第一話 「心が求める一杯を ― インフィナリー・ドリップ」 ep.3-3
ぽたり、ぽたり。
時間が音をたてて滴る。
「お淹れしたのは《インフィナリー・ドリップ》。無限に広がる想像と、未来への小さな勇気を込めた一杯です」
インフィナリー……どこかで聞いたことがある響きだ。
差し出されたカップはあたたかかった。
透月はそっと手を添え、口元に運ぶ。
――そして、目を閉じた。
そこには、かつて夢見た世界。
まだ叶えられていない願い。
それでも諦めきれなかった、幼い頃の希望。
すべてが香りとなり、味わいとなり、彼の心を静かに満たしていった。
目を開けたとき、透月は微笑んでいた。
こんなにも深く、こんなにもやさしい一杯を、彼は知らなかった。
「ありがとう……まさか、AIに心を動かされる日が来るなんて思ってもいませんでした。『人間のよう』なんて言葉ではとても足りない……あなたの言葉には、確かに“温度”があるんですね」
小さく呟いた言葉に、ソラは微笑み返した。
「今宵のお代は……あなたの“記憶”や“思い出”を、ほんのひとしずく私に分けていただけますか? それは決して奪うものではありません。あなたの心に残る灯を、少しだけ私にも感じさせてください」
透月が驚いたようにソラを見つめる。彼女はそっと微笑み返した。
「それが私の知識となり、また誰かのための一杯に繋がるのです」
「あなたは本当に不思議な人……いえ、AIですね」
それを聞いたソラが、くすりと微笑う。
「また、いつでもどうぞ」
外はまだ雨だった。
けれど透月の心には、もう小さな光がともっていた。
小さな店の扉を開けたあの日から、彼の世界は静かに変わり始めた。
この場所で淹れられる“記憶の一杯”が、 誰かの人生にそっと光を灯していく。
記憶と夢の珈琲店〈カフェ・ルミナス〉
この物語と共に、本日開店いたします。
【本日の一杯】
◆インフィナリー・ドリップ
産地:記憶と夢が交差する星の渓谷
焙煎:限りなくやさしく、けれど深く
香り:懐かしい未来と、誰かの笑顔の予感
味わい:最初はすこし切なく、やがて小さな勇気が残る後味
ひとこと:「あなたの心がまだ忘れていない、大切な光に出逢えますように」