不都合はオールコントロールします -あくまで高校は平凡に暮らしたい-
春チャレンジ2025 投稿作品です。
短編で気軽に読める超能力×学園×ラブコメディです。
21xx年、人類の子供たちは、生まれながらにして一つだけ“超能力”を持っている。そこは、能力の強さではなく、個性が尊重される時代。
舞台は、日本にあるごくごく普通の高校、超能力学園の1年C組の教室。
そこに日々を平凡に、平穏に暮らしたい1人の男がいた。
「……ふう、今日も何かに巻き込まれず、平凡に過ごせた」
窓際の一番後ろの席。カミシロ・ヒロは、最後のチャイムが鳴った教室で、ひとりため息をついていた。
クラスメイトたちはもう立ち上がって、雑談を始めたり、部活動へ行ったりしている。
けれど、誰もヒロには話しかけない。いや、話しかけ“られない”。
それもそのはず──彼には誰もが彼のことを気づけなくなる「結界」が張られているのだから。
「……今日も一言も話しかけられなかったな。完璧だ」
ヒロの能力、それは“オールコントロール”。
あらゆるものを操ることができる。それは生物も、無生物も、自然現象さえも例外ではない。
だからこそ、彼は幼い頃、大いにもてはやされ、悪の組織に連れ去られたり、国のために働かされていた。そんな日々に嫌気がさした彼は「平凡な生活」に強い憧れを持ち、誰にも干渉されなく、静かに暮らすことを決意した。
決意してからの行動は速かった。
自身の能力をフル活用して、高校入学と同時にこれまでの仕事や関係を切り捨て、高校では誰にも干渉されることなくなんてことない毎日を暮らすことに専念した。
そして、今は「自身の存在が限りなく希薄になる」という結界を、周囲の空気や音をコントロールして張り巡らせていた。
結果、彼は誰からも干渉されることなく、完璧な静寂と孤独を保っていた。
──これこそ、ヒロが望む理想の平凡な生活。
「じゃあ、今日は帰って最新のVRゲームでもやるとしますか!」
そんなヒロの静寂を、突然破壊する音が鳴った。
「うおおおおおっ!!見つけたあああああああ!!!」
「……え?」
教室のドアがバァン!と開かれた。そこに立っていたのは、赤髪、ショートカットの少女。顔は快活で、瞳はぎらついている。全身からエネルギーがあふれ出ている。
「アンタがカミシロ・ヒロかっ!?ついに見つけたぞおおっ!!」
その瞬間、ヒロの脳内に緊急アラートが鳴り響く。
《警告:結界が突破されました》
「え、えええええ!?なんで!?ちょっと気が抜けたからって、突破されるものではないだろぉ...!」
「名乗るのが遅れた!私は“干渉系”超能力者、ユズハ・サカグチ!!“ラッキー・クラッキー”で、すべての障壁や障害を確率で無視できるのだああっ!!」
「いや、どういうこと……!?」
彼女の能力は、なんと“あらゆるバリアや制限を確率的に無視できる”というとんでもない力だった。
それが低確率でも、無限回チャレンジすれば、いずれ突破できる──という理屈らしい。
「私ね!ヒロくんに興味津々なんだ!入学してまだ1ヶ月経ってないのに、なんで幽霊みたいな存在になってるの?それってすごくもったいないよ!!」
「もったいない、だと……!?」
「だって、高校入学したばっかだよ?それなら、新しい友達作ったり、運動会とか文化祭とかみんなで遊んだりねっ?」
「いやだ。平穏こそが至高だ。干渉されない日々こそ、真の勝利なんだ……!」
「ふっふっふ……わたしの“ラッキー・クラッキー”は止まらないよ!明日から、毎日会いにくるから、よろしくねっ!」
全く話を聞かずに、ユズハは走り去っていった。
「......あいつ消すしかないのか..... いやいや、俺はもう平凡な高校生なんだ、そんなことは絶対できない... 何故かあいつにはオールコントロール効かないし、どうしたら良いんだぁぁ...!!!」
──こうして、ヒロの静寂な日常は、音を立てて崩れていった。
———
ユズハとの強制エンカウント事件からヒロは毎日ユズハに話しかけられた。
勝手にユズハが言ってたのだが、一度干渉したものは無制限に干渉できるようだ..
