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記憶と夢の珈琲店〈Cafe Luminous〉  作者: 寶井かもめ
第九話 「ビター・スウィート・カフェ ― オーロラ・ブレンド」
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「ビター・スウィート・カフェ ― オーロラ・ブレンド」 ep.1-4


 都会の片隅にひっそりと佇む、小さな珈琲店「カフェ・ルミナス」


 今日も、透月はここで本を読みながら、午後のひとときを過ごしていた。


 そんなとき、ふいに入り口の木製の扉が開いた。からん、と小さな鈴が鳴る。


 少し戸惑ったように店内を覗き込んでいたのは、大学生と思しき青年だった。どこか心細げな表情を浮かべながらも、彼は扉の向こうへと足を踏み入れる。


「……いらっしゃいませ」


 カウンターの中で静かに微笑んだのは、整った顔立ちをした女性。けれど、彼女の瞳には人間らしい光は宿っていない。その所作も言葉も完璧すぎて、まるで計算されたように美しい。


「えっと……ひとりです」


「では、こちらのカウンター席へどうぞ」


 その青年――高坂春樹(こうさかはるき)は、そっと椅子に腰を下ろした。椅子のきしむ音が、やけに大きく響く気がする。彼は目の前のカウンターを見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。


 静かだった。まるで時間が止まったような空間だった。


「ご注文はお決まりですか?」


 春樹は一度だけ頷いたあと、少しだけ迷い、口を開いた。


「……コーヒーを、お願いします。いちばんスタンダードなものを、ホットで」


 ソラは、彼の瞳を一度だけ見つめ、そして静かにうなずいた。


「かしこまりました。すぐにご用意いたします」


 微かな動きで身を翻すと、彼女は静かにコーヒーの準備へ取り掛かった。淡く、そしてやさしく香る湯気が、ゆっくりと立ちのぼっていく。


 すると春樹の隣に、ふいに声が落ちた。


「苦手なのにコーヒーを頼むなんて、珍しいですね」


 驚いて顔を向けると、ひとつ隣に座っている男性がこちらを見ていた。歳は少し上くらいだろうか。けれど、その表情にはどこか達観したような雰囲気がある。


「……どうして、そう思われたんですか?」


「なんとなくです。飲めない人の所作って、見れば分かるものですよ」


 苦笑しながら、男は言葉を返す。


「透月さん、いつもながら観察力が鋭いですね」


 カウンター越しにソラが声をかけた。口調は穏やかだが、その瞳は春樹の様子をじっと見つめている。


「でも、観察だけでは、わからないこともありますよ」


 その言葉の余韻が、静かに空気に溶けていく。春樹は小さく肩をすくめた。それを遮るように、透月が片手をひらりと上げて言った。


「無理に飲まなくても、別のものを頼めばいいんじゃないですか? 紅茶とか、ハーブティーとか」


 透月の言葉に、春樹はゆっくりと首を振る。


「……それじゃ、だめなんです」


 春樹は目を伏せ、少しだけ言葉を選ぶように間を置いてから、ゆっくりと話し始めた。


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