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君が大人になってしまう前に 13

「楽しんでるか?」

「レイフ隊長も、ずいぶんと楽しそうですね」

 ウィルは涙を隠そうとするエリオットの代わりに答えた。

「ああ、楽しいというか、嬉しいかな。幸せだと思うよ、こんなふうに仲間の結婚式に出られるなんてさ」

 レイフはそう言って笑った。

 そしてエリオットの様子に気がつくとすぐにその自分より少しだけ背の高いエリオットの肩を抱いた。

「また泣いてるのか? オズウェルさんにも言われただろ?」

 さっきウィルがエリオットにされたように、レイフがエリオットの頭を乱暴に撫でる。

 エリオットはそうされて照れくさそうな表情で、それでも態度だけは嫌がるような素振りにしてレイフをあしらった。

「全く、本当によく泣く」

「あんたはそんなこと言える立場じゃないでしょう。さっき影で泣いてたの、俺見てましたよ」

 エリオットが泣いた姿はこれで初めてだったから、ウィルは内心驚いた。とてもまだ、レイフとエリオットのような間柄には自分はなっていないとウィルは思う。

 エリオットには可愛がってもらっていると思うし、レイフとの関係も悪くないはずだ。以前二人で食事をした時も、自分のすべてを話した。

 だがあのとき、どうしてレイフはあんな表情をしたのだろう。それがずっとひっかかっていた。

「見られてたか。俺もこうしてヴィンスや、アボットが結婚するのを見られたときは本当に良かったと心から思うんだよ。こんな仕事だからさ、一度戦場に出て帰って来られなかった仲間も何人もいる。だからさ……このタイミングでこんなことを言うのも筋違いかもしれないが、アルファからサムが結婚した時はなんていうか、肩の荷が下りたというかな」

「あんたが空軍から引っ張ってきたんですもんね」

「ああ、アルファはなぜか未婚率が高くてね」

 そういって2人が笑い合う。たしかにそうだ、アルファはサムとデール以外みな結婚していない。別に理由もないただの偶然だろうが、それをレイフは気にしているようだ。

「あーそっか、えっと、……デールさんってこっち来た時からすでに既婚者でしたもんね。そんで? あとサムさんだけか。他には誰も結婚してねえな」

「そうなんだよ。なんか責任感じるな。みんなそんなつもりはないんだけど、俺が無理言って引き入れた奴らばかりだからさ」

「あんたは思いの外頑固ですからね」

「いやいや。だからなウィル」

 突然レイフに呼びかけられ、ウィルは慌てて思考を中断し返事をした。

「ハイ」

「お前も、気にせず結婚していいからな。というか、……ぜひ見せてくれないか。遠慮することはない、お前には幸せになってもらわなきゃ困るんだ」

 レイフはそういってウィルの頭に手を伸ばしかけてすぐにやめた。なぜかはわからない。それでもエリオットにはすることを、自分にはしないという事実がはっきりとした。

 ウィルの内心に不穏な気分が漂う。ウィルは改めてレイフの表情を見た。照れているのかと思ったがそうでもなく、なんとも言えない顔をしている。責任感の強いたちが彼をそうしているのだろうか。

「俺もさっき言いましたよそれ。でもまだこいつには早いでしょう。俺に言ってくださいよそういうの。俺だって結婚したいんだから」

「ああ、もちろんお前にも思ってるさ。幸せになってほしいよ」

「上が詰まってるからな~」

「俺のことか? 俺はいいんだ、確かに好きな人と結ばれて誓いを立てるなんて素敵なことだけど、俺には出来そうにない」

「そう? 俺はあんたがいい父親してる姿が容易に想像つきますけどね」

 そういって楽しそうにエリオットがレイフの肩に手をかける。レイフも楽しくなったのか手を回して腕を組んだ。

「あんたの腕は重たいんだよな」

 するとエリオットは天邪鬼でその手をふざけて振り払った。

「レイフ隊長。人前ですし、あまりそういうのは」

「ああ、すまない。こいつはいつまで経っても弟みたいな感じでな」

「俺にそんなつもりはありませんけどね」

 憎まれ口を叩くエリオットの表情に、もう涙は見えない。

 エリオットの機嫌が直ったのを良しとする自分もいて、それでもさっき自分が発した言葉が気になる自分もいる。

 なぜ2人がああしているのを、やめさせようとしたのだろう。

「いいさ、お前がそのつもりはなくても俺はそのつもりだからないつでも」

「そんなクサいことよくシラフで言える」

「え? クサいか?」

 2人のやりとりを見ていてもモヤモヤする。きっとさっきのエリオットの発言だ。BSOCを誇りに思っているエリオットなら、ウィルと同じように普通の幸せよりBSOCとしての使命感を重んずると思っていたのに。

 理屈では納得できても、うまく気持ちが追いつかない。そもそもこの不機嫌の原因は何だ。2人が普通の幸せを捨てる覚悟もなくここにいるということがわかったから? レイフのエリオットとウィルに対する接し方に違いがあることが明白となったから?

