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君が大人になってしまう前に 15

「感染者及び被害者は約28名。全員死亡。俗にいうベルガ=ランド・シーサイドモール事件だ。世界で初めてヒトに変異ウイルスが打たれた悲惨な事件だった」

「……そんな経験をされていたなんて……」

「エリオットの話は聞いているのか」

「ええ。それでご両親を亡くされたと」

「俺も知ったのはずいぶん後だ。あの時他に自分と同じ年令の子どもがいたとは思わなかった」

 ヴィンスはぐっと背伸びをした。ウィルは時間も忘れてヴィンスの話に聞き入っていた自分に気がつく。

 エリオットからはかなり最初の段階で、ベルガ=ランドの生き残りだと言われたことがあったから知っていたが、まさかヴィンスもそうだったとは。

「それから俺は、士官学校を経て警察特殊部隊に入った。特殊部隊隊員になって1年くらいが経った頃。俺は21歳になった。あのときのレイ兄さんの年齢を超えた。その頃に出くわしてしまったんだ、俺はとことん運が無いらしくてね」

 そういってヴィンスは背伸びをした。そしてその横顔は、笑っている。ウィルはひとりでに動悸が激しくなるのを感じた。

 これまで少なくない時間を過ごしてきたし仲良くしてくれたとも思う。それなのに何もヴィンスのことを知らなかった。

「まだベルガに比べたら記憶にも新しいかな、オークワイオ・シティ・ビルにはその日要人警護のために向かったんだ」

「オークワイオ……」

「地上68階で会議なんて正直馬鹿だと思ったよ。彼は嫌われ者だったから地上に近いところにいたほうがいいと助言してはいたけれど、それじゃあ品位が保たれないとか言ってたっけな。俺には理解できない人だった」

 そう言い放つヴィンスの横顔は暗い。

「ウイルステロを仕組む連中は頭がいい。あの人の性格や行動パターンもすべて良く知ってる。あの人、タバコを吸う時だけは1人になりたがるんだ。もちろん喫煙室には先に俺達が入って安全を確認してから入室してもらうけど、安全確認をしたというこちらの認識をうまく利用したんだ。俺達は喫煙室の中は安全だからと思い込んで、喫煙室に背を向けて立っていた。中から出てきたその人の体には、爆弾のようなものがベルトで巻きつけられていたんだ」

 人体に設置されたウイルス爆発装置が原因で感染が拡がったことは調査書で読んだ。調査書があまりにも密に書かれたのは、この当人が書いたからだったのだろう。

「俺はすぐに爆弾処理班の元へ向かった。ちょうどオークワイオは特殊部隊の本部から近かったからすぐに来てくれたよ。俺もすぐさま処理班のいる一階に向かった。だがそこにいたのは、BSOCのメンバーだった。そこでエリオットとオズウェルさんに初めて会ったよ。まだオズウェルさんが現役だった頃の話だ。そのときのエリオットなんか狼のような表情をしていたよ」

 過ぎたことだからそんなふうに笑いながら言えるのだろうか。



──事件当日。オークワイオ・シティ・ビルの一階部分には、警察特殊部隊とBSOCが集まっていた。

 その騒ぎに街の人々は立ち止まってみていたが、エリオットが「爆弾だ、早く逃げろ」と嘘を投げ捨てるとワッと声を上げて逃げていく。

 エリオットはフルフェイスのヘルメットをかぶるとグローブをはめながら爆弾処理班の隊員の一人を押しのけて無線を奪った。

「たった今から警察特殊部隊の爆発処理班は我々が仕切る。残念ながら爆弾の解体しかできないヤツにこの仕事は片付けらんねえからな」

 押しのけられた隊員は不服そうに無線を奪い返そうとしたが、それを後ろからオズウェルが押さえる。その日、BSOCには挑戦状とも取れる内容のメールが送られてきていたのだ。

それを見てやってきたBSOCのメンバーたちがここに来て耳にしたのは、68階で爆弾騒ぎが起きているということ。

それが爆弾ではないことは、BSOCのメンバーであれば容易に想像できた。

「各爆弾処理班メンバーに告ぐ。これから指揮権はBSOCが頂く。今68階でお偉いさんが抱えてんのは爆弾じゃない、解体したらあんたらもゾンビになっちまうぞ。とりあえず一旦撤退だ。ここは俺らを信頼してBSOCに任せてくれ」

 無線からそれだけ言い放つとオズウェルにアイコンタクトを取った。

「エリオット、1階から5階までのエスカレーターは止めたか?」

「ああ」

 2人はヴィンスをおいて、ビルの通用階段のドアを開ける。ヴィンスは二人の背中を追う。

「どこにいくんですか」

「どこって、決まってんだろ68階だ。SPさんはここにいな」

「SPじゃない、警察特殊部隊だ」

「どっちだっていいだろ。この件に関して素人だってことはSPでも特殊部隊でも変わんねえんだから」

「俺の守ってた要人なんだ、俺も行きます」

「ダメだ、クリーチャーになりてえのか」

 それだけいってエリオットは階段を登り始めた。オズウェルは何も言わず2人のなりゆきを見守っている。

 ヴィンスも構わず階段を登り始めた。

「クリーチャー化希望か、変わり者だな」

「あなたたちはこの件に関して"素人"じゃないんでしょう。だったらあなたたちのそばにいればクリーチャーにならない」

「いつでも成功するわけじゃないんだ」

「俺は、もし次こんなことがあったらもう逃げないって決めたんです」

「次?」

 これは本心だった。あのとき、レイをおいて逃げなければよかった。2人で生きて帰りたかった。もう逃げたりはしない。どれだけ後悔しても死んだ人は戻らないとわかっている。だから未来に向かって咲く命だけは、守りたい。

