君が大人になってしまう前に 11
──その頃、ポイント5を侵攻中のチャーリー2
「思ったよりヤツらいないな」
「ええ。もう全て移動してしまったんでしょうか?」
部隊の先輩にあたるクィンシーがウィルに問いかけて首をかしげた。しかし銃を構えて慎重に進む姿勢は変えない。
バッセルもウィルとクィンシーに並んで眼光鋭く前を見据えている。
念には念をと前後で3人ずつに並び進行することにしたが、その必要もなさそうなくらい静かである。
「とりあえず、侵攻しましょう。ここらのクリーチャーたちを一掃しながら進むのが任務です」
「ああ」
「ターゲットまでは?」
「約1700mです。名前はヨゲルステーションビル、ターゲットが発生源となり半径2キロ圏内にクリーチャーが広がったと聞いていましたが…」
まだそこら一帯に生活感が残っている。音はほとんどない、ところどころで発生している火災の炎が柱やカーテンを燃やす音がするだけだ。
「発生時刻は?」
「今からおよそ4時間前です」
「やけに足の速いクリーチャーたちじゃねえか。目的意識でもあるみてえだな」
「ええ。妙ですね……。発生したタイミングでは発生源から一挙して押し寄せてきたと連絡が入っていたのですが……」
「一挙してだと?」
「ええ。……確かに奴らには集団意識がないので分散したり歩みが遅くなるのが通常ですが……さっき仰ったように、何かの意識があるのかもしれません」
妙な空気感に支配され、前3人の歩みが止まる。ウィルの胸が妙に騒ぐ。この妙な静けさが教えるのはなんだ?
「とりあえず進みましょう。ポイント3でチャーリー1,アルファ2と落ちあい、そのままターゲットまで移動します」
「ああ」
バッセルは言葉で、クィンシーは目で頷く。6人は歩調を合わせ先に見える巨大なビルに向けて侵攻した。
"こちらヴィンス、レイフ隊長、そろそろチャーリー2との合流地点に近いのですが、交信が途絶えている状態です……すみません、こちらで把握できない範囲で…"
「交信が途絶えている? 現在地を教えてくれ」
機内に入ってきたヴィンスからの通信に、レイフは耳を疑う。
"現在はポイント6付近にあるローズネクストビルの前です"
「そこから合流ポイントまでは約300mか……。バイロンさん、チャーリー2の足取りをたどれますか?」
バイロンはレーダーの画面を操作し、チャーリー2の進行履歴を参照する。
「現在地点はポイント4の手前だ。しかしここ15分ほど、動きは見られない」
"戦闘中でしょうか"
「いや、わからん。ただこのあたりの敵は作戦で行くと、すでにブラヴォー2から殲滅したと聞いていたが……」
"一旦合流ポイントを無視して進んでみます。合流出来次第、ターゲットへ向かうので問題ないでしょうか"
「ああ、俺も向かおう。そのまま侵攻を続けてくれ」
"はい"
通信が切れるのと同時にレイフは助手席を立った。
「ポイント4に降ろしてやる。あと5分もしないうちにつくぞ」
「ありがとうございます。あいつらに声をかけてきます」
バイロンはコックピットを出ていくレイフの背中をガラスの反射で見送った。
着地地点となったポイント4は思ったより静かだった。死体の焼ける匂いが鼻をつく。
レイフはともに降り立ったアルファ1に目配せをすると、そのまま銃を構えてゆっくりと歩を進めた。
"こちらチャーリー1、ポイント4に到着します。レイフさん、もう降りてます"
「ああ。すぐに合流出来そうか」
"……目視でアルファ1の姿を確認。後方です"
その声に振り返るとヴィンスたちチャーリー1の姿があった。
「まだそちらにもチャーリー2からの通信はありませんか?」
「ああ、沈黙している。だがここから200m圏内にいるはずだ」
「ブラヴォー2には応援を要請しています。直に到着するでしょう」
