらないで生きていくことが出来るほど楽観的じゃない。
レイフはここのところ、部屋を出ていなかった。ろくに食欲も起きなかった。誰も自分を責めず、あなただけでも生きていてくれてよかったと言う。そんな周りが憎かった。ウィルの存在はそんなものだったのかと、歯を食いしばりたくなる。それがレイフを気遣った言葉だとわかっていても。
こちらに帰ってきたその足で、クレイグの部屋を訪れた。それは勿論、あの時どさくさに紛れて持って来てしまった手紙と、託された注射器を預けるためだ。
「はい。……ああ、ベックフォード隊長」
「……夜分遅くにすまないが、少し話がしたい」
ドアをノックして、出てきたクレイグに用件を伝える。勘の鋭いクレイグは、何かをその瞬間に悟ったようだった。だが、何もそれ以上は言わず、黙ってレイフを部屋にあげた。
目の下にクマを作っているところを見ると、昨日まで寝ずに今回のテロを追っていたのだろう。
「まずはこれだ。これはウィルとともに行った焼却施設で見つけた、今回のテロを引き起こしたウイルスだ。今回のクリーチャーにはいままでと違う特徴がいくつか見られた。また詳しくは調査書にして渡そう」
クレイグは足を組み、腕を組んだままレイフの話を聞いていた。相槌もなく、ただ黙ってレイフの話の行方を見守っているようだ。
「……それで……」
レイフが口ごもる。大切なことを、伝えなくてはならない。それでも言葉が喉に詰まって出てこなかった。代わりに涙がぽろぽろと落ちる。
「ウィルはどうしたんですか?」
クレイグの声は低い。レイフは顔が上げられなかった。
「あんたの部下だろ? なんであんたは一人で帰ってきた」
「……すまない……」
レイフは掠れた声を絞り出すだけで精一杯だった。とめどなく溢れる涙が、2人を隔てるテーブルに水たまりを作る。
「あんたは何のためにあいつを陸軍から引き抜いてきたんだ! 死なせるためか? こんなふうに、俺に泣きながら報告するためなのかよ」
クレイグの語尾が震えた。レイフは何も答えずただ嗚咽を漏らすだけ。
「ウィルは、俺の唯一無二の親友だ。何ならあんたよりあいつを大事にしていた自信がある。あんたがあいつのこと守るって俺に言ってきたとき、任せたって言ったよな? あれは嘘だったのかよ」
───あれはウィルが遅れてきた日のことだった。二人でしばらく話を進めていたが、クレイグはレイフがなにか言いたそうにしていたのに気づいたのだ。
「なんか隠してます? 言いたいことあったら言って下さいって前も言ったでしょう。知識が浅いからとかナシだって」
いつもレイフは、物言いたげな顔をしながら言葉を飲む。理由を聞いたら自分のような門外漢が専門家に意見を言うのは畏れ多いと言うのだ。だがアイディアはあらゆる視点の融合から生まれると知っているクレイグはそれを言い訳に口を噤むことはしないとレイフに約束させた。またそんなことでうじうじしているのかとクレイグはため息交じりに言う。
「あー、その、逆に全く関係のないことなんだ……だから、言いづらくて……」
レイフがためらいがちにそう言うので、クレイグは妙に思えて首を傾げた。
「何です? いいですよ、何言っても笑いませんから」
「ホントか……?」
「ええ」
そういってやると幾分か安心した表情を見せた。何言っても笑わないなんて保証は無いのに、そんな言葉の綾でごまかされてしまうレイフはある意味とびきりのバカだとクレイグは思う。
「実は……お前と、ウィルのことについて聞きたいんだが…」
「俺とウィル?」
「ああ。……いや、その前に、ウィルって、いま恋人とか、いないんだよな……?」
「ええ。これだけ忙しくしてれば彼女も発狂しちまうでしょうね」
クレイグはレイフの言いたいことが何となく読めたが、自分からはリードしないように迂回ルートを選んだ。何故だかレイフにそれを言わせるのは惜しい気がした。
「…お前と、付き合ってたりは、…しないよな?」
「…付き合ってるって言ったら?」
そうクレイグが言ってやるとドキリとした表情をした。どうせならこのまま付き合っていると言ってやろうかと心底思う。
「なんて、冗談ですよ。好きだったことはありましたがね。何か付き合ってたら、都合が悪いんですか?」
そういってやると、レイフが唇を噛んだ。レイフが言葉を選んでいる時のくせだ。
「…その…実は、俺はウィルが好きなんだ。奴に恋をしてる。だから、…可能性がないとしても、お前には知っておいてほしくて…」
それを言って逆に邪魔をされるという発想はなかったのだろうか。クレイグは首を傾げたくなった。いつかウィルにも聞いていたが、本当に性善説の中で生きているとみえる。
「別に俺に言う必要ないでしょう。俺があいつの恋愛に首を突っ込む義理はない」
「ああ、わかってる。でも、俺から見て君とウィルの関係は特別に見えるんだ。だから、君にも伝えておきたくてな」
「へえ」
「俺は、あいつの笑顔を守りたい。こんな危険な仕事だから、本当はいつ死ぬかも分からないが……俺はあいつを守りたいんだ」
レイフの眼差しが本物だった。薄々感じてはいたし、ウィルも同じことをレイフに対して思っているのはなんとなく知っている。
少し面白くない気持ちもあるが、こう正面から言われたら仕方が無い。それにウィルの命を守ってくれるのなら、動機はどうだっていい。レイフの思いを知ってウィルが幸せなら、それでいいとも思えた。
「……頼みますよ、あいつのこと。あなたに任せます。だから、何があっても不幸にはしてやらないでくれ」
「ああ」
廊下からウィルが走る音が聞こえて来た。規則正しく足を擦らない綺麗なフォームから生じる音だから、どちらともウィルのものだとわかる。
「あー、よし、そういえば今週末の話なんだが……」
レイフが赤面しながら話題を変える。クレイグの心情は複雑に波紋を描いていた──