「俺は10歳の頃ベルガ=ランド・シーサイドモールでの事件に遭遇しています。そのとき大事な人をおいて逃げた。だから、もう逃げない」

 オズウェルが息を呑んだのがわかった。エリオットも階段を登る足を止めた。

「今の言葉に嘘はないか」

「ああ」

「……なあ、いいだろ?」

 エリオットはヴィンスの答えを聞くと振り返ることなくオズウェルに言った。

「……仕方ないだろうね」

「わかってんならさっさと準備させてやってくれ。俺は先に行ってる」

「ああ。くれぐれも気をつけなさい」

 そういうとオズウェルは「来なさい」といってきた道を戻り始めた。

「あの、どこへ?」

「君、名前は……ヴィンス・オルグレン君か」

「どうしてそれを……?」

「あの事件の被害者でエリオットと同い年といえばすぐにわかるよ。何度も見たからね」

 それからヴィンスは特殊部隊の制服にウイルス用の重いヘルメットをかぶり、オズウェルとともに68階まで上がった。

 5階までは階段で、そこからはエレベーターで。すべて従業員用のものを使っていたから避難させていた客達とはすれ違わなかった。むしろ裏側は驚くほど静かで不気味だった。

「遅かったな。もう本体は無効化しちまったよ」

 2人がようやく辿り着くと、エリオットは要人にまかれていた爆弾物を床に置いてその前に立っていた。

 その横にはシーツで何かがくるまれている。

「エリオット、また1人で動いたのか!? あれほどやめろと言ったのに」

「わかってる、悪かったよ」

 オズウェルが怒るとエリオットは手を上げてうんざりという様子で首を振った。その頬や手首周りには血が付いている。

 エリオットはしゃがんで、その足元のシーツをめくった。

「……だが、当人と数名はもう手遅れだった」

 見えたのは変異した姿の要人だった。変異した部分は人間のものではない。硬化した皮膚もあれば、何かに蝕まれ崩れ落ちてしまった部分もある。

 思わずヴィンスは目を背けた。あのときは暗がりだったからこんなふうに直視したことはなかったけれど、こうしてみてみると吐き気をもよおす。

「ところで、ここに来るまでの間に2人組男がいなかったか? アタッシュケースみたいなモンを持ったやつ……」

「いや。私とオルグレン君は見ていないな」

「……そうか。ヤツ、妙なマークの入ったケースを持っていたんだ。最初は逃げ遅れた客かと思って避難するよう言ったんだが、どうも怪しいと思ってな」

「そうか。念の為あとでそのマークは記録しよう」

 オズウェルは足元の死体に視線を落とす。かたわらにエリオットもしゃがみこんで話し始める。

「おそらくコレを取り付けられた時にウイルスを打ち込まれたんだろう。解体された場合の予防線だったんだろうな。てかおい、オルグレン、大丈夫か」

 やはりこの男も、自分の名前を知っていた。そう思ったのは一瞬で、ヴィンスは吐き気に口元を抑える。

「……エリオット、シーツをかけてやれ。オルグレン君、トイレに行こうか」

「そこの通路を少し行って右折だ。走れば間に合う」

 その言葉を聞くなりヴィンスは走った。そして個室に入るとすべてを吐き出した。

「大丈夫か」

「……すみません」

「みんな最初はそんなものだ、大丈夫さ。エリオットが少しおかしいだけなんだ」

 個室から出てくるとオズウェルがハンカチを差し出したが、それをやんわり断ると近くのソファに腰掛けた。

 ビルの下部はショッピングモールになっているが上階はホテルになっているようだ。ふんわりとした柔らかいソファに沈む。

「あの人も、ベルガ=ランド事件で……?」

「ああ。10歳の頃そこで両親を亡くしてね。私が親代わりとなってあの子ら姉弟を育てているんだ」

「……あなたたちは、BSOCですね」

「そうだ。……あの当時はまだ空軍の分隊のような扱いでね。近頃はウイルステロを企む輩が多くて、不本意ながら軍としての機動力も向上し、出動回数が増えているんだが」

 きっとこんなところで落ち着いている暇ではないのだろう。だがオズウェルはヴィンスが落ち着くのを隣で待ってくれている。

「俺も、BSOCへ入れてください」

「よせ。君のような優しい人間が来るところじゃない」

「俺は優しくありません。大好きな兄を、モール内に置いて逃げてきたんだから」

「いや、さっきから階段を登って来る時見えるホテル内の様子を気にしていたし、従業員用エレベータに乗っている時にも館内の様子を気にしていた。逃げ遅れた人がいたとしたら、君がすぐに駆けつけただろうね」

 館内の様子を気にしているのを気取られたのには驚いた。自分でも無意識に気にしていただけで、わざとではない。

 もちろん逃げ遅れている人がいたら救出に向かっただろうが、いまはただオズウェルの洞察力に驚いた。

「エリオットも最初の段階で、君が人を殺せない人間だと見抜いていたはずだ」

「……なぜです」

「さっきは叱ってしまったけどね。あの子は私の言いつけをわかっていながら破ることはそうないんだよ。理由がないとね。きっと君に感染してしまったあの要人は殺せなかった。だから君が来る前に片付けてしまったのさ」

「……エリオットさんのことは、なんでもわかってしまうんですね」

「10歳から育ててるんだ、もう本当の親子のようなものさ」

 そう言ってオズウェルは高らかに笑った。きっと本人たちは周りが思っているよりも深い絆で結ばれているのだろう。

「一度よく考えてみなさい。特殊部隊だって素晴らしい仕事だ。悩んだらいつでも電話してきなさい。そして、答えが出たら会いにおいで。本部で待っているよ」──


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