 他愛のない会話で盛り上がる2人をよそに、ウィルは1人どこか浮かない顔をしていた。


「あー、ダメだ集中できない」

 いつものようにウィルの自室でウイルス実験の研究成果を読んでいたクレイグがこちらを見た。ウィルはぐっと背伸びをしてベッドに寝転ぶ。

 時刻は22:14。いつもならもう少し続くはずの集中力も、昨日日曜日のことがあってからは途切れやすくなっていた。昨日式から帰ったらすぐにこのことをクレイグに話したが、クレイグは相槌を打つだけでウィルの気持ちがどこかに着地するのをただ待っていた。

 無論、ウィルもクレイグの助言を待っていたわけではない、ただ聞いて欲しかっただけだったからそれでよかった。

 でも今日は、何が正しいのかクレイグの本音を聞きたいと心のどこかで思っているらしい。

「オレはさ、別に今の生活や仕事が苦だと思ってもないし、そういう当然の幸せはここに来るまでに捨ててきたつもりだったんだ。だから羨ましいとは全く思わない。これは本当だ。なのになんていうか、……あのレイフ隊長も、エリオットさんも、結婚とかそういう当たり前の幸せを欲しいと願っていて。……そういうのがこの仕事に対して生半可な気持ちなんだとは言わないけど、……なんかモヤモヤするんだよな。……正直、自分が何を考えてるのかわからないよ」

「普通なら人それぞれだから、って済ませるとこだけど。そう言うってことは俺の答えがほしいんだな」

 そういってクレイグがこちらを振り向いた。

「まあ、これはあくまでも俺の推察だが、……おそらくお前は、そうやってベックフォード隊長やアッカーソンさんの仕事に対する熱意を蔑んじまった自分も嫌なんだろう。でも当然の幸せを享受したがる2人の気持ちを、純粋な混じり気のない熱意だとはいくら譲っても感じられないから困惑してるだけなんだ。きっとね」

 クレイグのいうことには一応全面的に納得できて、ウィルは枕に顔を埋めた。

「……わかってるけど、なんかうまく解釈できない。別に恋や愛を軽視しているわけじゃないし、結婚すること自体はめでたいと思う。もちろんヴィンスさんのことは心から祝福してるよ。でも、……なんていうのかな、オレは結婚できなかった原因が仕事のせいだったとしても全く理不尽を感じない」

「お前はそう思ってしまうだけだろう」

「それはよくわかってる。でも、レイフさんやエリオットさんのようにBSOCに誇りを持っている人たちも口をそろえて"この仕事についていて結婚できるなんて幸せだ"って論調で、その中には"こんな仕事してるから当然の幸せは諦めたんだ"みたいな、諦めに似た感情が見えて……。オレはそれがなんだか、許せなかったんだ。諦める覚悟もなくここに来たのか? ……って、いや違うな。そんなもの夢見ているのにここに来たのか? っていう言葉のほうがニュアンスが近いかも」

「まー、お前は"誇り高き戦士"だからな」

 とある小説の主人公の名前を借りてウィルにあてがい、クレイグは笑った。

「クレイグ、オレは本気で話してる」

「わかってる。別にこんなもんは論じるまでもないんだよ。幸せは人それぞれなんだ。ベックフォード隊長も、アッカーソン隊員もそれが幸せだと思ってる。幸せを測る尺度に、貴賎はないだろ」

 サイラスは手の中でシャープペンシルを弄んでいる。その言葉に、自分と違う考え方を跳ね除けようとしていた自分に気がついてウィルは俯いた。

「……そうだな」

「俺はお前のそういう気高いとこ、好きだぜ。高校の頃からもそうだった」

「……たぶん、オレのこのもやもやの原因はさっきお前が言ったとおりなんだと思う。でも、このもやもやを消すためにはどうしていいのかは、まだわからない」

「……そりゃ時間が解決してくれる。いつかお前もそういう当たり前の幸せがほしいと心から思うようになるよ」

 そういってクレイグは笑った。だがその笑顔を素直に直視できない。今の自分はいつか自分が普通の幸せを手に入れたいと思うようになるとは、到底考えられなかった。むしろそれは、仕事に対する裏切りのような気もする。

「ありがとな。ちょっと外の空気吸ってくるよ」

「幽霊、怖くないんだっけ? ついていてやろうか」

「存在を認めたことすら一度もないよ。消灯までには戻ってくる」

「ああ、わかった」

 ふらりとウィルは立ち上がって部屋を出て行ってしまった。本当に自分が迷った時は一人になりたがる。クレイグはため息をついた。

 あえて言わなかったけれど、本当はいまも、心のどこかでそういう幸せを願っているのだろう。でも彼のストイックな気質はそれを自分自身が認めることを許さない。気高く強くあれと自分に言い聞かせて、自分に厳しくし続ける。

 クレイグは高校の頃から、ウィルのそういうところが心配だった。いつも人より余分にプレッシャーを抱えて誇り高く生きようとし、そのくせ誰にでも気遣いを忘れない。大変な生き方をしていると思う。

 でも彼がいつも陰ながら努力していることを、彼をよく知る周りの人間は知っている。もちろん彼は隠しているつもりだろうが。

(なんでもっとうまく言えないかねえ……)

 クレイグは自己嫌悪に苛まれてうなだれた。


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