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君が大人になってしまう前に 8

「今日は何?」

「んー? 今日はライトにホットサンドだ」

「ああ、いいね。昼間、エリオットさんにいっぱい食わされて、胃が重かったんだ」

 偶然の再開から、クレイグとウィルは訓練後の時間の殆どをどちらかの寮室で過ごした。部隊のメンバーは一人一室与えられるし、一人暮らしだからと寮暮らしに切り替えたクレイグも、HQ用の部屋の取り分に余裕があったために一人部屋を確保することができた。

 陸軍よりもよほど規律は少ない。訓練をおろそかにしなければ好きなものを好きなタイミングで食べていい。BSOCは一応国の管轄内ではあるものの、陸軍のように規律で締め上げるところではないという。それもすべて、オズウェルの思想が反映されているという。

 だから、クレイグとウィルは毎日交代で食事を作ることにしていた。手のかかるものは寮室の設備上出来なかったが、それでも互いにその腕が上がっていくのも目に見えた。ウィルは出来たてのホットサンドをテーブルに置いた。テーブルにはあらゆる資料やノート、シャーペンたちが散らかっている。

「今日はなんか面白い資料あったか?」

「ああ。今日はかなりヘビーなやつだ。昨日、欧州でタッチェル博士って人の研究が発表されたんだが、以前までのXウイルスに代わって研究され始めているタッチェルウイルスってのがあるらしい」

「発見した博士の名前をつけるの、本当に悪趣味だと俺は思うんだけど……」

「まぁそんなもんだ。人間をクリーチャー化させるXウイルスの効果を、うまくいけば相殺できる可能性があるんだと」

「Xウイルスでクリーチャー化したら、もう人間には戻れないって言ってたよな?」

「そう。それが、戻れるかも知れない、っていう画期的な研究だ。ま、今の所その可能性を示唆しただけで、実現はほぼ不可能だ」

「へぇ」

 クレイグはホットサンドを咥えながら、カバンの中を漁っている。季節は晩春に移りそろそろ夏も近づいてきている。

「人間の細胞とうまく結びつくと驚異的な回復力を示すっていうデータがとれたらしい。だが、本当に僅かな酸素に触れるだけですぐに酸化するし、Xウイルスが一〇〇だとしたら、この結合を起こせる可能性は未だその一〇〇万分の一」

「ほぼ不可能ってこと?」

「そう。だが、まだ希望はある。俺は、その一〇〇万分の一って確率を、どうやったらあげられるのか、タッチェル博士に代わって研究しようかと思ってな」

 やけに熱心に語るクレイグの横顔を眺める。話し続けるせいで、ホットサンドが全然進んでいない。

「そんなの、わざわざお前がやらなくても、その研究はタッチェル博士って人がやってくれるんじゃないの」

「それが、今朝タッチェル博士は死体で見つかったんだとさ」

「え?」

「まぁ、情報は大方敵の手に渡っていると見ていいだろうな。それを奴らがいかせるかどうかは別として」

「それ、結構まずい情報なんじゃ……」

「ああ。だからまだ政府も公に発表していない。俺だって今日の夕方知ったばかりだ。人間になったり戻ったりできる新種のクリーチャーが出てきたら、奴らの中には頭のいいヤツがいるってことだな」

「それより先に、お前が成果を出すのを願ってるよ」

「全力は尽くすが、どうなることか」

 クレイグの口調からして、それほど難しいことなのだろう。

「けどさ、それがわかったってことは、その裏に驚異的な回復力を持った人間がいるってことだろ?」

「研究ってのはそんなもんだ。いつだってラットが犠牲になる」

「別に人間を被験体にしろとは言わないけど、いつもそれが腑に落ちないよ」

「俺だってもう何匹もネズミを殺してるけどな」

 ウィルはなにも答えずそのままクレイグの手からその資料をつまみ上げた。そして研究レポートのコピーであるそれに目を通す。

「……タッチェルウイルスか。これが公に知れて医療や薬学に使おうという輩が出ても、おかしくはないな」

「ああ。慣らしながら投与すれば超人的な能力を手に入れられるんだと。医療チームでもこれに着目しようという話が今日少し出た。これが公になったら、かなり議論の的になるだろうな」

