最長距離の遠回り 1
(オレは、彼がオレのことを好きだと知っている)
その彼というのはBSOCトリステル本部アルファチームのキャプテン、レイフ・ベックフォードだ。
ウィルがアルファに移ってから一ヶ月、季節は初夏に差し掛かろうとしていた。
ウィルはアルファのキャプテン補佐という立場についてチームをまとめる役割を担うこととなり、よくレイフと会議などに出席するようになった。
ザカリーはブラヴォーへ異動。そして、エリオットはアルファの後方支援から、ブラヴォーチームのキャプテン補佐へ異動となった。チャーリーの副キャプテンについて、ウィルの後任はクィンシーになっている。その他もいくつかの異動があり、北米支部は新体制を築いている途中である。
この日、HQ上層部やキャプテン補佐も交えた月一のミーティングが行われていた。部隊からはランダムに3名選ばれ、事前に仕込んだ研究発表を行う。今回巡ってきたウィルの番では、最近個人的にクレイグと着目していた極東でのテロ事件微増の件についてプレゼンをすることにした。勿論、共同研究者はクレイグだ。
ウィルは久々に人前で話す機会にやや緊張している。
「トリステルでのバイオテロは大小規模を問わずに見ると減少の兆しを見せています。ですが、極東でのテロは微増している。もっとも、極東という地域柄、増えるはずがないというのが今までの定説でしたから、これは何かの前触れと取ることもできるでしょう」
自分のプレゼンをレイフがじっと眺めている。ウィルは内心そのことに自惚れた。ウィルは珍しくスーツにタイを締め、みんなの前に立っている。
「東部では近年、新種のクリーチャーが見られることも他地域と比べて多くなっています。さらにその生態も、同じく少しずつ強化されている」
「それについては俺からお話しましょう」
同じくスーツ姿のクレイグが、ウィルからマイクを受け取って話し始めた。その艶やかな声はマイク通りもいい。
「現在多くの地域で見られるウイルスにはいくつかの派生系が確認されています……」
クレイグのアイコンタクトでウィルが参加者に資料を配り始める。このあたりの連携は互いを強く信頼しているからだろう。
ウィルがレイフのテーブルに近づく。そして資料を置くとそれに気づいてレイフが見上げた。
「どうぞ」
他には聞こえないような小さな声で、ウィルがレイフに言う。勿論微笑みをプラスして。
それを見たレイフが少し照れてううんと咳払いをする。ウィルの表情に思わず笑みがこぼれる。いつでも純粋にウィルのことを見ているレイフは素直で無邪気な反応を返してくれる。それを見るたびにウィルの心は少しずつまた、彼に引き寄せられていくのだった。
──「……なんだかとっても、熱々の恋人たちみたいな気分になったよ。信頼関係と恋愛を、混同しちゃいけないよ?」
「……もう、混同する域まで来てるかもしれないんだ」
「……え?」
ヒューズの表情が固まる。ウィルは肺の中に溜まっていた息を吐き出した。
「……でも、キャプテンかっこいいし、仕方ないかもなあ」
「……オレはあの人を、守ってやらなきゃって思う。ずっと憧れて来たし、強い男性だと思う。でも、その反面弱いところをオレにだけ見せてきたり、弱音を吐いたりもするんだ……そんな彼をみてると、抱きしめてやりたいって思う」
ウィルはすべて言い切った。いままでクレイグに言おうとしたことは何度もあった。しかし、クレイグ自身は最近頻繁に会議に参加するようになってレイフとの距離も前より近づき、余計なことを考えさせたくないと打ち明けることは避けていて、心の内を吐露することが出来ずにいたのだ。こうして言葉にすると、その思いがいっきに昇ってくる。
「……なんだか、ウィルも大人になったな。医療チームの親友に妬いてる場合じゃなかったか……うまくいくといいね」
「オレは、別にこれ以上を望んでいるわけじゃなかったんだ」
ウィルがため息をついた。ヒューズはその言葉尻をすくい取る。
「なかった、って?」
「……それが、……あの人の態度がどうも変なんだ。きっとオレの勘違いじゃない。なんていうか、…うん、きっとあの人、オレのこと好きなんだと思う」
二人はそのあとしばらく話して店を出た。時刻は16時を指している。これからウィルの部屋へ行こうとしているところだった。