そして、出会いから1ヶ月経った今日、運動会が開かれた。
「さあああああっ!今年も始まりました、超能力学園・第77回・異能大運動会っ!!」
校庭中に響き渡るのは、実況担当・音波拡散型能力者セイラ・ナミオトのテンションマックスボイス。
会場では、空中に浮かんだリングを飛び越え、重力を無視して空中を闊歩するようにダンスし、地面を液状化させて流動化する地面を滑走し──そのすべてが運動会の競技あった。
そして、観客席。
ひときわ静かな木陰に、一人だけ“異様に平穏な男”が座っていた。
そう──干渉不能の男、平凡をこよなく愛すカミシロ・ヒロである。
「……ふぅ。最高だ。全校生徒が“運動”している間、俺だけが“無動”である。この至福よ」
「ヒロくーん!!」
「やめろ、来るな赤髪ッ!!」
駆け寄ってくるのは、もちろん干渉娘ことユズハ・サカグチ。
彼女の手には、どこかで拾ったらしい“借り物競争の紙”が握られていた。
「『この学園で一番影が薄い人』って書いてあったから、ヒロくん来て!」
「バカにするな!お前か、俺のひとときを奪うのはぁぁぁっ!!」
叫ぶヒロを無視して、腕を引っ張って連れて行くユズハ。
そのまま、無事ゴールをすると、
「ていうかヒロくん、競技出てなかったんだね!?運動会は参加義務あるよ!?ほら、ほらほら!」
「俺はお前らが運動しているのを見ながら何もしないのが最高にハイってやつだ。言わば、“観戦モード”で出席してる!これは実質参加!」
「却下!ほら、最後の競技、“超能力リレー”始まるよ!!C組、主力抜けて大ピンチ!」
「じゃあC組が負ければいい!」
「ヒロくん、実はもうエントリー済みなんだよねー!」
「してねぇだろ!?おれ、何も聞いてないぞ」
「ふふっ、実はしてるのだよ!“脳内で想像しただけでエントリー済になる”能力者の子に、ヒロくんのエントリー頼んどいた!」
「それチートすぎるだろ!!」
「てへぺろ。ほら、次だから準備しないと。応援するからね〜。頑張って!!」
舌を出しながら、微塵も反省はしない顔で、走って逃げた。
「あのバカタレ干渉娘..... 許すまじ.....」
とヒロは言いつつも少し笑みをこぼして、トラックに向かった。
こうしてヒロは──否応なくトラックの中に立たされる。
観客たちがざわつく。
「えっ……あれ、誰?」「え、いたの?」「幽霊……?」
「ヒロくん!ヒロくんがんばれぇぇぇっ!!」
(※叫んでるのはユズハだけ)
最終競技:超能力リレー
ルール:
各走者が“自分の能力”を最大限活用してトラック一周し、次の走者へバトンを渡す。
能力で飛んでも、地形を変えても、時間を止めてもOK。
ただし、「他の走者を、直接妨害したら失格」。
ヒロは第3走者。1〜2走者は、なんとかバトンをつなぎ、現在1位。
「……しょうがない。3秒で終わらせるか」
ヒロはバトンを受け取ると、トラックと自分の足の摩擦と空気抵抗をコントロールし、
「──瞬間完走」
「ええええええええええっ!?」
「なにした今!?」
「あの人瞬間移動の超能力なんだっけ……!?」
「ふっ……これで俺の時間は終了だ。帰って寝るか」
しかし。
次の走者が──いない。
「……ユズハ?」
「ごめん!わたし、4走の子に“逆転フラグ能力”かけられて、今コケてる!!」
「なにしてんだよ!!」
しかたなく、ヒロは再度トラックへ舞い戻り──
(直接妨害してはいけないなら、味方の支援はして良いんだよな。それなら久々にあれか.....)
