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最長距離の遠回り 2

──そんなことがあったのがもう3ヶ月も前。

それから2人の距離は、少しずつ縮んではいるものの、殆ど平行線を辿っているのだった。


「あ、キャプテン! 先に会議室行ってて下さい! ちょっと片付けがあるので。後で追いかけます!」

 ミーティング終了後、ウィルが座席で待っているレイフに気付いて声をかけた。

「わかった。あ、……やっぱり俺も手伝おうか?」

 そういって顔を上げたレイフの表情は、どことなく期待している。

(その顔がもう、そうやって俺を期待させる)

「ありがとうございます、じゃあ……お願い出来ますか?」

 ウィルのその言葉に、レイフは口角を上げて頷いた。


「まず、今日の会議の内容を報告する。ウィル、進行を頼む」

「はい。まず発表内容はHQバックアップチームのMs.アリシアの”オフィスでの業務改善と再編、人事異動に関する報告”、これは連絡事項が多いから後で別途伝えします。次に医療チームからMr.エドモンドの”ウイルス感染力と濃度の関係性及び効果的な衛生環境について”、そして部隊からは私と医療チームのMs.サイラスより”近年の極東地域でのバイオテロとその原因及び今後の対策について”です。まず人事異動について説明します」

 プレゼンテーションを小型プロジェクターで壁面に映す。

「まず司令部チーフだったMr.オズウェルが昇進、副所長となり、代わりにチーフ代理だったMr.エイブラハムが着任しました。この方は以前Mr.オズウェルが出張時に指示を出していた方だ」

「なんだって?」

「おいおいマジかよ……」

 ウィルの言葉に部隊メンバーたちのぼやきが聞こえる。

 それも当然だろう。以前あったロシアとの国境紛争に伴ったバイオテロでは、エイブラハムの指示の元動いていたブラヴォーとチャーリーからは部隊の半数ほどの負傷者が出た。もちろんキャプテンのマルコやユリシーズの意見を無視した一方的な指示だったことが、余計にこの2部隊の反感を買っているのだろう。

 ウィルもそれに対しては思うところは山ほどある。だが立場上、部隊メンバーの集まるこの場でそれを公言することは出来ない。

「落ち着いてください、もうこの事は決定事項です。……さて、これ以下はあまりオレたちに関係のないことなので口頭でお伝えします。サポートチームのMs.アリシアがリーダー補佐からリーダーへ、補佐は該当人物なしのため不在。医療チームではリーダー変わらず、該当者のなかったリーダー補佐にMr.サイラスが着任。人事異動については以上です」

 ウィルが説明を終えると少し会議室全体がざわつく。やはりエイブラハムの着任は部隊側にとって不利に働くだろう。それを懸念した声が止まないのも無理はないと思う。

 そこからは医療チームのエドモンドの研究発表についてのパワーポイントとそれ用に別途作ってもらった資料を使い説明した後、自分たちのプレゼンを略式で行った。

「オレからは以上です。キャプテン、後はお願いします」

「わかった、ありがとう」

 一番前のテーブルでウィルの説明を見守っていたレイフが立ち上がる。そしてみんなの前に立った。

「今日の会議で決まったことはだいたいウィルに伝えてもらったが、ひとつみんなに報告がある。ああ、そんなに大したことじゃないんだ」

 そういうとみんなが少しざわついた。ウィルは先ほどレイフが座っていた席について、その様子を見守っている。

 ざわついたのを気にしたのかレイフが手を上げて場を収めた。

「ちょうど来月から、2週間程だと思うが極東支部に偵察に行くことになった。これはさっきウィルが話してくれたこととも少し関係がある」

 これはエイブラハムの提案だった。ウィルのプレゼンを聞き、東の様子を見に行く人員が必要だとやけに騒ぎ立てたのだ。日程はまだ不確定だが、近くレイフが調査のために極東支部に出張してはどうかと提案し、それが決定された。

「Mr.エイブラハムの提案だが、俺はむしろチャンスだと思っている。HQ側がどう動こうとするのであれ、極東地域がいま現在テロ組織の温床になっている可能性は高い。それを調査することでテロ撲滅への近道になればいいと思っている」

 レイフの言葉に、誰もざわつくものはいなかった。そう言われてしまえばそうとしか言いようがなくて、ただ聞くのみだった。

「偵察は1ヶ月以内には行く予定だ。まだ少し時間はあるがそれほど余裕はない。万が一のことも考えて、このタイミングでウィルに指揮権を持たせた作戦の練習ができることも有意義だと思って欲しい。俺からは以上だ」


「スピード落とすなロブ!」

「はい!」

 走るロブの後ろからウィルが声をかける。ロブは今年からチャーリーに配属された新人だ。ウィルの所見では少し持久力がないところが全体のパフォーマンスに影響を及ぼしているのだろう。

