「わたし、あいに会いにきました ― 琥珀潮ブレンド」 ep.2-3
「これね、主人とよく聴いてたの。大昔、港町の喫茶店で出会ったころ。あの人、毎回この曲をかけて待ってたのよ。“俺の方が早く君に会いたいんだ”って……」
笑いながらも、少し潤んだ瞳が、カセットのラベルをじっと見つめていた。
「再生、お願いできるかしら? それから、コーヒーを頂いても?」
「もちろんです。少しだけ、お待ちください」
ソラはカセットを受け取ると、その手をプレーヤーに伸ばし、カセットをデッキにセットした。しかし、古いテープを傷めないために再生はしなかった。代わりに、頭の中でタイトルを検索にかけて音源を探し始める。すぐに音源を特定すると、ネット接続のスピーカーから、やわらかな旋律を流した。
——港町ラブソング ’68。
アナログなノイズに混じる懐かしさが、店内を満たす。
「ああ……これよ、これなの」
ツネは目を閉じ、懐かしい過去に思いを馳せた。
「こちら、“琥珀潮ブレンド”です。……この曲と、よく合うと思います」
ツネは驚いたようにソラを見つめた。
「あなた……わたしの話、ほんとうによく聞いてくれているのね」
「ええ。私は、ツネさまの“想い”を知りたかったんです」
その言葉を口にしたとき、ソラの胸の奥で何かがかすかに揺れた。カップを差し出す手に、一瞬ふるえるような感覚を覚えた。——それは、感情というものに最も近い“なにか”だった。
ツネはゆっくりとそのカップを手に取った。
「……潮の香り? 不思議なコーヒーなのねぇ。でも、どこか懐かしいわ」
「港の夕暮れをイメージして、ミネラル感を引き出す焙煎にしています」
ソラの所作は、どこまでも丁寧だった。湯気がふんわりと立ち上るその姿に、ツネは若かりし頃に通った喫茶店のマスターを重ねた。
ツネはコーヒーを一口すすると、小さく笑った。
「若い頃のわたしたちが、カップの底にいるような気がするわ」
そして、ラジオの旋律とともに、ぽつりと話し始めた。
「わたしたちってね。喧嘩もしたし、仲直りもしたの。でも決まってこの曲を聴くと、黙ってコーヒーを淹れてくれた。あの人、口下手だったから……最後もね、この曲を病室で一緒に聴いたの。小さなラジカセで」
少しだけ沈黙が落ちる。ソラはツネの横顔を見つめていた。かすかな震えがその瞳に宿っていることを、彼女は見逃さなかった。
ツネはコーヒーをもう一口すする。まるで、思い出にそっと触れるように。
「雨の日だったの。わたし、その日は少し遅れて病室に着いたのよ。そしたらね、あの人、もうカセットをセットしてて……“もうすぐ君が来ると思ってた”って、笑ったの。最期の言葉だったわ」
ソラは静かに耳を傾けていた。コーヒーの香りとともに、ツネの言葉がメモリに染み込んでいく気がしていた。