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君が大人になってしまう前に 19

”ごめんウィル! 今日はやたらと信号に捕まってさあ。少し遅れそう”

「ああ、大丈夫だよ。ところでちゃんと場所わかるか? 表まで迎えにいこうか?」

 ウィルはソファから立ち上がった。北米支部のエントランスはセキュリティ管理上HQも寮もひとつにまとめてある。

 そこは大理石作りの洒落たつくりになっていて、カフェなども入っており、メンバー同士の待ち合わせやHQメンバーたちの昼食などにも使われる。そのエントランスの端にある三連の黒いソファはウィルのお気に入りだった。

”大丈夫、ウィルは本当に心配性だな”

「お前はいつも演習で道に迷ってたからな。心配にもなるさ」

”そのたびにウィルはいつも助けてくれた。懐かしいな”

「ほら、感傷に浸ってないで早く来いって」

”うん、待ってて。じゃあまた後で”

 ウィルは通話を切ってぐっと背伸びをした。最後に会ったのはあの女性と別れる少し前のことだった。

「おお、ウィル君じゃないか」

「オズウェルさん! おはようございます!」

 少し遠くでスーツ姿のオズウェルが手を上げているのが見えた。ウィルは軽やかに立ち上がって駆け寄る。

「これからデートかね?」

「残念ながら、相手は陸軍時代の親友です」

「おお、そうか。……ここに君が来てはや2年……いや、もっとか?」

「ええ。もうすぐで2年と半年になります」

「そうか……つい最近のことのように思うね」

 感慨深くオズウェルが頷く。それをウィルは柔らかい目で見つめていた。

「そうですね、とても濃密だったので早く感じます。俺はその分、ちゃんと成長出来たでしょうか」

 誰に問いかけるでもない言葉。それでもオズウェルは、大きく頷いた。

「君はたくさんのことを経験して、大人になったよ。あの頃のような青い青年ではない。あの頃の青さも、我々にはないものだったから眩しく見えたが、いまのようにスタイリッシュな大人になった君も、人間的にはとても価値がある」

「いえそんな……」

 オズウェルの言葉は重厚感がある。ウィルは謙遜のつもりでもなんでもなく、素直な気持ちで頭を振った。

「先日ね、レイフ君がこちらへ来て、ウィルがいつの間にか大人になってしまったと寂しそうにしていたよ。この間クレイグと三人で飲んだそうだね?」

「ええ」

 もうあれから1ヶ月くらい経つだろうか。あの日はとても楽しかった。

「次は私も混ぜてほしいな。少ししたら君たちにもお話ししなくてはならないこともあるだろうから」

「大歓迎です」

「それじゃあ、私は行くよ。これから1週間ぶりに家に帰るんだ。こんな風に妻を悲しませる男になっちゃいけないよ」

「ありがとうございます」

 ウィルは頭を下げる。それにオズウェルは優しい眼差しと手を振ってその場を去った。

「ウィル! ごめんお待たせ! すごいなBSOCのエントランスは」

 オズウェルと入れ替わるようにヒューズがこちらへかけて来た。懐かしい顔にウィルの表情も思わず緩む。

「迷わず来れたな」

「いまじゃ訓練でも迷わないんだからな」

「へえ。すごいなそれは。さ、何が食いたい?ここで食べてもいいし、外へ出てもいいし」

「せっかくBSOCに入れたんだ。ここで何か食べたいよ」

 そう、今日はわざわざヒューズが北米支部が見たいというのでここを待ち合わせ場所にしたのだ。エントランス部分は誰でも入れるようになっており、そこからさらにHQや寮に行くためには厳重なセキュリティを通らなくてはならない。

「わかった。そうだな、まあわりとなんでも揃ってるから好きに選んでいいよ」

「んんー、じゃああそこにしよう! いまはハンバーグって気分なんだ」

 キョロキョロと辺りを見回すとヒューズはひとつの店を指差した。そこはウィルもお気に入りの店だ。

「ああ、いいよ。あそこは俺も良く仲間と行くけどうまいんだ」

「そう、じゃあ期待できるな」

 二人は並んでその店へ向かった。ハワイアンモチーフの店内には陽気なBGMが流れ、客席はソファのゆったりとしたつくりになっている。二人は窓際の席に座るとメニューを開いた。

「ところで、BSOC生活は楽しい?」

「ああ、毎日が新鮮で濃厚だよ」

「なんか前に会った時と、変わった?彼女は?」

 ヒューズがメニューよりもこちらに集中してしまっているのを見て、ウィルが顎をしゃくる。ウィルはいつも頼むメニューがあるからあとは実質ヒューズの決定を待つだけだ。ヒューズはそれに気づいて再びメニューに目を移した。

「彼女とはもうずっと前に別れたよ。あのあと、少ししてからかな」

「そうだったのか……それからは?」

「別に意識的に控えてるわけではないけど彼女はいないな。まあ、そのうちね」

 ヒューズがメニューを決めた仕草を見てウィルは店員を呼ぶ。店員に注文を告げるとメニューを畳んだ。

「そっか。前に少し苦手になったっていってたベックフォード隊長は?いまも同じ部隊なの?」

「いや、いまは俺から志願して違う部隊にいる。まあ少ししたら、隊長のいるアルファに戻るみたいだけどね」

 ウィルは水をあおった。ザカリーの成長も順調にきているし、部隊再編の話もちらほら出てきていると聞く。あとはそのときを待つだけとなった。

「へえ。アルファって北米支部の中でもベックフォード隊長率いる精鋭部隊だって聞くよ。……じゃあ、いまも変わらずウィルは優秀なんだ」

「そんなことないよ。陸軍時代はヒューズに支えられて、いまは高校時代の友達や隊長、先輩たちに支えてもらいながらなんとか踏ん張ってるんだ」

「少し、その友達や先輩たちの話も聞かせてよ」

 ヒューズが両肘をテーブルについて笑った。ヒューズの笑顔はウィルの心を解きほぐす。柔らかな声と、優しい口調はあの頃と変わっていなかった。それが余計に、ウィルの口を滑らかにした。

