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どんな未来にも愛はある 5

 頑丈なセキュリティを抜けて少し歩くと、焼却施設に出た。ここからは一面のガラス越しに、さらに下層にある焼却場を眺め降ろせるようだ。焼却場は本来「燃えないもの」を燃やして液化したのか、鉄や金属のマグマが煮えたぎっている。レイフはその強い光に目を細めた。

「なんてことだ……」

 レイフの顔も、火に照らされている。その横顔が痛切で、ウィルは思わず目をそらした。軍人なのに想像力が豊かなのは、かえって不利に働くことがある。

 レイフのほうから注意をそらして近くのデスクに目を向けたウィルは、思わず息を呑んだ。

「キャプテン、これ……」

「なんだ?」

 ウィルはそこに落ちていた注射器を指差す。

「おそらくウイルス注射器です。まだ使われていないものも数本あるようですね」

「医療チームに持ち帰って調べてもらおう」

「ハイ」

「俺は誰かいるか探してくるから、重要そうなものはピックアップしておいてくれ」

「わかりました」

 ウィルはハンドガンを取り出し警戒しつつも、近くの研究書類に目を移す。そこには今回出没したtype_Lのクリーチャーによく似たシルエットが記されていた。

(…どうやらこの薬が今回のクリーチャーの変異を生んでいたことは確かなようだな)

 ウィルは腰回りに付けてある防水サブホルダーに、注射器とあわせて折りたたんで仕舞った。

 そして怪しげな論文を見つける。

(type_Lの突然変異を引き起こし人間に戻す方法……?)

 「現在の科学では、この研究を成し遂げたら神の御子だと、奇跡を起こしたと言われる」と続けて記されている。

(これは絶対にクレイグに見せなくちゃな……)

 論文をできる限り折りたたんでサブフォルダーを開けると、中にはクレイグに宛てた手紙も入っていた。

「クソ、あいつらはどこだ」

 少し遠くで舌打ちをしたレイフの横顔を見て、ウィルはとてつもない恐怖を覚えた。それはレイフが恐ろしかったのではない、我を忘れたレイフが、これから重大な何かに巻き込まれていなくなってしまいそうで……戦慄したのだった。

「……キャプテン」

「なんだ? 何かあったか?」

逆サイドを探索するためにウィルの前を通過しようとしたレイフに、ウィルが声をかけた。

「……あなたが、どれだけその首謀者を捕らえたいか、気持は良くわかります。エリオットさんや、ヴィンスさんの敵のようなものだ」

「だからなんだ?」

 探索を邪魔されて、やや苛立ちを含んだレイフが言う。それをみて、ウィルの予感は強い既視感を覚えた気がした。

「ですが、ここは一旦引きましょう。こんな焼却施設じゃ、爆薬一つでも使われたらおしまいだ」

「何を──」

「俺たちにも、大事な人がいるはずです。死んじゃだめだ」

「……」

 一瞬、レイフは虚を突かれたような表情をした。

 できるかぎりレイフに素直な気持ちがそのまま伝わるよう、彼の高ぶった感情を刺激しないようウィルは冷静さを保った。

「……実は俺、クレイグと喧嘩したままここに来てしまったんです。あなたに会うまでは少し後悔していました。もう二度とあいつとも、あなたとも会えないんじゃないかって……」

 緊張でウィルの手が震える。

(この説得がうまくいかなかったら、この人はここで死んでしまう)

「俺たちには、友達や親友、家族……もしかしたら恋人も、いるかもしれません。大事な人が、俺たちの帰りを待っているはずです」

「……ここで俺たちが引いたら、その人達が被害に合うかもしれない」

「……そうかもしれませんね」

 恋人というワードを出したのは、掛けだった。死の恐怖を前にしても、レイフの心の拠り所となる人物がいるのか気になる自分が不思議だった。

「でも、地上にはたくさんの俺達の仲間がいて、今も戦っています。どうにか被害を最小限にしようと、死を覚悟して戦っています」

「……」

「ウイルスに関する重要資料や注射器を持った今の俺達は、地上に帰ってもっとやることがあるはずです。それが、俺たちの大事な人を助けることに繋がる」

「……」

「帰りましょう、一緒に」

 ウィルがそう丁寧に伝えると、レイフは小さく息をこぼしてうなずいた。

「……そうだな。俺は少し強情になっていた」

「少しじゃないですよ」

「おい、少しは遠慮しないか? 普通」

「すみません」

 もう、緊迫した空気はない。レイフも平常心を取り戻したようだった。

「それにしても、クレイグ君と喧嘩したなんてな」

「ええ……だから、謝罪の手紙まで書いて持ってきたんです」

 サブフォルダーをポンと叩いてみせるとレイフがこちらに手を伸ばしてきた。

「何を書いたんだ?」

「やめてください、恥ずかしいですよ」

「少しくらいいいじゃないか」

 レイフがそう言った途端、大きな地鳴りがした。

「なんだ?」

「わかりません。でもここはあまり長く持ちそうにない。早く出ましょう」

「ああ」

 二人は同時に走り出した。地上に出るため、エレベーターホールへと向かう。

「しかし、こんな莫大な資金がどこから…」

「その辺りも調査する必要がありそうですね」

 長い廊下を抜けると、さっきと同様に点滅しているエレベーターホールのランプが見えた。

「あと少しです」

「ああ、見えてるよ」

 そうレイフが口角を上げた瞬間、ウィルの横を2発の銃弾がすり抜けていった。

「なっ……」

 振り向くと、男が一人立っている。しかし、表情は暗くて見えず、二人は目を凝らした。

「レイフ……ベックフォード……」

「なぜ俺の名前を……?」

 怪しんでレイフが聞くものの、男はうつむいたまま何も言わない。レイフがこちらにアイコンタクトを取り、一歩一歩と男に近づく。

 しかし男は先程の拳銃を放ってしまい、床に落ちる。

(抵抗する気がないのか……?)

