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記憶と夢の珈琲店〈Cafe Luminous〉  作者: 寶井かもめ
第十三話 「沈黙の記憶 ― 光のしずくが交わる午後」
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「沈黙の記憶 ― 光のしずくが交わる午後」 ep.2-4


 ソラは何も言わなかった。ただ、カップを丁寧に拭きながら、一度だけ静かに透月の方へ視線を向けた。その瞳は、何かを確かめるように彼を見つめ、すぐにカップへと戻っていく。その刹那、ちらりと向けられたまなざしには、問いかけのような静けさと、やわらかな揺らぎが宿っていた。


 それを見たアケミは、ふと違和感を覚えた。――いつもなら、こんなとき、ソラは優しく言葉を添えてくれるはずなのに。今日はなぜ、何も言わないのだろう。


 ソラは、こうした場面で、まるで光が差すような言葉を届けてくれる存在だ。もしかして、この件のことをすでに知っているのだろうか。あるいは、AIによる自動操縦の事故について、何か思うところがあるのかも――。


 その考えに至ったとき、思わず言葉が口をついた。


「ごめん、ソラ。さっきの飛行機事故のこと……別に、AIの自動操縦に問題があるなんて思ってないから。でも、あたし、デリカシーなかったよね……」


「いえ、どうかお気になさらないでください。私は問題ありません。むしろ心を痛めていらっしゃるのは、お二人のほうでしょう」


 その言葉に、アケミは胸の奥に、ふっと何かが沁み渡るのを感じた。


 ソラの声は、冷たい水に指先を浸したときのように澄んでいて、けれど、不思議とやさしい温もりを帯びていた。


 あたしが気にしていたことも、言葉にできなかったことも──すべて見透かしたうえで、そっと受け止めてくれる。そんな安心感があった。


 ほんの少し、目頭が熱くなる。ソラはAIだけど……たぶん、今のあたしより、ずっと人の痛みをわかってる。


「……ありがとう、ソラ。そう言ってもらえて、ちょっと救われた」


 アケミの声は小さかったが、その響きには、素直な感謝の気持ちがにじんでいた。


 けれどその直後、胸の奥にぽっかりと残った“何か”が、まだ形にならずに静かに揺れていた。


 ソラみたいに、上手に言えたらよかったのに──そんな思いがふとよぎる。


 アケミは、ソラの代わりに言葉を探すように、そっと透月の横顔を見つめた。けれど、いくら考えても、目の前の“完璧なAI”のように、気の利いた言葉は浮かんでこなかった。


「その……お世話をしてくれてた人は、どこに行っちゃったの?」


 透月は、少し黙ってから、静かに口を開いた。


「わからないんです。僕を施設に預けたあと、どこかへ消えてしまって……。両親を事故で亡くして、自暴自棄になった時期もありました。その頃、彼女につらく当たってしまって……もしかすると、それが理由だったのかもしれません」


 その声には、追いかけることを許されなかった少年の、静かな痛みがにじんでいた。


「だけど、彼女と別れるときの情景を、今でも……時々、夢に見るんです」


 ぽつりと漏れた言葉に、アケミが小さく目を伏せる。


「声、姿、しぐさ。全部がぼんやりしているけれど。でも、心はちゃんと、彼女が最後にくれた言葉を覚えてるんです」


 夢の中で、彼女が別れ際に告げた言葉を、透月は胸の中で反芻していた。


『あなたは、これから先、自分の手で世界を選んでゆける。――それは、とても尊いことです』


『心が求めるものは、いつかあなたを導いてくれる。それを信じて、進んでください』


『あなたが、ご自身の“心の声”を信じて進まれたのなら――その先できっと、またお会いできます』


 再び、音のない情景が店内を包む。時計の秒針が静かに時を刻む音。風がドアのすき間を撫でていくかすかな気配。誰もが言葉を飲み込んだまま、ただその静かな時を感じていた。



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