「ヒューズ君! よかった、間に合ったな!」
「エリオットさん!? それに……ベックフォード隊長まで……」
大きな声で呼び止められ、ヒューズとウィルは振り返った。そこにはエリオットと、驚きのあまり目を大きくしているレイフがいた。
「いやね、ウィルに連絡もらって、どうしても会っておきたかったからさ。隊長がぐずぐず服選んでるケツを叩いて帰ってきたんだよ」
それでさっき外に出ていると言っていたのか。ウィルはなるほど合点がいって頷いた。だがこの様子だと、レイフはそれを知らされていなかったらしい。
「エリオットさん、本当にお久しぶりです! さっきウィルからあなたの話を聞きました。僕のこと気にかけてくださってたって……」
「ああ、君の目が印象的でね。謙遜していつも後ろに回ったり目立たない役割に回ろうとしてたけど、こいつは絶対チームに必要な人間になると思ったんだ」
エリオットがさらりと言ってのける。それに照れたそぶりでヒューズが少し俯いた。
「ありがとうございます、エリオットさんにそんな風に言っていただけるなんて光栄至極です……」
「隊長とも今日そんな話をしてたんだよ。な? 隊長?」
「ん? あ、ああ」
そういってこちらを振り返った瞬間に、ウィルと目があった。それに慌てて目を逸らす。 ヒューズはそれを見てそのままウィルに視線を流した。ウィルもこちらを見ていて、アイコンタクトを取った。これはやはり、ウィルの言が正しいだろう。
「隊長まで、ありがとうございます!」
「これからウィルの部屋にでも行くのか?」
エリオットは内心でヒューズのことを結構気に入っているようだ。確かにヒューズは、先輩から可愛がられるタイプである。ウィルはそんなヒューズとエリオットを引き離すのが苦に思えて提案をすることにした。
「ええ。積もる話がまだまだありまして。良ければお二人も来ませんか?」
「お、いいね。酒でも買ってくるよ。キャプテンは? どうします?」
「……俺は、このあと実は予定があるんだ……」
本当に惜しいというような顔をする。これは嘘ではないのだろう。エリオットもそれを察したのかその背中をばんばんと叩いた。
「わかりましたよ! じゃ、俺が二人の話をじっくり聞いておいてやりますから!」
「ああ……頼むよ」
あからさまにしょんぼりとした様子を見せるレイフに、ヒューズもウィルも笑い出してしまいそうなのを堪えた。
その後はエリオットを含めた三人で色んな話をした。いまヒューズが抱えている新人のこと、エリオットの姉がエジプトに旅行に行ってからそこに住みたいと言って止まないこと、仕事のこともプライベートのことも何でも話した。
「それで? ウィルは少しは恋人でも出来る気配はあるのか?」
「いえ何にも」
「あの、エリオットさん、つかぬ事をお聞きしますが……」
「ん?」
エリオットはグラスにつがれたビールをぐっと飲み干した。そこにせっせとヒューズがビールをつぎながら訊ねる。
「ベックフォード隊長って、恋人はいらっしゃるんですか?」
「いや、いないけど。いたらせっかくのオフに俺と買い物なんか行くわけないだろ? お前ら自分を見てみろよ」
そういってからからと笑うエリオットに、つられて二人も笑った。ヒューズもウィルも、もうしばらく恋愛から遠ざかってしまっていた。
「じゃあ、好きな人とかって、いるんですか?」
「あー、それは俺聞いたことあるぜ」
ヒューズがその言葉に反応する。ウィルはその一瞬で胸がどきりと高鳴った。これがどういう展開に転ぶのか、知る由もない。
「えっ、どんな方か知ってるんですか?」
「ん? え? 気付いてないの?」
ヒューズの問いかけに、エリオットが逆にきょとんとした表情で言い放った。ウィルの鼓動が一層早くなる。
「……お前もうその顔わかってんだろ? 顔、真っ赤だぜ」
ウィルの肘をエリオットが突つく。ウィルは次第に自分の顔が紅潮していくのがわかった。
「やめてくださいよエリオットさん……オレ、あれ以来そういうことなかったんです……本当に恥ずかしい……」
「お前もその気なら、もうさっさとくっついちまえよ。あの人の惚気きくのもうんざりだ」
「……頑張ります……」
ウィルは真っ赤な顔で頷いた。