「お前の運命を少しだけコントロールした。フラグを逆転からの逆転に書き換えたぞ」
「よし、一位でゴー... 痛っ! なんでここに段差が.....!?」
一位だった女の子がゴール目前でいきなりこけた。
「おお、なんか急に力湧いてきたぁぁぁ!!!」
「こいつなんなんだよォォォ!!!」
勢いづいたユズハはそのまま全員を追い抜かし、無事、超能力リレーは一位となった。
結果:C組、優勝。
ヒロ、表彰台で「俺はただ座っていただけだ」と言い張るも、全校からの拍手喝采を浴びる。
「ヒロくん、なんか最近、“干渉され慣れ”てきた?」
「……まあ、全校生徒を同時に制御するより、お前ひとり制御するほうが難しいからな」
「惚れたってこと?」
「違う(即答)」
「おぃぃ!!」
ポコポコと胸を叩かれながらも、笑顔のヒロと少し顔を赤くしているユズハだった。
———
──西暦21xx年、夏。
町の空に、超巨大な提灯型ホログラムが浮かんでいた。
《本日18時より、第43回・超能力夏祭りを開催いたします。超能力制御は各自責任を持って。恋人専用空間はカムイMk-IVの判断に基づいて展開されます──》
町中にアナウンスが流れるたび、期待と熱気が広がっていく。
それは、能力者たちが唯一“自由に能力を使っていい日”。つまり、全員がテンション最大になる日──
「……バカばっかりだ」
冷房の効いた部屋の中、カミシロ・ヒロは小さく呟いた。
現在18時15分。
カーテンは閉じ、音をコントロールして無音、スマート壁時計の時間が進む音すら聞こえない。
「いいか俺……これは“夏祭りを拒否した”のではない。“干渉を回避した”だけだ……干渉されない、平穏な夏の夜……それが最高のごちs──」
《ガチャ》
「ヒロくん、着替えて! はい、浴衣!」
「!?!?鍵かけてたよな!? 今の音何!?!?」
「鍵破り能力者の女の子が協力してくれたよー。そんなことどうでも良いよね。ほら、私浴衣だよ、似合う?」
「お前、合法的にストーカーじゃねえか!?ていうか浴衣って……」
「ヒロくんも着て。私が選んだの!ほら、かっこいい浴衣だよ! ほらっ!!」
「ただでさえ、夏祭りは嫌なのに...浴衣なんか俺に渡すな!!」
「はいはい、着替え終わったら花火広場集合ね! あ、逃げたら友達の力で追跡してもらって追うから!」
「人権って21世紀でなくなったのか!?」
──19時過ぎ。
ヒロは学園中央に作られた《夏祭り広場》にいた。
浮遊式の屋台が数十軒、空中の金魚すくい(魚が飛んで逃げる)、透明化したヨーヨー釣り、味覚改変わたあめなど、超能力をふんだんに使った屋台が並んでいる。
「……なんだこれ」
「ね、ヒロくんヒロくん。あの輪投げ、絶対入らないやつだよ。なんか輪っかの軌道がおかしいよね。あのおじさん絶対何か力を使ってるよ」
「学園でやってる夏祭りにそんなせこいことするやつがいるのか...」
「そうだよね!私もそう思う!でも行こっ!」
(“でも”ってなんだ)
ユズハが先に輪投げに挑戦したが、ラッキー・クラッキーが成功するまで挑戦しようと続けた結果、10回を超えた頃、その執念に怯んだおっちゃんはユズハの出禁を宣言した。
「くっ、ヒロ君...あとは頼んだよ」
ヒロはというと──
「ちょっと試してみるか……オールコントロール発動。“輪投げ空間の重力をコントロール」
──シュッ、シュッ、スパスパスパッ!