「きついか?」

「い、いえ、頑張れます!」

「よし、その勢いだ」

 ウィルはロブの背中をぽんと押した。

 レイフは偵察のスケジュールが近々であることもあり、その準備に追われて訓練に出ることが少なくなった。それもそのはずだ、今回は極東の偵察に加え、極東支部との合同会議や研究発表、訓練などスケジュールも密なのだ。偵察に行くためにはその予備知識や下準備に怠りがあってはならない。

 HQや医療チームと合同で朝から夕方までのほとんどの時間を会議室で過ごしていた。

そのため、ウィルが全体の指揮を務め、メンバーに檄を飛ばしているのだ。

「ロブ、お疲れ様。今日きつかったか? 途中」

「お疲れ様です。いえ、ウィルさんのおかげで頑張れました」

「そうか、いや、タイムも悪くないし、前はもっとバテてただろ? それが今日はそうでもない様子だったから体力ついてきたのかなって」

 訓練終わりにロッカールームのベンチでウィルはロブに話を振った。実際スピードを落とすなと言われて落とさなかったのは大した成長である。前までは一定距離走ると極端に落ちていたスピードも、いまはそれなりに一定を保てている。

「いえいえそんな。でも、そうだと嬉しいです」

「お前最近、夜も走ってるしな」

「知ってたんですか?」

「キャプテンと打ち合わせしてるときに走ってるお前を窓から見つけてな」

 今週初めに、レイフとクレイグと3人で打ち合わせをしていたときのことだった。詰まってきた空気にクレイグが窓を開けた。

 初夏の夜の気持ち良い風が会議室に吹き込み、思わず3人で窓際に寄った。そこで走っているロブを見つけたのだ。

「恐縮です」

「お前は偉いよ。きちんと努力出来るのも才能だ。これからはいつでも付き合うから、よかったら走る前に一声かけてくれよ」

「いいんですか? 最近、夜も打ち合わせで忙しそうですよね」

 ロブは豪快に服Tシャツを脱いだ。そしてウィルの隣に腰掛ける。

「ああ、そうだな、あと1週間もすればそっちも落ち着くから。大丈夫」

「ありがとうございます! 俺、実は最近少し落ち込んでたんです」

 ロブの表情が少し陰る。ウィルもいつかそのことで声をかけようと思っていたが、ロブ自らの口から言わせてしまった。ウィルはもう少し早く声をかけるべきだったかと反省する。

「訓練に全然慣れないし、いつも皆さんの足を引っ張ってるんじゃないかって。こんなので実際の現場に出たら、死んじゃうんじゃないかって」

「こら、縁起でもないこと言うな。お前がここ最近すごく頑張ってたのは知ってるよ、みんな。それに、いまお前を現場に連れて行っても心配する奴は多分いないな。きちんと対処できると思う」

 これは励ましや慰めではなく本音だった。

 ロブはいつも一生懸命だし、その姿勢を微笑ましく見ている者は多い。だがここで、自分もそうだったから気にするなというのは少し違う気がしてウィルは言わなかった。心の中ではいつかの自分とエリオットを重ねていたが。

「それに、今やってる訓練の意味を考えろ。誰かを犠牲にして助かるためじゃなく、みんなで生還するための訓練だ。誰も見捨てたりはしないから、誰も死なない。いいな?」

「はい!」

 ロブはウィルの言葉でいくぶんか励まされてくれたらしい。元気に返事をして立ち上がった。ウィルも隣で練習着から着替えはじめる。15分後からレイフとクレイグと打ち合わせがあるため、それに間に合うように済ませなくてはならない。

「お前は、キャプテンに憧れてBSOCに入ったんだろ?」

「そうです。ウィルさんは、レイフキャプテンに陸軍から引っ張られたんですよね?」

「ああ。あの人はオレの人生も変えてくれた。あの人について行って間違いはないよ。オレはそう思う。だからなにがあってもついていくつもりだ」

 ウィルのその言葉は本音としてロブに届いた。ウィルの言葉には芯がある。ロブは少しの間考えてから話し始めた。

「……俺も、勿論そのつもりです。だけど、俺思うんです。キャプテンの後をついていくウィルさんの背中について行こうかなって。俺のこと一番気にかけてくれて、いつも優しく声をかけてくれるのはウィルさんです。だから、それでいいかなって」

「バカ、それじゃ行列になっちゃうだろ」

「キャプテンの後ろに横並びでも気持ち悪いですって」

「それもそうか」

 2人は笑い合う。もう他にメンバーはいないようだ。ウィルはラフなTシャツと細身のパンツに着替えた。あとはロブがカバンに荷物を詰めるのを待つだけだ。

「すみません、遅くなって」

「いや、オレが話しかけたから、悪いな」

 ロブとロッカールームを出て、最後にウィルが鍵を締めた。これをレイフたちとの会議に行く前に管理部に預けていく。

「じゃあ、しっかり休めよ。頑張るのもいいけど、無理はするな?」

「ありがとうございます、ウィルさんこそ、打ち合わせ頑張ってください」

「ありがとう」

 2人は反対方向に向かって歩き出す。ウィルの窓の外を眺める横顔には、笑みが浮かんでいた。


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