「ちか、づくな……」

「なんだ?」

 小さく男がつぶやいたあと、男の上半身が奇妙な動きをして巨大化する。慌ててレイフは飛び退いたが、その巨大化のスピードに追いつけず、レイフは巨大化した腕でクリーチャーの腕に絡め取られた。

「くっ……!」

「キャプテン!」

「敵を見ろ!」

 一瞬レイフを見たウィルに、レイフが叫ぶ。そしてすぐにウィルは目の前にいた男だったものに目を向けた。

 すでにそれは人間の形ではなくなっていた。腕が2本よりももっと多く大きく、足はカンガルーのようにたくましい。

「そんな……新種か……?」

 かつて見たことのないクリーチャーの姿を見て、ウィルの頭も真っ白になる。しかしすぐに、ぎゅうと何かが絞られるような音がして、現実に引き戻された。

「ぐっ……」

「キャプテン!」

クリーチャーは軍人の装備すら気にもとめないのか、腕に力を込めてレイフを握りつぶさんとする。

(とにかくあいつを倒さなきゃ)

 ウィルの鼓動がバクバクと音を立てる。近くに落ちたレイフのアサルトライフルを拾い、その頭部めがけて連射する。慣れない反動に耐えていると、急所に近いのかクリーチャーが一瞬怯んだ。そのせいで、レイフが床に叩きつけられる。

「キャプテン!」

「だい、じょうぶだ……」

 しかし、そういうレイフの口からは血がたれている。内蔵をやられたか、だとしたら猶予は長くない。

(だが……さっきのアサルトライフルを食らっても、凄まじい治癒力で治っていく……)

 クリーチャーは奇妙な動きをしつつも、さきほどの弾丸のあとを修復している。

 ウィルはその様子から目をはなさないようにしつつ、レイフに駆け寄った。

「ウィル……」

「なんですか」

「俺はエレベーターには乗れない。ここは任せてくれ」

「えっ……」

 軍人なら誰でも知っている、一人の人間を救うためには一人では無理だということを。重症であれば重症であるほど、戦場においていくのがセオリーなのだということを。

「足と肋骨が折れて、内蔵もやられた」

ひゅうひゅうと、レイフの口から息が漏れる。

「俺はもういいから、お前は帰れ」

「嫌です! さぁ、行きましょう」

 ウィルは男の方を警戒しつつも、レイフの肩を抱えようとする。

「だめだ、来るな!」

「大丈夫です、閃光弾がある」

 クリーチャーたちは総じて耳が悪い。閃光弾で目眩ましをすれば、多くの場合時間が稼げる。

 ウィルは閃光弾の信管を抜いて放り投げ、レイフを脇から支えた。

「簡単にあきらめないでくださいよ、一緒に帰るって言ったのに」

「……悪い──うっ」

 レイフの痛みに呻く声が聞こえたあと、ウィルも左肩に背中に焼け付くような痛みを感じた。

「なん、だ……」

 ざかり、となにかが床に落ちる音がしてウィルは目を細めつつ床に手を伸ばす。それは間違いなくレイフだった。

「キャプテン!? キャプテン!!」

 光が収まると、レイフが気を失って頭部から出血しているのが見えた。

「うそ、だ……」

 しかしすぐさま脈を測る。まだ生きている。このまま、目の前のクリーチャーから逃げられれば二人で生きて帰れる。

(……でも、この目の前のクリーチャーを倒せるか……)

 こちらを見ているようで見ていない、瞳がくるりとトンボのように回っているクリーチャーを見た。

(閃光弾もあまり聞いていないようだ……それとも──)

 そこまで考えて、ようやく左肩の先程の痛みを思い出した。しかし、今はそれがない。床になにか水が垂れる音がするとと思って、それがようやく自分の血液だと知った。

「ク、ソ……!」

 利き手が使えないのは、スナイパーにとって致命傷だ。

 何人もの味方の命を救ってきた左腕が、今は目の前の大事な人さえ守れない。

(……何か、方法は……)

 レイフのアサルトライフルを取り右手で撃とうとしても、その何発もの射撃反発に耐えられない。左腕は神経からやられているせいか、痛みすらなかった。

 クリーチャーがこちらに向かって首を大きくひねりながら近づいてくる。その足元には、拳銃を捨てたあとに使ったのか、使用済みの注射器が落ちていた。

(……もしかして……)

 さっき、クリーチャーは拳銃を捨てたときに「近づくな」といった。多少体の進化が進んだあとでも、理性が生きている証左だった。

(だとしたら……)

ここからエレベーターまでの距離はそう遠くない。しかし意識のないレイフをあそこまで運ぶとしたら……。

(これしかない、よな)

 ウィルは先程サンプルとして取っておいた注射器を、自分の腕に刺したのだった。


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