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最長距離の遠回り 8


「忘れ物ないですか?」

 いよいよレイフが発つ日が来た。ウィルもいつもより1時間早く起きて、レイフの準備を寝間着のまま手伝った。

「ああ。大丈夫だと思う。散々確認したよ」

「僻地だと聞きますから、気をつけてくださいね」

「わかってるよ。チームを頼むな」

「それこそ、わかってます」

 自然と2人で笑い合う。互いに心配しあっているのがおかしい。エントランスはまだ人通りも少なく閑散としている。レイフのトランクが引かれる音が響いている。

「あの、ウィル」

「なんです?」

「いつか、あの、……国際パーティで言った、伝えたいことって、覚えてるか?」

 レイフが少し俯きながら言った。その横顔は、真剣だ。

「……ええ。結局聞けませんでしたね」

「……うん。帰ってきたら、話すよ」

「オレからも、話があります」

「え? あ、……ああ、そうか、わかった」

 一瞬驚いた表情をしたがすぐに取り繕った。そしてぐっと気を引き締める。

「じゃあ、行ってくるな」

「ええ、いってらっしゃい」

 レイフは頷いてウィルに背を向けた。そしてゆっくりと、エントランスを出て行く。ドアがあくと外のぬるい風が吹き込んでウィルの頬を撫でた。



「こんな日に、キャプテンがいないなんてなー。もうちょいそこんとこ、HQも考えてくれたら良かったのに」

「いや、あの人が発つ前に散々泣かれたよ。最後の日にいてやれなくてごめんって」

 マルコの呟きに、隣に並んでいるエリオットが答えた。空は晴れ渡り、澄んでいる。人を見送るには最高の日だ。

 部隊メンバーはみな正装で、きちんと一列に並んでホールにいた。

「これから、エリオット・アッカーソンさんの退団式を執り行います」

 ホールにはウィルの声が響く。

「まずは、アッカーソンさんから、一言挨拶を。アッカーソンさん、前へどうぞ」

「アッカーソンさんなんて気持ち悪いな、よせよ」

 HQのメンバーも部隊メンバーの後ろで見ている。それでもエリオットは相変わらずそんな口を叩くのだ。だがウィルは何も言わず頷いた。

「あー、皆さん。おー、こんなに部隊メンバーも増えたんだな。ごきげんよう。今日で俺は、この長いこと世話になったBSOCから退きます。知ってる奴もいるかもしれないけど、姉貴に連れられて、フィンランドに住まわされる。前は第一候補がエジプトだったんだけど、心変わりしたって姉貴、フィンランドの永住権とっちまっててさ」

 そういって呆れたようにエリオットが笑った。それに会場でも笑いが起きる。だがエリオットの眼差しには、姉に対する思慕や家族愛というのが見て取れた。

「それで、なんていうか俺の中で区切りがついたんだ。俺は姉貴と2人姉弟でな。ちっさい頃に両親をバイオテロ組織に殺されてから、俺は奴らに復讐したいって、姉貴を守らなきゃってずっと思って生きてきた。そんで縁あって国のエージェントになったが、4年前にこっちにきた。……それから部隊のメンバーにはずっと、世話になりました」

 そういってエリオットが笑う。もうメンバーの何人かが、涙を堪えているのか鼻をすする音がする。

「みんなすげえよくしてくれたな。俺はこの4年間、エージェントから部隊メンバーに移って後悔したことはなかった。みんないい奴だし。ここじゃちっと長いからまた個別に言うけど、俺の同期のマルコ、ユリシーズ、トレイシー、そしてヴィンス……本当迷惑かけたな」

 そういうと声をかけられた4人がそれぞれの反応を返す。

「俺は最初アルファで、それからブラヴォーに移ったけど……すげえいいチームだったよ」

 ダドリーやロブ、そしてブルーノが堪えきれず泣き出した。ダドリーもロブも歯を食いしばって泣くまいとしているが、ブルーノは声をあげて泣き出してしまった。

「おいブルーノ! お前本当泣き虫だな。後で俺んとこに来い。慰めてやるよ」

「……はい」

 ブルーノがなんとか吐き出した返事は、余計に聞いている人たちの感情を揺さぶる。

「で。こっちへ来て、俺の最初の後輩になってくれたウィル」

 まさか言われるとは思っていなかったウィルははっと顔を上げた。するとこちらを見ていたエリオットと目が合う。

「お前が陸軍にいた時からの付き合いだからな。全くいつの間にか大人になりやがって」

「エリオットさん……」

「これからも、レイフキャプテンの元で、頑張れよ。最後に後ろで泣いてるオッサン!」

 エリオットのその言葉に皆が振り向いた。

「オズウェルのオッサン、あんただ。俺の人生をこんなに幸せにしてくれたのはあんただよ。俺をエージェントとして拾ってくれた。あんたには感謝してる。……こういうときしか言えないから言うよ。ありがとな」

 ハンカチで顔を覆ってしまったオズウェルに、また一層みんなの涙腺が緩んだ。ウィルの瞳からも思わず涙が落ちる。

 そんな様子にエリオットは参ったとでも言いたげな表情を浮かべたが、内心本人も寂しがっているのはわかる。視線を前列の部隊メンバーに戻し端から端まで眺めた。

「あー長くなっちまったな。とりあえず……フィンランドはそんなに遠くない」

 そういってエリオットが舞台から降りた。そしてスタスタとマルコの隣まで戻る。隣にいたブルーノがエリオットに寄り添い、その肩をエリオットが抱くまでをウィルは待った。その美しい流れを、誰も邪魔できない。