「そうか……。それにしても嫌な静けさだな」
「ええ」
その雰囲気はみなも感じていたのだろう。あたりを見回しながらヴィンスが頷く。
「とりあえず、最後にチャーリー2からの通信があった位置まで全員で行く」
レイフは方角を見極め、その方を見た。道にはいくつも地面を蛇のような生き物が這ったような跡が付いている。
「いつからチャーリー2と連絡が取れなくなったんだ?」
「それが……一度ウィルから応援要請があったんです。それに応じようとして司令部に確認したのですが、……別の部隊を向かわせる、と言われ」
「別の部隊? どこが向かったんだ?」
「それが、……実はどこも」
「なんだって?」
苦虫をつぶしたような表情でレイフがうつむく。
「今日の指揮官はサブチーフのエイブラハムさんでしたね」
「ああ、オズウェルさんが出張中だ。クソ、どうなってる……!」
「今回俺がここにいるのも、実は俺の独断です。指揮官の指示に従っていれば、……俺はもう当初のターゲットに到着していますから」
ヴィンスが苦笑いを浮かべる。指揮官の司令に報告なく背いた場合、最悪キャプテン降格と言うこともあり得る。
それをわかっていて、ヴィンスはここにいるのだ。それほどエイブラハムの指示に不満があったということだ。
「そうか、……重いものを背負わせてしまったな……」
「いえ、自分の部隊ですから」
「チャーリーの奴らは幸せ者だ」
「……だといいんですが」
ヴィンスは控えめに笑った。チームはキャプテンのカラーが反映される。
アルファは攻撃に特化した集団で部隊の花形でもある。メンバーもそれを自覚してるし、その矜持が全体を整えているという雰囲気がある。
逆にチャーリーは諜報能力にたけ、情報を使った頭脳戦を得意とするメンバーが多く一枚岩である。結束力が高く、個々のメンバーもみなで自治を整えていこうとするところがあるのだ。
レイフがみなの憧れの的になるのだとしたら、ヴィンスはみんなの親代わりになるようなところがある。一人ひとりのことをとてもよく見ていてメンバーの悩みにもよく気付くし、メンバーに相談を受けているところもよく見かける。
それだけに家族のようなチャーリー2のメンバーとの音信不通に心を痛めているのだろう。レイフはこういうとき気の利く言葉をかけられない自分をもどかしく思うことがある。
「先ほどから続いているこの跡はなんでしょうか」
「新型のクリーチャーか?」
「type_Lにしては少し幅が広いですね」
「もしtype_Lの新種ならそれも厄介だな」
「……ええ」
type_L。それはウイルスを爬虫類に散布し、巨大化したクリーチャーだ。知能はないが、皮膚が硬く、銃撃戦で対抗するにも弾をごっそり持っていかれる。多くの場合、閃光弾で相手をひるませてから設置型爆弾などで処理することが多い。
「新種か……もしくは、また別のtypeが現れたか……」
「それはまた厄介ですね……」
「よし。必ず一人は見える位置に進むんだ。あまり広がるな。いいか」
レイフの言葉にチャーリー1とレグレス1の総員が同意した。そして少しずつ、慎重にそれぞれ進行する。
確かに生活感はあるはずなのに、人の気配が全くしないのはおぞましい感じを受ける。タンスも、靴も、本や雑誌も、すべて燃えて灰になろうとしている。死肉をつつく鳥たちはその炎の熱も感じないのだろうか。
アルファ1はレイフ、サム、トール、ボーモンド、カルヴァード、ブルーノー。新人のブルーノーはレイフと、そしてアルファ1のチームサポート役のサムは2年目のカルヴァードと、ボーモンドは同期のトールと組んだ。
そしてヴィンス率いるチャーリー1もそれぞれツーマンセルとなりそれぞれ異なる方向へ捜索の足を伸ばす。
