表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶と夢の珈琲店〈Cafe Luminous〉  作者: 寶井かもめ
第七話 「再出発の音色 ― シュクレ・セレナーデ」
19/43

「再出発の音色 ― シュクレ・セレナーデ」 ep.1-5

 通りから一本奥へと入った、静かな路地裏。軒先の木製ランプが、控えめにゆれている。その下にかかる木の看板には、やさしい文字でこう記されていた。


 《記憶と夢の珈琲店 カフェ・ルミナス》


 木製の扉を押すと、からん——と鈴が鳴る。それは、まるで訪れた者を歓迎するような、あたたかな音だった。


 その日、カウンターには三人がいた。店主であるAIのソラと、常連の透月、そしてもう一人——鮮やかな赤いカーディガンを羽織った女性。


「ねえソラ、ぶっちゃけ聞いてもいい? この店のBGM、いつも絶妙だけどさ、もしかしてお客の表情とかテンションとか見て、相手の気分に合わせて選んでるとか?」


 冗談めかしたその声に、ソラはやわらかく微笑んだ。


「どうでしょう。気づけば、そうなっているのかもしれませんね」


「わー、それ絶対やってるやつじゃん! 空気を読むスキルってやつ? メンタリング? メンタリストだっけ?」


 彼女の名前はアケミ。快活で人懐こく、少しおしゃべりだが根はまっすぐで優しい。過去にルミナスを訪れて以来、何かと理由をつけては足を運ぶ常連客である。


 透月が、手元の本をぱたりと閉じる。そして、ため息まじりに言葉を返した。


「アケミさん。それはメンタライジングと呼ばれる対人理解の一種です。……ですが、今は静かにコーヒーを飲ませてくれませんか」


「えー、なにそれ。無口ぶってカッコつけちゃって」


「そういうんじゃありません。……ただ、静かな時間も悪くないと言っているだけです」


 軽口を交わしながらも、どこか気のおけない空気が二人の間には流れていた。透月とアケミのやりとりを、ソラは静かに見守っていた。カウンター越しに並ぶその姿は、まるで年の離れた兄と妹のようにも見える。


 そんなひとときに、からん、と再び扉の鈴が鳴った。


「こんにちは……」


 入ってきたのは、一組の母娘だった。娘は中学生くらいだろうか。長い髪で顔を隠すようにして、母親の背にぴったりとついている。


「いらっしゃいませ。ようこそ、カフェ・ルミナスへ」


 ソラが母娘に向かい直し、いつもの静かな微笑みで応える。それは、誰かの不安をそっと受け止めるような、穏やかな光のようだった。


「あの……こちらのお店には、パンケーキとかありますか?」


 控えめな声でそう尋ねた母親の目は、どこか切実だった。


「この子が……食べたいって言うものですから。珍しく自分から出かけたいと言ったもので……」


 その言葉に、ソラはふんわりと頷いた。


「はい。お時間を少しいただければ、ふわふわのパンケーキをお作りできますよ」


「ありがとうございます。……よかったね、このか」


 このかと呼ばれたその少女は、ほんの少しだけ顔を上げた。その瞳には、どこか遠くを見るような影が宿っていた。


 ソラは微笑んで、母娘を窓際のテーブル席へと案内した。透月はその様子を見て、静かにカップを置くと、空気を読むように席を立った。


「そろそろ失礼します。……ソラさん、また」


「いつでもどうぞ、透月さん」


「じゃあねー、またねトーゲツくーん」


 アケミの陽気な声に、透月はほんのわずかに眉をひそめたが、返事はしなかった。だが、その背中はどこか和らいでいるように見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