君が大人になってしまう前に 17
「ウィルよりHQ、これよりアルファ1に合流します。アルファ1に負傷者が一名出た模様。1人デルタ1より負傷者の手当てに当たります」
”HQよりウィル、了解。これ以上負傷者を出さぬようにな”
「わかってます」
無線から聞こえるオズウェルの声音が心配の色を呈している。ウィルは報告を終えるとレイフの元へ向かった。
「ベックフォード隊長! デルタ1合流しました!」
「早かったな、助かるよ。さ、さっそく仕事だ。あそこの敵を全部撃ち落としてくれ、あいつら銃などの飛び道具を使うんで厄介なんだ。いけるか?」
ホテルの上層階からこちらを狙ってくるクリーチャーたちの姿が見える。レイフたちはしゃがんで遮蔽物に身を隠したり、建物の影に隠れたりしながら応戦していた。
「問題ありません。全部落とすまで少し敵の弾が当たらない位置にいて下さい」
「悪いな」
「ウィルよりデルタ1、アルファ1、これより敵の掃討を行います。しばし遮蔽物に隠れて待機して下さい」
レイフが他のメンバーにも下がれのハンドサインを出す。それと同時にウィルこら飛んだ無線を聞いてみな意を解し、身を隠した。
ウィルは1人立ちながらライフルを放つ。レイフはウィルのとなりでしゃがんで身を隠しながらそれを見ていた。ウィルの放つ弾は的確に一体ずつ、ときには二体まとめて撃ち落としていく。
「また腕上げたな?」
「あなたの背中を守るならこれくらいしないと」
そういって冗談めかして笑うウィルがひどく大人に感じた。エリオットに仕込まれた一年間、そしてザカリーの教育をしながら自らの腕も磨き直したというこの一年のどの瞬間も、ウィルは無駄にはしていなかったのだろう。
「なぁウィル!」
「なんですか!」
狙いを定めたまま、騒音に消されぬよう大きな声で聞き返してくる。正直ここでする話ではないとわかっていても、レイフは続けた。
「またアルファに、戻ってくるつもりはないか!」
「俺、今口説かれてます?」
「ああ、ものすごく口説いてる!」
少しやけくそに似た気持ちでそういってやるとウィルの横顔が少し照れた。
「まだチャーリーでやり残したことがあります!」
照れた横顔に一瞬期待したが、返ってきたのは望んでいない回答だった。レイフの気持ちが萎む。
「ですが! ……あと半年だけ待ってくれれば、あなたに口説かれてもいい!」
そういってライフルを敵に撃ち込んだウィルの横顔は笑顔。レイフは心が腫れていくのを感じた。
「よし、ウィルよりデルタ1、アルファ1、敵の掃討終了しました」
「レイフよりアルファ1、これよりフェーズ4に入る。デルタ1はこのまま近辺の敵の掃討に当たってくれ。アルファ1はついて来い」
「キャプテン!」
駆け出そうとしたレイフの背中に、ウィルの声が投げかけられる。レイフは慌てて振り向いた。
「さっきの言葉、忘れないで下さい。この件が終わったら、少し俺にあなたの時間をくださいませんか?」
「……わかった」
レイフは頷いて駆け出した。ウィルと時間をとって話すのも久しぶりだ。部隊が変わってからはそんな機会などなかった。
レイフは気を引き締め直して先に向かったアルファ1を追った。
「キャプテン、すいません遅くなって」
「いや、構わない」
小会議室へウィルから呼び出しを受けていたレイフは部屋に慌てて入ってきたウィルをみて手を上げた。
「最近特に冷えますね。廊下なんか頬が痛いです」
「そうだな、去年は暖冬だったからその反動で寒く感じるのかもしれんな」
ウィルが抱えてきた資料はこのところずっと気にかけていたザカリーのものらしい。ちらりと名前が書いてあるのが見えた。
「ええ、去年は雪の日が少なかったですからね」
ウィルが窓の外へ視線を投げる。外は大粒の雪が降り続いていた。
「すみません、本題に入ります。ザカリーの件なのですが、最近相談を受けましてね。デルタはいわば守りのチームですが、自分の方向性とはちょっと違うかもしれないって。あなたに憧れてきたから、前線で戦いたいという気持ちが強いそうです」
「そうか……」
こんなに言いづらいこともきちんと吸い上げられるということは、ウィルはザカリーに相当信頼されているのだろう。
ウィルは特別甘やかしたり、どこかへ連れて行ってやるといったことはしないタイプだが、訓練の合間や終了後に声をかけているのは知っている。そういう細やかな気遣いや、誰とも隔てなく接し、明るくムードメーカー気質なところが人を安心させるのだろう。
「ええ。そもそもチャーリーは攻撃用に作られたチームじゃないですから、そうなるのは必然です。だから、逆にアルファやブラヴォーで、こっちに回した方がいいような人はいないかなと思いまして」
