最長距離の遠回り 4
「あ、あそこなんてどうです? たくさん並んでる」
「入ってみるか」
空が紫に染まる中をレイフと並んで歩いている。たくさんのスーツがショーウィンドウに並べられた店は、小洒落た照明で2人の意識を呼んだ。
「サイズはおいくつです?」
「……測ってないからわからんな」
「なら色々試してみましょう」
チャコールや濃紺、あらゆるスーツに目移りしているレイフは思いのほかこういう場に慣れていないようだ。知り合いでなければ多少挙動不審に見える。
こうなった経緯は数十分まで遡る。
「これ、明らかに小さいよな……?」
「……そう、ですね……」
ウィルはぱつぱつのカッターシャツを着たレイフの前で困っていた。パーティ用に着ていくタキシードを用意しようと思ったがそのサイズが合わないというのだ。
「……これ、いつ買ったやつです?」
「んー、ざっと10年くらい……か」
「そりゃ小さいでしょう。オレがBSOCに来てからも、あなたは筋肉つけて大きくなったと思いますから」
ウィルは傍のイスに座った。レイフは困り顔で不恰好なスーツ姿のまま立ち尽くしている。
「どうしよう、これ以外持ってないんだ」
眉尻の下がったレイフは、どうしようもなくウィルの庇護心をくすぐる。
ウィルは思案した。どのみち今日はまとまった会議も出来ないだろう。そんな言い訳の中に自分の下心があるのことは自覚していたが、それよりも強くいまのレイフをどうにかしてやりたいという気持ちが強くなった。
「……んー、19時か、まだいけるな。よし、隊長、これから買いに行きましょう! ちょうどクレイグも今日来れないそうなので、このまま息抜きも兼ねて」
「……いいのか? そんな、申し訳ない……」
「どうしてです? オレが行こうって言ってるんです。あとはあなたが頷くだけだ」
「……行く、行きたい」
レイフの顔が遊園地に連れて行ってもらえるとわかったときの子どものようで、ウィルは心のシャッターを切った。
「これなんかどうです? あなたは黒が似合いそうですね」
「そうか……? なら一度試してみよう」
「すみません、彼に試着をさせたいのですが」
ウィルは近くにいた店員に素早く声をかけた。レイフはにこやかに笑う店員にフィッティングルームを案内される。扉に入ってしまったのでウィルは少し自分も見回ろうと歩を進めた。
「ウィル!」
「なんです?」
歩き出したところを、焦りの混じった声に引きとめられる。
「そこにいてくれ、似合わなかったら、外に出るのが恥ずかしいから」
レイフのその言葉にウィルは小さく笑った。ウィルに見てもらうために店内に呼びに行くのが恥ずかしいと思ったのだろう。
「わかりました。ここにいますよ」
ウィルは近くのソファに腰掛けた。先ほどレイフを案内した店員がにこやかに声をかける。
「仲がよろしいですね。ご友人です?」
「いえ」
「親密なご関係で?」
「……オレはそうなりたい、ってところです」
ウィルが小声で答えると、店員は納得したのかふっと微笑んだ。
「素敵です」
「ありがとうございます」
「ウィル! ちょっと来てくれ!」
「ハイハイ」
店員はすっとウィルのそばから離れた。レイフがドアを少しだけ開いてこちらに呼びかける。
「どうしたんです?」
「これ、ちょっと結んでくれないか? 結び方を忘れてしまって」
レイフは首にかけたネクタイを指差した。それもそうだろう、ウィルですら高校卒業からネクタイを締める機会はぐんと減った。月に一度あれば多い方だ。だが手は高校時代のクセを覚えている。
「クレイグも、いつまでもネクタイ締めるの下手くそで。オレがいつもやってやってたんですよ」
「意外だな」
「そうですか? あいつはそんなもんです」
そういって手早くネクタイを結んでやった。そしてレイフが鏡に向き合う。
「似合うじゃないですか」
「ホントか? これ……似合ってる……?」
「ええ。チャコールも着てみます?」
「……いや、あれは似合わないっていうのはわかるよ」
レイフは首を振った。レイフは扉を隔てて見えないだろうが、そばにいた店員がチャコールを手に持ったのが見えてウィルはアイコンタクトで謝った。
「お前は何色なんだ?」
「オレは黒です」
「……なら俺も黒にしよう」
「いいんですか?」
「……ネクタイの色を変えれば、お揃いには見えないだろ」
なぜこうも、否定的に捉えるのだろう。お揃いに見えるのが嫌だとは言っていないのに。
「ネクタイの色も揃えましょう、どうせなら。ね?」
レイフが少し照れる。ウィルの一言一句に素直な反応を示すのが愛らしい。
「……兄弟に見えたりしないか?」
着替えるためにレイフが扉を閉めながら、少し恥じらいの表情で呟いた。
「……それは……ないですね……」
2人はあまりにも似ていなさすぎる。ウィルはいっきに神妙な表情になって答えた。