「そうだな、陸軍時代にも話したことがあったと思うけど、俺の高校時代の友達がいま、HQにいるんだ。奴は大学を飛び級していて、俺と同じ年にHQに入ったらしい。大学で専攻していた医学を活かして、いまは医療チームで研究に勤しんでるよ」

「君の周りには優秀な人が多いな」

「あいつは俺の誇りでもある。毎日俺の部屋に来て勉強を教えてくれたり、辛いって弱音を吐いたときは叱咤してくれたり、黙って隣にいてくれた。慰めてはくれなかったけどね。でも、それでいいと思ってる。本当に感謝しきれない」

 クレイグに対する感情は感謝の一言でまとめ切れるものではない。

「いい友人を持ったな。陸軍一の親友を自負してたから、少し妬けるよ」

「いや、ヒューズも俺の誇りだよ。お前がいなきゃ俺は陸軍で孤立していたかもしれないし」

「ありがとう、光栄だよ」

 そこへ店員が注文の品を運んで来た。肉の焼ける香ばしい匂いが、空腹の2人の鼻をくすぐる。ウィルの頼んだラウンドステーキは、この店自慢の一品だ。

「うわ、美味しそう」

「こっちも美味いから食べてみて」

 そう言って自分の肉を少し切り分ける。ヒューズも同じく切り分けてウィルの鉄板にのせた。

「さっき言ってた先輩ってのは?」

「ああ、先輩はお前も陸軍との合同演習で世話になったエリオット先輩だよ。あの人にはスナイパーとしての技術だけじゃなく、ここに馴染めるようにしてもらったり、隊長に言えない悩みを聞いてもらったりもしたんだ」

「……俺も会いたいな。エリオットさんは覚えてないかもしれないけど」

 少しだけ寂しそうに付け足すヒューズにウィルが笑う。そんなことはない、エリオットはウィルがBSOCに来てすぐにヒューズやあのときのメンバーのことを聞いて来たし、そのときよくヒューズとは連絡を取ると話すとたびたびそのことを聞いて来たのだ。

「いや、何度かお前のことも聞かれたよ。あの謙遜ボーイは元気にしてるかって」

「え、それおれのこと?」

「ああ。一度チームを組んだ奴のことは忘れないんだってさ」

「エリオットさん……」

 感激の色を呈するヒューズの表情にまた、ウィルは笑った。ヒューズは喜怒哀楽の怒と哀はそれほど表に出さないが、喜や楽の感情はよく表に出す。

「なんなら、電話してみようか? もしかしたらオフだし、いるかもしれない。あの人オフはいつも出かけちゃうから、望み薄だけど」

「本当? ぜひお願いしたいよ」

 ヒューズの答えを聞くとウィルは端末でエリオットを呼び出した。

”もしもし? ウィル? どうした”

「すいません、オフなのに」

”いや、構わない”

「いま、ヒューズが遊びに来ていて。ヒューズがあなたに会いたがっていたので、もしお手すきならお相手願えないかと」

”あー、悪いな。いま外なんだ”

「あ、すみませんお楽しみのところ。だったらヒューズに伝えておきます」

”ヒューズ君にも言っておいて”

「はい、ありがとうございます」

 ウィルは通話を切ると少々バツの悪そうな顔をした。

「ごめんな」

「うんん、掛け合ってくれただけ嬉しい。ステーキ冷めちゃうよ」

 ヒューズの少し困ったような笑い顔はウィルの罪悪感を少しだけ増幅させる。けれどそれを言うとヒューズが今度は落ち込むから、いつも言わないのだ。

「それで、いつアルファに戻るの?」

「ここ1、2ヶ月の話だ。もう隊長と約束してしまってね。本当はもう少しデルタで学びたいこともあったんだ。アルファに戻ったら多分、隊長は他に移してはくれないだろうしね」

 きっとレイフは、この先ウィルを他へ移そうとはしないだろう。だからそばにいる。だがレイフは、きっとウィルのためになると思ったら切ない顔をしてウィルの背中を押すだろう。そのとき自分は、もうそんなキャリアアップは要りませんと言えるほどになっていなくてはならない。

「でも、戻ることを選ぶ、か」

「ああ。俺はあの人にとっていなくちゃならない存在で、あの人は俺にとっていなくちゃならない存在なんだ。だから、もう迷うことも何もない」

 それはレイフの視線や態度ですぐにわかる。自分は彼に必要されている、と。そして無論、自分も彼を必要としている。

「……なんだかとっても、熱々の恋人たちみたいな気分になったよ。信頼関係と恋愛を、混同しちゃいけないよ?」

「……もう、混同する域まで来てるかもしれないんだ」

「……え?」

 ヒューズが思わず聞き返すと、ウィルは頭を抱えた。



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