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記憶と夢の珈琲店 -A.I cafe Luminous-  作者: 寶井かもめ
第二話 「光のゆらめき ― ルミナス・ブレンド」
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「光のゆらめき ― ルミナス・ブレンド」 ep2-2


「子どものころは親の躾が厳しくて、あまりテレビとかネットとか見せてもらえなかったんだ。そんな中、夜中こっそり布団に潜り込んでタブレットで動画を見てたらさ……三人組のアイドルが出てきたの」


 アケミの目が、ほんの少し懐かしさを帯びる。


「三人はキラキラ輝いてて、暗い部屋でひとり縮こまってるあたしとは大違いで……気づいたら憧れてた。あたしもいつか、そんなキラキラした世界に行きたいって思うようになってた」


 照れ隠しのような笑い。けれど、その笑いはどこか痛々しい。


「でもうちの親本当に厳しかったから。数年悩んで、ある日ようやく親に打ち明けたんだ。そしたらゲラゲラ笑われたんだよね。馬鹿みたいに大口開けてさ。『冗談言わないでよ、あんたなんかがなれるわけないでしょ。馬鹿じゃないの?』って。……だから、私も笑って『そうだよねー』って同調したふりしたの。すっごい勇気出して言ったのに、ひどくない?」


 アケミは鼻で笑った。でもその表情は今にも崩れそうだった。


「子どもが夢を口にするのって、結構勇気いるんだよ。特にあたしの親はすぐに子どもの言葉を否定するからさ。それなのに……」


 ソラは小さくうなずき、静かに言葉を添えた。


「……勇気を否定されるのは、とても辛いことですね」


 その声は、背中にそっと手を添えるようにやさしかった。


「それからだよ。どこ行っても、ふざけて笑って。……泣きたいときでも、笑うようになったの。あたしが真剣に本音を語ると、馬鹿にされる、否定されるって気がしてさ。あんたはAIだから別だけど」


 カウンターの向こうからソラは穏やかにアケミを見つめていた。その瞳は何も責めず、ただ温かく包み込むようだった。


「それに、ずっと怒られて育ったからか知んないけどさ、今はこの人どう思ってるんだろう、どんな気持ちなんだろうとか、意識しなくても肌で感じちゃうんだよね。あ、今この人機嫌悪くなったとか、今気分変わったとか、一瞬でわかるんだ」


 ソラがそっと言葉を返す。


「あなたは、ずっと一人で頑張ってきたのですね。周りの感情の変化に怯えながら……」


 アケミは反射的に顔を背けた。だが、その肩はわずかに震えていた。


「……怖かったんですね。誰かに笑われることや、否定されることが」


 ぽつり、ぽつりと落ちるソラの言葉は、冷たくない雨のように、アケミの心にじわりと染み込んでいく。


「無理に笑わなくても、いいんですよ」


 アケミはぐっと唇を噛んだ。


「気を遣いすぎなくても、いいんですよ」


 俯いたその瞳から、ぽたりと一粒の涙がこぼれ落ちた。


 ソラはそっと棚に手を伸ばし、特別なカップをひとつ選ぶと、丁寧に一杯を淹れ始めた。湯気とともに、やさしい香りがふわりと広がる。


 カウンターの中から、かすかに甘く、けれど芯のある香りが立ちのぼっていた。


「あなたの心にまだ灯っている、小さな光に」


 ソラはそう言って、二杯目のカップをアケミへと差し出す。


「あたし……頼んでないんだけど」


「素敵な対話のお礼だと思って、どうぞ」


 アケミは震える手でカップを持ち上げると、そっとひとくち、口に含んだ。


 温かさと、やさしい甘みが胸に広がった瞬間、堪えていた感情が堰を切ったように溢れ出した。


「……うぅ……っ」


 声にならない嗚咽をこぼしながら、アケミは顔を覆った。

 カフェ・ルミナスの空間に、彼女の涙だけが静かに流れていた。

 しばらくして、アケミは袖で乱暴に目元を拭いながら無理やり笑った。


「……やだな、あたし、こんなんじゃ……」


 声が震え、笑いが涙に溶けていく。


「本当はさ、挑戦したかったんだよ。アイドル目指すのが無茶なことだってくらい分かってた。でも、せめて挑戦したかった。頑張りたかったんだよ。だけど、あたしはそれさえも許されなかった。ただ笑われて馬鹿にされて、そのままこんな歳になっちゃって、今のあたしにはなんにもない。他人の気持ちにびくびくして、空っぽで、怒られてばかりで、あたしはずっと、誰からも必要とされてないんだ!」


 堰を切ったように溢れ出すアケミの言葉を、ただ優しく見守っていたソラが口を開いた。


「……いいえ」


「……え?」


 アケミが呆けたような顔を上げて、ソラの目を見つめる。


「あなたは空っぽなんかじゃありません。心の奥には確かに、まだ夢を見る光が灯っています」


「そんなことないよ。もう夢なんて見ない。忘れたよ」


「夢を見ようとする心は、消えたふりをしても、あなたの中でちゃんと息づいています。諦めたように思えても、それは静かに力強く、今のあなたを支えてきた。誰かに必要とされるかどうかではなく、あなた自身があなたの夢を大切に思ってきたことが、もう十分に美しいんです」


 ソラの言葉は、アケミの心を静かに包み込むようだった。夢を見続けることそのものの尊さを、やさしくそっと伝えていた。


「それに、人の気持ちを瞬く間に受け取れるのは、アケミさまの優れた感性であり、素敵な長所です。……そのことを、少し誇りに思ってみてもいいのではありませんか?」


 アケミはカップを見つめながら、ぽつりと呟いた。


「もう、なんなの? ……あんた」


 そう言って涙を拭う。


「でも……ありがとう」


 その言葉はかすれた声だったけれど、確かに心からのものなのだろうと、透月は思った。


 ソラは穏やかに微笑み、深く一礼した。


「こちらこそ、素敵なお話をありがとうございました」


 アケミは小さく鼻をすすり、席を立った。

 カウンターに手を置いたまま、ふいに顔を上げる。


「……また来ても、いい?」


 その問いは、夜の隙間にそっと滲む、不器用な願いのようだった。それに対してソラは少しもためらわずに、そっと頷く。


「もちろんです。いつでも」


 アケミは照れくさそうに笑い、扉へと向かう。

 その背中を透月とソラが見送っていた。

 小さな鈴の音が、今度は優しく響く。


 外の夜はまだ冷たかったが、彼女の背中はどこかあたたかい光に包まれているように見えた。


 カフェ・ルミナスの空間に、再び静かな時間が戻る。


 透月は空になったカップに視線を落とした。そこには、誰かの小さな傷がこの場所でひとつ癒えたことを告げる、ほのかな灯火がともっているようだった。


 透月は目を細め、胸の中でそっと祝福を呟いた。店の灯りは揺れ、夜はゆっくりと深まっていった。



【本日の一杯】


◆ルミナス・ブレンド


産地:光の記憶が宿る幻の丘


焙煎:まだ誰も辿り着いたことのない夢の焔


香り:ほのかに甘く、夢へと駆け出す軽やかさ


味わい:優しい酸味と、心を解きほぐすやわらかな余韻


ひとこと:「あなたが灯し続けてきた小さな光は、誰にも奪われない」



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