君が大人になってしまう前に 9
「エリオットさん? こんなところで何してるんです?」
HQの中庭で、目を閉じて立ち尽くしているエリオットを見つけ、ウィルは後ろからそっと声をかけた。青葉の繁る裏庭では、蝉たちが盛んに鳴いている。その中に黙って立っているエリオットの姿は絵のように見えた。
「あー、ウィルか。んん、まあちょっと昔の仲間にな、挨拶しておこうかと思ってさ」
そこは花壇で、いくつも小さな木が植わっていた。その大きさはまちまちで、葉をつけ枝を伸ばしているものもあれば、大きく少しずつ幹が太くなってきてるものもある。
「…… これ……」
「ああ。殉職した仲間の化身だ。一年前のちょうど今日」
「……そうだったんですか……」
「こいつも元はスナイパーでね。気のいいやつで、俺の後輩だった。……俺より先に逝くなって、あれほど言ったのにな」
この人の後釜として自分が選ばれたのだろう。エリオットはいまも、この人の死を悔やんでいるのかもしれない。ウィルは黙ってエリオットの言葉を待った。
「……俺のすぐ目の前で、こいつは俺を庇って死んだんだ。巨大なクリーチャーに踏み潰されちまった、跡形もなく。だから、骨も拾ってやれなかった」
それを聞くだけで胸が痛かった。戦の途中、みなで巨大なクリーチャーから逃げていたところだったのだろう。エリオットは大切な後輩の踏まれた瞬間を見ただけで、その一瞬だけで別れを理解しなくてはならなかったのだ。ウィルの目から涙が溢れる。
「おい、ウィル? ……もう、泣くなよ」
そういって乱暴に肩を組まれる。それでもウィルは、涙を堪えるのに必死だった。
「なぁ、ウィル」
「……すみ、ません……」
涙で途切れる声に、エリオットがため息をつきながらウィルの頭を撫でた。
「ウィル、勘違いするな? 確かに、ロイが死んだときは辛かった。でもな、振り返ったって仕方ないだろ? 俺はお前という後輩と出会えたし、仲間にも恵まれてるんだ。いまは、幸せだよ」
「……エリオットさん……」
「ほら、暑いから中入ろう。せっかくのオフに悪かったな、引き止めて。どっか行く予定じゃなかったのか?」
「ちょっと、ドライブをと思って……でも、大丈夫です」
鼻をすすりながら答えるウィルの背中をバシバシとエリオットが叩く。
「ドライブ? 俺もそんじゃ、連れてってもらおうかな」
「お安い御用です」
歩を進めていた方向に背を翻して、二人は駐車場へ向かった。
「俺は、この一年でたくさんのことを経験しました。最初に話した年上の女性への失恋でこれまで作り上げてきた自分を一度壊して、クレイグに手伝ってもらいながら生き方を探して、オズウェルさんやエリオットさんに道を正してもらいながらここまで来ました。勿論隊長が俺を拾ってくれたことが全ての始まりだったから、俺はあなたに一生ついていきたいと思っています」
「……だったら、……このままアルファにいたらいいじゃないか」
自然とそんな言葉が漏れてレイフ自身驚いた。
「……お気持ちは嬉しいです。でも、俺はもっと上へいきたいんです。いつかあなたの右腕になれるように。いまはあなたの庇護下に置かれているようで、甘えているんです。だから、俺を突き放して下さい。お願いします」
そう言うウィルの眼差しは強い。
「……わかったよ」
レイフは返す言葉もなく、ワインのお代わりを飲み干した。