君が大人になってしまう前に 18
「で? 俺に何をしろと?」
ウィルの部屋にやってきたクレイグは部屋着のままだった。
「部屋を片付けるか、買い物にいくか」
「ベックフォード隊長が来るのは何時?」
「20時半」
そう言われて部屋の時計を見る。時刻は19:40を指している。
「おい、あと一時間もないじゃないか」
「そうなんだ、だから頼む」
「お前な、無茶言うなよ」
「お願いだよ」
「……メニューは? 何にすんの?」
クレイグはウィルの頼みに弱い。それを知ってか知らずかウィルはこうして、無茶なお願いをするのだ。それを引き受けてしまう自分も馬鹿だと思う。
「酒に合うもの。それならなんでもいい。お前のセンスに任せるよ」
「はいよ。じゃ、部屋片付けておけよ」
「ああ」
クレイグはひらりと手を振って部屋を出て行った。ウィルは改めて自室を見る。テキストや資料がテーブルに山積みになっており、とても三人で酒を飲める状態ではない。
ウィルは腕をまくるとすぐさま片付けに取り掛かった。
「そうか、よくオズウェルさんから聞いていたよ。それにしても高校の同級生なんてなぁ」
少し酒が入ってレイフの顔は紅潮している。
「ええ。俺もまさかこんなところで会うなんて思ってもいませんでしたよ」
そういってクレイグが笑って見せる。買い物から帰ってきたときにはすでに部屋着から着替えていたようで、いまは深いブルーのニットにジーンズという出で立ちだ。そういう細やかな気の回しが出来るからこそウィルも安心してレイフに会わせることができる。
「それでずっと、ウィルがBSOCに来た頃から支えてくれてたのか」
「支えるっていっても、ただ一緒に過ごしてただけですがね。時折弱音も聞きましたが、俺は慰めたりはしないので、支えになっていたかどうかは定かではありません」
クレイグはあっけらかんと言い放った。これが本音というのはわかるが、きっとウィルはクレイグが思っている以上にクレイグに助けられているのだろう。レイフの目には二人の関係が明確に映った。
「ウィルはどんな学生だったんだ? やっぱり真面目だったのか?」
「ええ、真面目に勉強してたから大学いくのかと思ったら、陸軍なんていうんで驚きましたよ」
「そうか……やっぱりな。部活は何をやってたんだ?」
「俺はバスケット、こいつは水泳です」
クレイグの一言一句にうんうんとレイフは頷く。酔いのせいでなんでも楽しくなっているのだろう。
「へえ。確かにクレイグ君は身長も高いからな。俺は185cmだが、俺より高いだろう?」
「187cmですね」
「細身なのも手伝ってもっと高く見えるな」
「ウィルは? お前いくつだっけ?」
「……178cm」
体格に恵まれなかったと常日頃嘆いていたウィルにとっては、身長の話題は嬉しくなさそうだ。それでも構わずレイフが続ける。
「競泳か?」
「ええ」
「こいつこう見えてキャプテン務めるくらいだったんですよ。俺らの学校でこいつの右に出るものはいませんでしたね、水泳に関しては」
「ほう」
いくらか嬉しそうにレイフが頷いた。
「ねえそんなことより、研究の話をしましょうよ。俺の話はもういいですから」
ウィルが照れ臭くなったのかレイフに訴える。レイフがウィルの話を聞きたがるから遮るタイミングを逃していたが、いよいよ我慢できなくなって来た。
「ん! ウィル、これ美味いよ。酒に合う」
「ありがとうございます」
「あ、こっちの俺が作ったんで食べてください。アボカド好きですか?」
「ああ、好きだ。ありがとう、頂くよ」
クレイグに勧められて、レイフがアボカドに手を伸ばす。
「これなんかは女の子が好きですよ。塩漬けにしておいたレモンを、アボカドに振って黒胡椒で整えれば出来ますからね。覚えておいて損はないです」
「クレイグ君は女性経験豊富そうだな」
「こいつは男でも見境ないですよ」
ウィルが何気無く言った言葉にレイフの表情が固まった。クレイグはくすりと笑う。
「俺は別にウィルでもイケるって言うんですがね、こいつがなかなかガード固くて」
「お前な、余計なこと言うなよ。俺は本当そんなことないんで。こいつとかないです」
「本当かー?」
「ああもうねえキャプテン、こいつがこんな調子で言うことは九割九部嘘なんですよ。信じなくていいですから」
なんといっていいかわからない様子でレイフが眉尻を下げている。
「ね? キャプテン?」
「……ああ、驚いたよ、クレイグ君はなんていうか、辛口なギャグを言うもんだな」
「免疫がない人には止めておけって言ってるんですが」
ウィルは甲斐甲斐しくレイフのグラスに酒をついだ。
「ああ、でも若くていいな。確かにクレイグ君は女性に人気がありそうだし」
「憎いですが、それが事実です」
「でもここ2年、彼女は作ってないんですよ」
クレイグは思い切りグラスの中の酒を煽った。ウィルは近くに水を置く。クレイグはウイスキーに酔いやすい。
「そうなのか? どうして。君なんか引く手数多だろうに」
「んー、やっぱりそれも、ウィルのせいってことになるんですかね?」
「やめろよ。お前が恋人を作ろうが作らまいが俺には関係ない」
レイフもいよいよクレイグに慣れたらしく、ハハハと豪快に笑った。次はそれにウィルがきょとんとする番だった。
「二人は本当に仲がいいな! 俺もそんな友だちがほしいよ」
レイフが幸せそうに笑う。
「あなたが楽しいならいいか……」
ウィルの呟きはすぐに空気に溶けた。




