君が大人になってしまう前に 12
「ヴィンスさん! 下がっていて下さいってあれほど……!」
「そんなわけには、……いかないよ……」
ヴィンスの健気な笑顔とは裏腹に、その右上腕部からは大量の血が流れ出ている。出血量からして一秒たりとも無駄には出来ない。
ウィルは銃を握り直した。9mmのサブマシンガンの弾をすべて使い切ってしまうと、片手では扱えないからとヴィンスのアサルトライフルを預かった。
代わりに護身用のハンドガンを渡したが、それではあのクリーチャーの目をつぶすだけで精一杯だろう。
(……こういうときどうしたらいい……!)
歯を強く噛み、銃を構える。もう何十発とその身体に撃ち込んでいるはずなのに、まだ動くその四肢にウィルは恐れをなした。
type_Lの姿を見たとき、急いで司令部に応援要請をした。だが司令部はチャーリー2だけで行けと言ったのだ。ウィルは新種のtype_Lに内心肝を冷やしたが、その命令を遂行した。それが間違いだったのだ。
せめてヴィンスに連絡を取ってからにすればよかった。オズウェルのいない司令部を信じすぎた。
「ヴィンスさん!?」
どさりと地面に物が落ちる音がしてとっさに振り返った。睨み合うクリーチャーの存在を忘れていた。
「……ッ!」
気付いた時にはもう、背中をクリーチャーの鋭い爪に削られていた。
鋭い爪が肌に血の線を書いたが軍服の厚い装備のおかげでそれほど深くはないだろう。まだ動けそうだ。倒れたヴィンスにウィルは駆け寄った。
「ヴィンスさん! しっかりしてください、絶対に助けるから……!!」
浅いがまだ呼吸はある。ウィルは素早くヴィンスの左肩を下からくぐり、その体を持ち上げた。
「ウィル! 目を閉じろ!」
その瞬間、後ろからレイフの声が届いた。振り返ると同時に強い閃光の光が少しだけ入る。大きな手に目をふさがれ、目を閉じた次の瞬間には逞しい腕にヴィンスと一緒に抱えられるようにして引っ張られた。
そのまま少し走ったところにあった小屋の室内に隠れる。幸いドアのない仮家屋のようなものである。
「時間稼ぎに持ってきた閃光弾を投げる。その間にヴィンスを連れてアルファ1の方へ走れるか!?」
「ヴィンスさん次第です」
ウィルは小屋の壁に寄りかかってぐったりとしているヴィンスを見た。レイフは手に持っている閃光弾の栓を確認した。
右上腕部からの出血を抑えるために、ウィルはバックルを緩め自分のベルトをズボンから抜き、手早く止血した。
「残りはどこにいる?」
「あっちの小屋です。オーブリーが介抱してる」
「わかった」
そういうとレイフはアルファ1に無線で指示をした。アルファ1のメンバーはあの小屋に来てくれるのだろう。
「あそこなら行けるな?」
「はい」
「よし。さあ、早く行け」
そうレイフが言って、type_Lの方へ駆けだした。ウィルも慌ててヴィンスの負傷していない方の肩を抱えると駈け出す。
悔しいが、今の自分の装備では撃破することはおろか、足止めすることもできまい。ウィルは振り返らないようにしてこれまでより強くヴィンスを引っ張った。
そしてほかの負傷メンバーを避難させた小屋まで急ぐ。
「……ウィル、……悪いな……」
「ヴィンスさん……!? 気が付きましたか!? 大丈夫です、絶対に助けます」
「……ありがとう……」
背中の傷が大きく引き裂かれているのには、痛みで気付いていた。けれど、歩みを止めるわけにはいかない。小屋につくと、オーブリーが泣きそうな表情で出迎えてくれた。
「大丈夫ですか……!?」
「ああ、オレはレイフ隊長の元に戻る。もうすぐでここにアルファ1が来から、そしたら一緒に逃げるんだ、いいな」
「でも、ウィルさんは!?」
「大丈夫だ。その代り、持っている閃光弾を2つ分けてくれないか」
「それなら……、俺のを使え」
奥から声をかけてきたのは足を負傷して休んでいたマイルズだった。そうしてウィルに2つ閃光弾を手渡す。
「ありがとうございます」
「オーブリー、ウィルの背中見てやれ」
「そんなに深い傷ではありません」
「放っておくと感染するぞ。見せておけ」
「……はい」
一刻の猶予もないのに、感染のおそれに脅かされる自分が憎い。オーブリーが手際よく滅菌手当を行う。幸いチャーリー2は医療行為になれているし、それなりの装備も蓄えている。
レイフのいる方角からは先ほどから、閃光のまばゆい光と手榴弾の炸裂する音と振動が絶えず伝わってくる。はだけたウィルの背中に、オーブリーが滅ウイルス剤を塗っていく。
「これで、とりあえず感染は防げるかと」
「チャーリー2! 大丈夫か!?」
オーブリーが身を引くと同時に、アルファ1のメンバーが小屋の戸を開けた。
「すいません、サムさん。あと、宜しくお願いします」
「おいウィル、どうする気だ」
「レイフ隊長のところへ行ってきます。稼げるだけ時間を稼ぎますので、すぐに撤退を!」
「おいウィル待て! これを持っていけ」
「ありがとうございます」
サムは自分の持っていたアサルトライフルをウィルに手渡した。チャーリー2では扱うことのない強力な武器だ。チャーリーチームはいつも索敵や救護の係りを命じられることが多く、重い武器よりも多くの投擲武器や救命道具を持っているのだ。
それもあってtype_Lに歯が立たなかったというのもある。
「チャーリー2のこと、頼みました!」
ウィルは小屋を出て駈け出した。一人であの複数のtype_Lと対峙しているレイフの実力は底知れない。
こんな自分が行ったところで助けになれるかわからない。だがレイフも敵を殲滅する気はないだろう。
ウィルは急いでレイフのいた位置に戻る。銃撃の音にかき消されないよう、戦うレイフに声をかけた。
「レイフ隊長!」
「ウィル!? なぜ戻ってきた!」
こちらを一瞥してまた、レイフは眼前のtype_Lを鋭くにらんだ。
「仲間の時間稼ぎを、あなただけに任せておくわけにはいきません」
「……装備は十分か」
「はい、サムさんから預かってきました」
「できれば一体、その肉片だけでも検体としてほしい。やれるか」
「ええ」
2人は距離を取って、type_Lと対峙した──。