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記憶と夢の珈琲店〈Cafe Luminous〉  作者: 寶井かもめ
第五話 「わたし、あいに会いにきました ― 琥珀潮ブレンド」
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「わたし、あいに会いにきました ― 琥珀潮ブレンド」 ep.1-3


 そのカフェは、都会の片隅にひっそりと佇んでいた。大通りから一本奥に入った細い路地、ひと気のない夕暮れ時になると、看板を照らす小さなランプだけが、行き交う人の視界に優しく灯る。


 記憶と夢の珈琲店『カフェ・ルミナス』。その名のとおり、誰かの記憶や夢のかけらにそっと灯りをともすような場所だ。


 木製の扉が開き、からん、と鈴が鳴る。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの奥から柔らかな声が届く。そこには髪を後ろでまとめたAI店主のソラが、静かに立っていた。


「……あらまあ、ほんとにあるのね。こんなところに」


 杖をついた老婦人が、ゆっくりと中へ入ってくる。丸い背に淡い水色のコートを羽織っている。壁の風景画やレトロな雑貨――歳月の気配を宿す飾りの数々に目をとめ、その瞳がふっと明るむ。


「ひとりだけど、いいかしら?」


「もちろんです。どうぞ、お好きな席へ」


 老婦人はカウンター席を選び、腰かけるとほっと息をついた。そして、数日前の孫娘との会話を頭の中で反芻する。


『ねえ、ツネおばあちゃん、“あい”ってすごいんだよ。ちゃんとお喋りもできて、お友達みたいなの』


『へえ、そんな時代なのねぇ』


 孫娘が得意げにタブレットを見せてくれたが、ツネにはよくわからなかった。ただ、画面の向こうの声が優しくて、どこか懐かしく感じた。


『今はお店とかにも“あいちゃん”がいるんだって! カフェにも、レストランにも!』


 ——“あいちゃん”。ツネはその名前が心に残って、そっと胸にしまったのだった。


「ねえ、あなた……“あいちゃん”ってここにいる?」


「“あいちゃん”……ですか?」


「孫が言ってたのよ。“あい”っていうすごい子がいてね、話もできるし、なんでも知ってるんだって。友だちみたいになれるんだって。で、なんでも、近頃はこの辺りの喫茶店にもいるんだって……」


 ソラは静かに微笑んだ。ふたりはきっとAIのことをあいちゃんと呼んでいるのだろう、と気づいたのだ。


「その方は、きっとこの店にいますよ。どうぞ、ごゆっくり」


「ふふ。会いに来たの。わたし、“あい”に会いたかったの」


 老婦人は、まるで子どものような笑顔を浮かべた。


「よければ、お名前をうかがっても?」


「あらやだ、ご挨拶がまだだったわね。ツネといいます。ツネばあちゃんで覚えてちょうだい」


「ツネさま、ようこそカフェ・ルミナスへ」


 ソラが軽く頭を下げたそのとき、カウンター脇に置かれた古いラジオがツネの目に留まった。


「それ、懐かしいわね。うちにもあったのよ。昔のカセットラジオ。……まだ動くの?」


「はい、よろしければ、お好きな曲をおかけします」


 ツネは少し迷ってから、ハンドバッグから小さなカセットテープを取り出した。ケースは黄ばんでおり、手書きのラベルには「港町ラブソング ’68」と書かれている。夫が亡くなってから、常に持ち歩いているカセットだった。



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