「じゃあ、友人代表としてマルコさん、お願いします」

 落ち着いた頃に、そっと声をかけた。マルコが胸を張りながら前に出て来る。式は滞りなく進んでいった。


 テーブルに突っ伏しながら唸っているウィルに、クレイグが声をかけた。ウィルはここのところ毎日色んな人と話をして、どこか精神的なストレスを抱えている。

 それもそうだ、年上部下とも言える相手と1対1で話をしなくてはならないし、そこで出てきた意見を取りまとめて対策とともに上へ報告しなくてはならないのだ。しかもHQへの提出分に、彼らの悪口はもちろん書けない。

 ウィルはテーブルに突っ伏した。自分のデスクで勉強しているクレイグを、どこか恨めしそうな眼差しで見上げる。

「……なぁクレイグ、一緒に対策考えてくれよ。全く、HQに対する不満ばっかでこれじゃあ報告書が真っ白になるよ」

「よっぽど溜まってるんだな、そちらさんたちは」

 医療チームは扱いとしてはHQに含まれるが、その性質上中立的な立場を保っている。研究に関して部隊とは協力関係にあるため、医療チームと部隊メンバーの交流は少なくない。

「お前のとこは? そうでもないわけ?」

「んー、まあでも実際HQに過干渉されることはないし、それなりに居心地いいな」

 クレイグはぐっとペットボトルの水を煽った。捲った袖から見える腕は高校時代から劣らず逞しい。

「そ。こういうのはキャプテンがやることなんだよ。なんでこんなタイミングで」

「HQはあの人の統率力を恐れてるんだろ?」

「……オレは舐められてるってことかよ」

「お前はいい子ちゃんだからな、HQはお前の家系事情についても折り込み済みだと思うぜ」

「軍人家系だから集団に従順だってか? オレは何も父さんの意思をついで陸軍に入ったわけじゃない」

「でも影響が0だとは言えない」

 クレイグに言論で勝ったことはほとんどなかった。ウィルは押し黙る。

 確かに影響は0とは言えないだろう。だが、親に憧れて入ったわけでもない。自らがそうなって当然だと思ったから入ったのだ。それすら純粋なウィルの思いだけではなかったというのだろうか。

「……悪かった。別にお前にそんな顔させたくて言ったわけじゃないんだ。機嫌直せ、な?」

 クレイグがイスから降りてウィルに視線を合わせた。ウィルは視線を背ける。

「俺はHQが考えそうなことを言っただけなんだ」

「オレは自分で選んでここまで来たと思ってる。お前とは長いが、別に全部お前が知ってるとは限らないだろ」

 自制が効かなかった。次々とこぼれてくる言葉たちがどれだけクレイグの心を削っていくか、ウィルはわかっているはずなのにそれを止める術を知らない。

「……そうだな。お前には俺の知らないところがまだまだある。いま初めて、お前がどこか家系にコンプレックスを持っているってことも知ったしな」

「……わざわざそんなこと言わなくてもいいだろ」

「……悪かった、ウィル。いまのは別に、本当にただ気付いたから言っただけで他意はなかったんだ」

 ポーカーフェイスなところがあるからクレイグは損をする。ただ気付いたことを言ったのか、それともウィルの機嫌を損ねたから取り繕っているのか、十中八九前者だとはわかっていても、疲れのせいか余計に感情が沸騰しやすくなっているようだ。後者の疑いがないと言えない限りこの苛立ちは消えそうにない。

「お前も無意識下では何かしら思ってたんだろう。そうじゃなきゃあんな発想出てきたりはしない」

「ウィル……」

 目の前のクレイグの表情が、心底申し訳なさそうでウィルは言葉に詰まった。

 やはり一緒にいる時間が長かった分、それは本当だとわかる。わかることと、疑ってしまうこと、混在してどうしようもないけれどそれ以上にいまのウィルは気持ちの整理がつかないでいた。

「……悪い、……ちょっと1人にしてくれ。仕事中悪いな」

「……わかった」

 クレイグはすっと立ち上がってデスクの上の資料を片付け始めた。

 そしてすべてまとめると少し名残惜しそうにこちらを振り返る。ウィルはベッドに飛び込んだ。

「……おやすみ。無理するなよ」

「……」

 ウィルは頷くだけで声には出さなかった。いま何か答えたら他にも余計な言葉が出てきてクレイグを傷つけそうだったからだ。それを見てクレイグはそのまま部屋から出ていった。




”大至急、全職員起床せよ! 極東支部からテロの応援要請を受けた。これより部隊を派遣する!繰り返す……”


 大きなサイレンの音とともに緊急アナウンスが流れたのはその日の夜だった。

 ウィルあのままベッドで眠ってしまったようで飛び起きた。その格好のまますぐに武器庫へ向かう。

「ウィル! 極東でテロだって!?」

「はい。至急極東支部へ向かいます。全員、着替えて急ぎ輸送機に乗れ! 急げ!」

 やって来たマルコに答えてから次々ロッカールームへ飛び込んでくる隊員たちに声をかけた。

「極東支部って、キャプテンいまいるんだろ!?応援要請来るほど酷いのか?」

「わかりません、だが要請がこんな遠いところに来るんだから只事ではないのは確かです。俺たちは急いで行くだけだ」

 ウィルも内心ではレイフのことが気がかりだった。だがそれについていま自分に出来ることはとりあえず向かうことだけだろう。

 ウィルは部隊メンバーが全員乗り込んだのを確認し、コックピットへ走った。

「全員揃ったか?」

「はい、お願いします」

 コックピットから顔を出した輸送機のパイロットに答える。そして自分も一番先頭へ着席し、ベルトを締める。

(どうか無事でいてくれ……!)

 大きく機内が揺れ、極東へ向けて輸送機が離陸した。



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