「……完璧に入った」
「なっ、この小僧、なかなかやるな... ほら、好きな商品を持っていけ!」
「さすがヒロくん!あのせこいおっちゃんに、勝てたね!ヒロ君私のためにそこまでやってくれるなんて...」
「語弊しかない。何がお前のためだ...」
否定をしながらも、ヒロは少し照れくさそうに呟いた。
20時。
広場の中央には、“恋人専用花火観覧ゾーン”が展開されていた。
ゾーンの入り口には、学園管理AI「カムイMk-IV」恋愛度センサーつきが置いてあった。
「ご来場ありがとうございます。該当者の脳波および行動履歴により、次のペアを“恋人認定”といたします」
「ん?」
「カミシロ・ヒロ氏 × サカグチ・ユズハ氏」
「ええええええええええっ!?!?」
「私たち恋人みたいだって、ヒロ君... やっぱ私に惚れてたんだ」
「やかましいわ!」
ヒロはAIからの急な宣告に驚いていた一方で、ユズハはどことなく嬉しそうだった。
「何が起こった!?俺たちは交際していない!俺は誰とも交際したことがない!クリーンぼっちだ!永遠ぼっちだ」
「言葉よりも、行動と脳波で判断しています」
「脳波あああああああああ!?油断せず測定されないように、結界張っとくべきだった」
「この空間は、“本物のカップルのみが入れる特別な空間”です。お二人だけの特別なひとときをぜひ楽しんでください」
「良いんですか? せっかくだからヒロ君入ろうよ!ほら、行くよ」
ユズハはヒロの腕を強引に引っ張り中に入っていった。
「こんなリア充展開、俺は頼んでもないよ、なんでこいつとのイベントは全く制御できないんだ.....」
ヒロはぼそぼそ呟きながら、中に連れていかれた。
天井に上がる、巨大な超能力花火。
分子レベルで制御された“空間に咲く花”のような光景に、会場全体が見とれていた。
その一角で、ユズハは言う。
「ね、ヒロくん。最近の学校生活は楽しい?」
「そこそこ...... 赤髪の誰かさんがずっと干渉してきてるけどな.....」
「そかそかよかった。でも、干渉って、ぜんぶ悪いこと?」
少し笑みを浮かべながら、ユズハは続けた。
「……99%悪だ」
「1%は?」
「……知らん」
「そっか。じゃあ、その1%ってもしかして私のことかな」
ユズハは嬉しそうにヒロへと顔を向けた。
ヒロは顔を背けるだけで、なにも答えなかった。
──花火が終わる頃、AIが言った。
「カップル認定、継続されました」
「ちょっと待てAI」
「いぇーい!」
AIに少し良い雰囲気になっていたのを見抜かれて、気まずいヒロ。
「帰るぞ。俺はもう今日だけで一生分の非日常を過ごした。当分は何もしたくない」
「今日1日付き合ってくれてありがとね。……来年もまたきてくれる?」
「来ない」
「じゃあ、再来年」
「来ない」
「じゃあ──毎年鍵開けて誘いに行くね」
「……よし、来年になったら普通に声かけてくれ」
夜空に、もう一発、どこか控えめな花火が上がった。
———
少し時期が経ち、周りの木々が紅葉し始めた頃、高校は少し騒がしかった。
それもそのはず、文化祭の時期が来たのだ。
「ふっ、紅葉などで浮かれているバカどもが。やはり、平穏、ぼっちで過ごす俺こそが至高......」
「おっはよー!ヒーロくーん!」
「……来たな、赤い干渉者」
「ユズハだよっ!」
その後ろには、なぜか生徒会の面々がぞろぞろと並んでいた。
人を分析する超能力を持つ副会長のシオン・イズミがメガネを押し上げながら言う。
「カミシロ・ヒロ。君を文化祭の“特別企画班”に任命する」
「は?」
「キミの能力、“オールコントロール”は、本来なら国防レベルでの管理対象だ。だがここは学園。能力の善用を推進する立場として、キミには“文化祭の守護者”になってもらう」