そう言いながら資料を探るところを見ると、もうザカリーとトレードしたい人物を見極めているといったところだろう。
「そうだな……トレードするのも悪くないが、もう一度隊を再編成するのはどうだ?」
「……それ、俺アルファに戻ることになります?」
「うん」
レイフが素直に頷く。勿論それを企んだ発言だ。約束の半年まであと三ヶ月。
レイフはウィルがアルファいない寂しさや心許なさをいままで感じて来た。デルタに移りたいと言われた日からその気持ちは変わらない。自分が構ってやれなかったことも、ウィルに移籍を希望させる理由になったのかもしれないと思うとやりきれなかった。
それからはデルタに移っても毎週具にウィルの成績をみていたし、ヴィンスに様子を聞いたりもしていた。最初はわざわざ聞いてくるレイフにヴィンスは戸惑っていたようだが、悪いと思いながらも素直に話すと理解してくれたようで自ら報告をしてくれるようにもなった。
「……あー! もう! キャプテン、それとても嬉しいんですが! こういうときにいうの止めてください。俺、前に言ったでしょう? ザカリーを一人前にするまで、半年待ってくださいって。それまでは俺はデルタにいなくちゃならないんです」
テンションが上がってしまったのか、ウィルは照れながらまくし立てた。
「それは重々承知だ。だからザカリーも一緒に──」
「それは無理です。あいつをいれるならブラヴォーだ。でもまだあいつはブラヴォーにいくべきじゃない。もう少し、それこそあと三ヶ月はデルタで経験を積ませないと。それはあいつに言って聞かせるつもりです。だからそのことも気に留めて、ブラヴォーとアルファのメンバーを見ておいて頂けませんか?」
ウィルはレイフの目をみた。そのために今日資料を持って来たのだ。
「……わかった」
「ありがとうございます。……あのさっきの、お気持ちは本当に嬉しいんです」
「それもわかってる」
「ならよかった」
ウィルの言葉を最後に、部屋に沈黙が落ちた。それでもそれが、嫌な沈黙ではない。レイフは取り留めもなく考えていた。
こんな風に、対等に話ができるようになったのはいつからだろう。ウィルがアルファに戻るという約束をしてからいままで、レイフはウィルと意見を交わすことが増えた。
メンバーの中でも一番よく他人をみているし、客観的思考に優れている。それに今までに二回ほどではあるがウィルの方からレイフの部屋にコーヒーを持って訪れては夜遅くまで議論を交わすこともあった。勿論、オンとオフはわけているから、このように公式に、会議室をとってウィルがメンバーのことを相談しに来るということはこれが初めてだったが。
「いつもよくザカリーの世話を見てくれて助かるよ」
「いえ。あなたにばかり負担をかけるわけにはいかないので」
「……今日これから時間あるか?」
「ええ。勿論」
その勿論は、レイフのためなら時間を空けてくれるという意味なのか、それとも訓練のあとは予定は入れないとこにしているという意味なのか。いずれにせよ思いついたレイフの企ては成立した。
「じゃあ少し飲まないか?」
「二人で、ですか?」
「あ、いや、誰か誘いたいなら誘ってもいい」
ウィルは少し考えてから少し笑った。
「じゃあ、俺の親友を呼びます。いまや医療チームのエースと言われてますから、あなたの聞きたい話も出来るでしょう」
「ああ、助かるよ」
レイフは頷いた。ウィルが腕時計をちらりと見やる。
「では、……何時からにしましょう? 俺は何時からでもいいですが…」
「そうだな、風呂に入ってからにしよう。どこかへ食べにいくか?それとも部屋がいいか?」
そういうと資料をまとめながら少しウィルが迷うそぶりを見せた。
「そうだな……少し砕けた方がいいので、部屋にしましょう。料理は俺たちが用意します。じゃあ、20:30に俺の部屋まで来て頂けますか?」
「ああ」
「じゃあ、一旦解散で」
そういってウィルが席を立った。予定時刻まではあと一時間ある。
「それじゃ、また後でな」
会議室を出ると、それぞれ反対方向へ向かった。レイフはそのまま風呂へ、ウィルは自分の居室へ。振り返ってレイフの姿が見えなくなったのを確認するとウィルは慌てて端末を取り出した。そしてクレイグをダイヤルする。
「クレイグ」
”おお、どうした?”
「大至急俺の部屋に来てくれ」
”いや、大至急っていま俺風呂上がりで全裸なんだ”
「構わない。いますぐにだ」
”俺の全裸に興味あんの?”
ウィルは部屋までの階段を駆け上がる。
「ふざけるな。お前に邪心を起こすことは万に一でもないと思え」
”冷えな。はいはい、1分でいくよ”
「ああ」
ウィルは電話を切るとそのまま自室へ飛び込んだ。




