第8話 巨大な乱入者
ラナデとメモリーが、アステルの指示でその場を離れたすぐあと──。
アステルの喉元を貫いた女性は、アステルが動かなくなったことを確認すると、喉と腹部に刺さっている槍を引き抜く。
そして、腹部に刺さった槍を男性に手渡す。
「ン、ハイリンロスピ──」
「──あーあー、お? 喋れるようになった。……全くもう、痛いじゃん」
「「──ッ!?」」
確実に仕留めたはずの相手が言葉を発し、ふたりは思わず後方に遠く飛び退く。
アステルが貫かれた傷口が塞がっているか触って確認をしていると、男性は女性に向けて人差し指を立てて何やら指示を出している様で、女性は指示を確認して頷くと槍を下ろして後ろに身を引く。
「やっと対話してくれる気になった……って訳でもなさそうだね」
男性は女性を後ろに引かせると、槍を持ったまま1歩前に出る。
男性はフードを目元まで深く被り横に手を開くと、
「トイリン、アクア・リタ! ハイリンメ!」
周囲に響き渡るほど勇ましい声で叫ぶ。
「さっきからリンリン言ってるけど……、ああ、そういうことね」
アステルは相手の意図を察したようで、槍をバッグにしまい、代わりに腰につけていたナイフを手に持ちバッグからロープとシナリシネリギを取り出す。
そして、ナイフの持ち手とシナリシネリギをロープで繋ぎ止め──、
「トイリン、アステル=モシュメ。で、良いのかな? 私の予想が正しいなら、“アクア・リタ”っていうのが君の名前だよね?」
アステルが自身の名を名乗ると、自身をアクア・リタと名乗った男性は頷き、再びアステルに槍先を向けて構える。
「アステル=モシュメ。ハイリンリ、ナラカンヤサナリアラ」
「うん、調査しなくちゃいけないから喧嘩してる暇はないんだけど、それで気が済むなら少しだけね」
アステルも応えるようにシナリシネリギの先を地面に突き立て、手に持ったナイフを構える。
「ナラカン、ファナイ!」
後ろに下がっていた女性の合図と同時に、アクア・リタはアステルに向かって間合いを詰める。
「おっ、早──」
アステルは咄嗟に前方にナイフを投げるが、アクア・リタは槍先で軽く弾き飛ばし、アステルの喉元に狙いを定める。
そして、今一度アステルの喉を貫こうとするが──、
「グッ──!?」
アクア・リタの腕に鈍い衝撃が走り、槍を持つ手が緩む。
アステルはその隙を見逃さず、透かさずアクア・リタの腕を払い上げざまに頭を鷲掴みにし、離した槍を掴み槍先を喉元に突き付ける。
「はい、私の勝ち」
アステルは槍先でアクア・リタの喉元を軽くつつくと、頭を鷲掴みにしている手を離し、膝から崩れ落ちて片膝をつくアクア・リタに槍を手渡す。
「何があるか判らない相手に何もさせないよう瞬時に間合いを詰めて終わらせようとしたのは、まあ良い判断かな。でも、何があるか判らないからこそ、戦う時は相手だけではなく周囲にも気を配るようにしようね。折角今回は見えるように準備をしてあげたんだから」
そう言うとアステルはシナリシネリギを踏んで撓らせ、その反動でロープで繋がれたナイフを手元引き戻す。
「これ、見た目は普通のナイフと変わらないけど、私用にちょっとばかり重たくなってるんだよね」
アステルがナイフを落とすと、ナイフの刃が地面にある石にぶつかり石を砕く。
後ろで見ていた女性もアクア・リタの負けを認めたようで、女性が小さく息をつき槍を構えることなく歩いて来ていると──、
突然横の茂みの中から小さな生物が大量に飛び出してくる。
かと思えば、小さな生物たちは我先にと言わんばかりに反対側の茂みへと消えていく。
「あ、見たこと無い生物だ」
生物達は何かに怯えている様子で、ほとんどの生物はアステルたちには目もくれず、途中アステルに掴まれそうになった生物はアステルの手をひらりと躱し、3人の間を通り抜けて去っていった。
「ああ、行っちゃった……」
三人が何事かと動物たちの去っていった茂みを見ていると、背後から女性に、大きな何かが襲い掛かる。
アステルとアクア・リタが反射的に女性の方に目を向けると、そこには首から片側3本ずつにヒレのようなものをぶら下げ、体表を自身の分泌する粘膜と来る途中で絡まったのか、シズクダマリの蔓で覆った黒い斑模様のある緑色のサンショウウオのような巨大生物が女性を咥えていた。
そして、女性は必死に巨大生物の口から抜け出そうと自身の下半身を咥える口に槍を突きつけていたが、巨大生物の分泌する粘液で槍先が滑る。
「ルオロートル!? ナラコルルリ!」
アクア・リタは槍を構えると、巨大生物に向かって足を踏み込む。
「あちょっと、真っ向から行くと危ないよ」
「リト! カイラカシットッ!」
アクア・リタは声を荒げると、アステルの制止を聞くことなく槍を持って巨大生物の下へと飛び込んでいく。
しかし、槍で突こうとするが体表の粘膜で槍先が滑る。
巨大生物は頭で払い除けて反撃すると、体勢を崩したアクア・リタに向かい手を振り被る。
アクア・リタに当たる直前、女性が攻撃をさせまいと巨大生物の口の中に槍を刺しこ込むと、巨大生物はアクア・リタへの攻撃を辞め刺さった槍を抜こうと激しく顔を横に振り、
「リタ──」