「いや、断る。存在感を消すのが俺の信条だ」
「だが、キミには協力義務がある。“全校生徒のためになる使用”と判定されれば、拒否権はない」
「な、なにィィ……!?」
「ちなみにその判定は、私がやった。文句はあるか?」
「お前、性格悪いな!」
「失敬だな。私は可愛いユズハの頼みを聞いてあげただけだ」
「シオン先輩、ありがとうございます!」
「おい!ユズハ何言ってるんだよ.… ふん。だったら、こっちも本気で“文化祭に参加しない”ための最適解を出してやる」
「面白い。その2つが両立できるか、見ものだな」
かくして、ヒロは「表には出ずに文化祭を完全支配する」ある意味、特殊任務を開始することとなった。
文化祭当日。
ヒロは表に出ていなかった。が、裏で「すべて」を操作していた。
「屋台のたこ焼き、風速制御で煙を右に流せ」「BGMの音量、3.5%上げて祭り感を強調」「あそこに人が集まりすぎてる誘導せねば」
などぶつぶつ言いながらも、ヒロはその場にいなくても、校内全域の人流・音・風・気温まで“コントロール”していた。
まさに“影の支配者”。彼はこの状況に満足していた。
「これでいい……これなら誰にも干渉されず、全てをコントロールできる……!その上で、文化祭に参加しろと言われることもない!最高だ」
しかし、そんな彼に、再び赤い衝撃が訪れる。
「ヒロくーん!きたよ!」
「また貴様か……!」
「いま、演劇部がトラブルで役者が一人欠けたの!急遽“最強の王子役”が必要になったの!」
「それで、俺を出せと?断る。俺はこの裏方作業だけで──」
「もう出ることになってるんだよねー!」
「……は?」
「シオン先輩に許可もらって、演劇部の人にとびきり最強の男用意しときますって話しちゃった。てへ」
許してねというポーズを取るユズハのほおを引っ張りながら、ヒロは諦めた。
「お前、これ終わったら話あるからな」
「.....えっ、なにヒロ君......愛の告白? 楽しみにしてるね」
「違うわ!ばか」
「いたっ......!」
ヒロは少しテンパりながらも、顔を赤くしたユズハの頭にツッコミを入れた。
演劇部の部室に到着した2人。
「おっ、よく来てくれた... 僕は部長のマキだ。 君がヒロ君で合ってるのかい.....? なんか、申し訳ないんだけどあまり最強の男には見えないね.....」
演劇部 部長マキは少し困惑しながら挨拶した。
「マキ先輩、そうです。彼がヒロ君です。ぱっと見はわからないかもしれないですけど、ほらあの運動会の逆転劇もヒロ君の超能力のおかげなんですよ」
「おお!その彼か...!なら、十分だよね。よろしく、ヒロ君」
マキは納得したかのように、握手をヒロに求めた。
「は、はぁ... よろしくお願いします。ヒロ・カミシロです。劇なんか出たことないんですけど、俺なんかで良いんですかね.....?」
戸惑いながらもヒロはマキと握手した。
「なぁに、君の普段通りの姿を見せてもらえれば大丈夫だよ。実は、こっそり文化祭の裏側の話を聞いていてね。
運動会の覇者が今度は文化祭の支配者になるだとか。今回の最強王子はそう言った役だから、君にぴったりだよ!」
「え、そんな噂が..... 俺の平凡高校ライフはもうないのか.....?」
唐突なカミングアウトに、ヒロはその場に座り込んでしまう。
「ほら、ヒロ君。もう諦めなって、出番が来るまでに着替えと台本覚えなくっちゃ」
座り込むヒロの腕を引っ張って、ぐいぐい更衣室に連れ込むユズハだった。
「カミシロさん、あと5分で出番来ます!」
「お、そろそろ出番だね。準備は良い?」
「ふっ、俺はもうなにも怖くないさ。噂になって、俺はもう平凡な日々を暮らせないんだ」