 ウィルは頷きながら聞いていた。ホットサンドを食べ終えた頃、クレイグにふと水を向けられる。

「それにしても陸軍からの編入組は大変だねえ。部隊の訓練もやって、訓練生のときに習うべき座学を訓練後にやって。どうせなら訓練生に編入さしてくれりゃあいいのにな」

 ウィルは訓練生と違って、最初から部隊メンバーとしてBSOCに入った。そのために訓練生が半年かけて学ぶクリーチャーやウイルスに対する座学の勉強も訓練と並行しなくてはならなかった。

「そんな悠長にやってられるわけないだろ。別に他にすることもないし、今はこの生活でいいと思ってる」

「まあここなら、邪心も生まれないしな」

「男だけのが気楽でいいよ」

「毎日お前の勉強に付き合わされる俺の身にもなれ」

「ウイルスやクリーチャーについてはお前の専門だろ? こういうのは専門家に聞くもんだ」

 ウィルの勉強に対する情熱は訓練へのそれと比例している。そしてそれは、あのときから日に日に増しているのだ。クレイグの言った暫くは訓練に勤しめというのを彼は体現したいるのだった。


「そうか、医療チームのクレイグ・スプリングフィールド君だな。彼と仲がいいのか」

「はい。まさか高校の頃の親友がこんなところにいるとは思いませんでした」

「医療チームってことは、医学部卒じゃないのか? それにしては若いな」

「あいつは飛び級をしたようです。高校の頃から、ずば抜けて秀才でしたから」

「医療チームに期待の新人が入ると噂になっていたよ。なるほどな」


 時にはオズウェルに呼ばれて、クレイグと三人食事に行くこともあった。初夏の夕方、まだ気温の涼しい夜が最初だった。

 そこでレイフが自分を引き抜くために散々陸軍所長に掛け合ったこと、毎日オズウェルとそのために話し合いを重ねたことを聞かされた。それもあってオズウェルは、ウィルのことを大層気に入っているようだった。

「君がBSOCに来てくれて本当に嬉しいよ。レイフ君が君の引き抜きに成功したと私の部屋に飛び込んで来た時は抱き合って喜んださ」

 オズウェルは赤ワインを嗜みながらウィルに笑いかける。

「……恐縮です」

 レイフが自分を迎え入れるのに尽力してくれたのは知っていたが予想以上だった。しかもそれにオズウェルも関わっていたなんて。

「レイフ君はいま、後進の育成や新しいプロジェクトのために忙しくしてはいるがね、どうか君のことを気にかけていないわけじゃないとわかってやってほしい。いつもエリオットから聞く君の報告を楽しみにしていたし、目に見えて成績が上がり出したときは私にわざわざ報告にも来たんだ。彼にとって私は、自身と同じように君の保護者のようなものなんだろうね」

 そういって目尻にシワを寄せるオズウェルは本当にウィルのことを案じてくれているのだろう。そしてそれはレイフも同じなのだと、この人の言葉の節々から伝わってくる。

「俺、正直な話をすると少し前まであの人の目が恐ろしかったんです。俺はまだまだガキだから、わからないこともたくさんある。だから不用意な発言で隊長を怒らせてしまったことも多々あると思います」

 ウィルの独白を、オズウェルもクレイグもなにも言わずに聞いていた。

「なのにあの人は、全部見透かしたような、ある種の優しい目で俺を見るんです。ほら、前オズウェルさんに相談しに行ったことがあったでしょう? 土砂崩れで訓練が中止になったときに歯向かったって。あのときだけです、あの人が俺を睨んだのは。あとは全部、見透かすようなあの視線が苦手だった。でも、こうしてあなたと会うたびに隊長の話を聞いて、俺はあの人に守られてるんだって気づいたんです。陸軍のときから、今までも、きっとこれからも。だから俺は、あの人を裏切らない。絶対に」

「こいつね、こんなことを毎晩俺に言うんです。こんなに熱心に聞いたことはなかったですがね」

 肉を食べながらもクレイグはオズウェルに言った。茶化した様子でそう告げることができるのも、クレイグとオズウェルはいつもHQ内で顔を合わせているからだ。オズウェルにとってウィルは孫、クレイグは息子のような存在だった。

「クレイグ」

「はい?」

「ウィル君を頼むよ」

「今更ですよ」

 クレイグは照れたのか投げ捨てるように言った。


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