「ウィルさんたちは……無事、でしょうか……」
「ブルーノー。信じろ。ああ、あいつらなら大丈夫だ」
「……ええ。そうですね」
ブルーノーの声は、闇に消えた。不安な気持ちが消えないのだろう。そうなるのもわかる、この独特の雰囲気がいつにもまして恐怖心を煽る。
ブルーノーとともに捜索を続けていると、ザザ、と無線が入った。
"ヴィンスよりレイフ隊長、使用済みの弾倉を発見、こちらの方に逃げたようです"
レイフはその無線をともに聞いていたサムへ目で合図し、ヴィンスの元へ駈ける。かなり進んでいたようだ。
レイフたちがたどり着くと、チャーリーやアルファの他のメンバーはそろっていた。
「これ……」
ヴィンスに手渡されたのは、確かにBSOCの部隊メンバーへ配布される口径9mm、サブマシンガンの空弾倉だ。
軽量化がなされており、主にスナイパーが携帯している。
「これをチャーリー2で持っているのはウィルだけだな」
「悪い予感が当たらなければいいのですが……」
ヴィンスの言葉が場に暗い影を落とす。
「とにかく、捜索を続けよう」
「はい」
「じゃあオーブリー、一緒に行こう。ミハエルはザカリーを頼む。クィンシーとマイルズは一緒に行ってくれるか」
ヴィンスの指示にチャーリーのメンバーは頷いた。ヴィンスは優しく、大人しい性格だがその観察眼と業務遂行能力は高く評価されている。
チャーリーのメンバーも皆、ヴィンスの人柄を強く信頼しているのがうかがえる。
「散開だ。何かあったらすぐに無線をよこしてくれ」
「はい」
ウィルの落としていった弾倉が手掛かりになればいい。きっとウィルもそう思ってのことだろう。
この先に、きっと何かが待ち受けている。レイフは気を引き締めなおした。
"ヴィンスよりレイフ隊長…! ポイント7付近で負傷中の隊員を連れたチャーリー2を発見"
「ポイント7!? 今行く!」
"必ず、……閃光弾を……!"
「閃光弾!?やはりtype_Lか!?」
途切れ途切れのヴィンスの声に、それを聞いていたほかの隊員たちの表情が変わっていく。レイフは後ろに集まったほかの隊員たちを連れて走り始めた。
"以前のtype_Lより攻撃力も体格も向上したヤツがいる……!"
「わかった。ヴィンス、すぐに全員連れて逃げるんだ!」
"無茶です、こっちには怪我人が5人もいます……!"
「5人!?」
向かったのはチャーリー2の6人と、ヴィンス、そして新人のオーブリーだ。3人で5人の救出。残りのメンバーにもよるが、かなり厳しい状況と言わざるを得ないだろう。
"すみません……、実は俺も、右腕をやられて……"
呼吸が荒くなっていくヴィンスの息遣いの向こうから口径9mmのサブマシンガンが撃たれる音がする。
「誰が動ける!? すぐに総員を連れて向かうから、お前たちは助かることだけを考えろ!!」
"ウィルが……あなたの役に立てそうです…ッ"
苦しそうにあえぐ息が聞こえる。レイフは奥歯を噛み締めた。これ以上犠牲を出すわけにはいかない。だがこのままではヴィンスたちが助からないかもしれない。
走っているせいでゆれる装備に手間取りながら、レイフは無線を切り替えた。
「ウィル、聞こえるか? 目視でクリーチャーは何体いる?」
"レイフ隊長……! 1,2,3,4,……5匹でしょうか"
「お前なら、無傷で何分持たせられる?」
"……すみません、5分は確実に持ちません"
ウィルの声に焦りが滲む。
クリーチャーの出す奇怪な鳴き声が響いた。反響の具合から察するに、場所自体は狭いところではない。ならまだ、勝機はある。
「十分さ。3分だけ持ちこたえてくれれば……!」
レイフはその走りを止めた。小高い丘になっていたようで、その先は一段下ることになる。眼下20mほど下に、クリーチャーと対峙するウィルの姿が見えた──。