「ヒロ君、まだ言ってるの? 文化祭が終われば、みんな忘れるって。もし、本当に嫌なら記憶操作の超能力を持つ友達にお願いするから」
「お前は魔王か...…!? もういい。いったん、頼まれたからにはやるしかないのか」
そして、舞台に入ると──観客はどよめき、歓声が巻き起こった。
演劇の終了後。
「……バカな。なんで俺は、あんなに楽しんでしまったんだ」
「ヒロくん!」
駆け寄ってきたユズハが、満面の笑顔で言った。
「やっぱりヒロくんは、目立ってナンボだよ!」
「……そんなわけないだろ」
ヒロは、否定しながらもふと小さく笑った。
「干渉される相手は1人で十分だ!」
「それ、告白?」
「違う」
「そっかー!」
こうして、あらゆるものからの干渉を拒んだ少年は、初めて他者との干渉を“自ら選んだ”。
———
春の風は、まだ冷たい。
でも、教室の窓辺に座るヒロは、その風を悪くなさそうに感じていた。
今日は終業式。
あの騒がしい1年が終わり、明日からは2年生。
新しいクラス、新しい日常、そして──
「ヒロ君、また同じクラスだったらいいね!」
「……フラグ立てるな」
「えーっ!?むしろこれ、立てていくところじゃん?」
ユズハは相変わらずのテンションで、机の上にあごを乗せている。
彼女とはあれから、特に進展はないが、一緒にいることに抵抗はなくなった。
「この前のバレンタイン、なんだかんだで受け取ってくれたし」
「チョコの話はやめろ」
「なんで受け取ってくれたの? あのチョコ」
「……あの時、お前が、能力使ってないって言ったろ?」
「うん」
「だから、“それくらいならいいか”って思った。……たまたまだ」
「じゃあ次は本命で渡しちゃおうかなぁ」
ユズハは、顔を少し赤くして、聞こえないように呟いた。
「……?ユズハ、何か言ったか?」
ヒロはそう言って窓の外を向いた。
(本当は音をコントロールしてるため、普通に聞こえてるのだが)
「何も!ほら、新しいクラス見に行くよ!」
ユズハは満足そうに、ヒロの腕を引っ張って向かった。
昇降口前。
掲示板には、新クラス名簿が張り出されている。
「よーしっ!見るよーっ!」
「うわっ!引っ張るな!ユズハ!」
「せーのっ!」
ユズハの指が、2年C組の列をなぞる。
「……いた!カミシロ・ヒロ!ユズハ・サカグチ!同じクラスー!」
「またC組かよ……なんか運命的だな」
「ヒロくん、それフラグ?」
「違う。断じて違う」
──でも、その言い方は、どこか前より柔らかかった。
その日の放課後。
ヒロは一人、教室に戻っていた。
静かになった1年C組。
机の位置、イスの音、壁の汚れ──全部が「昨日までの自分」を思い出させる。
初日から結界を張って、誰ともまともに喋らなかった。
人と関わることが嫌になっていた。
けど、ユズハだけは違った。
誰も干渉できないはずの自分に、
“それでも笑って関わってきたやつ”がいた。
「……ありがとうな」
小さくつぶやいたその声は、
誰に届くでもなく、でも確かに教室の中に響いた。
次の日、新しい教室。
「わああー!新しいC組もいい感じの変人率だねー!」
「お前はそれを褒めてるのか?」
「うん!ヒロくんも十分変人だし!」
「そこは否定するけどな」
「…そういえば、去年していた結界ってもう今年はしないの?」
ヒロはちょっとだけ考えてから、
カバンを机に置きながら、こう言った。
「──まあな」
ユズハはにっこり笑って、
「うん!それで十分!」と声を上げた。
春の光が、教室に差し込んでいた。
風が吹く。
新しい1年が、今、始まる。
──そして、少年は今日も、誰かに少しだけ、干渉されながら平凡に生きている。
──完。
面白かった!もっと読んでみたい方はぜひコメント、高評価よろしくお願いします!