槍が抜けると口を上に向け、アクア・リタに手を伸ばして助けを求める女性を槍ごと丸呑みにする。
「リ、リト……? ──ッ!? リト…………ッ」
アクア・リタは女性を救い出せず目の前で自身の仲間が巨大生物に食われ、手からこぼれ落ちた槍とともに膝から崩れ落ちる。
巨大生物は女性を飲み込み、アクア・リタに次の標的を定めると、大口を開いて突進する。
そして、丸呑みにしようと口を閉じようとした瞬間──、
「ほら、放心してない!」
アステルがロープで括っていたナイフの先をシナリシネリ木に高く刺し、ターザンロープのように活用し間一髪のところでアクア・リタを救い出すと、勢いのまま茂みへと飛び込む。
獲物を食い損ねて頭から地面に激突した巨大生物はアステルたちを見失うと、茂みから飛び出てきた小さな生物を追って対向の茂みへと消えていき、姿が見えなくなった頃アステルは脇に抱えていたアクア・リタを離す。
しかし、アクア・リタは立ち上がることなく「リト……」と頬に涙を伝わせ呟くだけだった。
「……はぁ、本当は自分の身が危機に晒されたりしない限り生態系に過度に干渉しちゃいけないんだけど、番いが他に居らず君らふたりだけってなるとこっちもちょっと困るからね、今回だけ助けてあげる。絶滅するなら調査終わったあとにしてね」
そう言うとアステルは、仲間を失った絶望感に包まれるアクア・リタの頭をポンポンと軽く叩き、シナリシネリギをナイフから外してバッグにしまうと、拾った槍を持って女性を飲み込んだ巨大生物の痕跡をもとに後を追いかけていく──。
第8回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『アステル=モシュメの戦闘技術』について
いやー、2回連続でシュメちゃんの豆知識ですねー。まあお姉ちゃんとしてはシュメちゃんについて語り尽くしたい気分なので嬉しい限り、というかもう全部シュメちゃんの豆知識でも良いくらいですけどねー。
それはそうと、シュメちゃんの戦闘技術について。単刀直入に言うと、シュメちゃんは強いです。それはもう物凄く、鬼神の如き強さです。とある発展間もない星に調査行った時には、天から舞い降りた戦神として崇められて調査がしづらくなってしまった程に……。
シュメちゃんとしては、長いこと未開の星へと調査しに行っているので、その時の過程に身に着けた“調査ラクラク技術”というものだそうで、獲物を捕らえたり捌いたりする時の身のこなしらしく、対人戦闘に活用しようとはあまり思ってないみたいです。ですがちゃんと、対人戦闘技術としても利用できることは理解しているみたいで、今回のアクア・リタさんとの一騎打ちの時の動きは、本来相手の武器を認識できる程度に頭の回る生物が飛び掛かってきた時に、武器を手放したフリをして死角から頭部を砕いて仕留める技術らしいです。
因みに、シュメちゃんの使うナイフは『超硬鉄鋼』という加工不可レベルの鉱石の欠片を“シュメちゃんが自らの指圧で潰して加工した”もので、24kgとナイフにしてはとても重いものを使ってるみたいですが、シュメちゃんにとってはかなり軽いのによく切れるらしく、指先で器用にくるくると回したりできるみたいです。流石、超重力の惑星系、黒耀系出身なだけありますね! お姉ちゃんも意味が判りません!
そうそう、黒耀系出身と言えばシュメちゃんの星は物凄い重力負荷がかかるそうで、その負荷に耐えるための筋量がシュメちゃんには種として備わっているので、密度の低い星でなら、地面を強く踏み込んで地盤を隆起させることも出来るそうですよー。まあシュメちゃんは壊すのは嫌いだから極力やりたくないって言ってたので、見る機会は無いと思いますけどねぇー。
あ、そうだ! 1つ良い忘れてたことがありました。シュメちゃん、自身の力が強いことを理解しているので、エニフルにいる時もなるべく脱力して行動しているみたいですが、それを良いことにヤンチャな職員の子がシュメちゃんのことをフィジカル“星屑弩大猩猩”だと小馬鹿にしていたみたいで……、その職員の子は多少頑丈な種族の多い星の出身だったから一命は取り留めたものの、シュメちゃんの力の前ではそれはもう見るも無残な状態に……。
「メモ姉?」
は、はひっ!? シュメちゃん、なんでここに……?
「今私のこと、フィジカル“星光光大猩猩”とか言ってなかった?」
えっ? い、いやそれは、お姉ちゃんが言ったのはスターダストドゴリラの方でって、お姉ちゃんが言ったわけじゃないんですけど、豆知識のちょっとした小話として紹介させてもらっただけで、お姉ちゃんはシュメちゃんがフィジカルスターダストドゴリラだなんて全く思ってませんよ! だから、ねっ? その明らかに不服そうな顔を辞めて、ニコッとさせてもらえませんか……?
「ふぅん? まあ、別に誰が私のことをどう思おうが今更気にしないけど……だからってなんでゴリラ呼ばわりされるかな? 別に良いけどね? でも私、あんなにモリモリしてないし……」
ああ! み、皆さん、今回の豆知識はこれでおしまいです! また次回の豆知識を楽しみに待っててくださいねーって、あぁんシュメちゃん、待って! 行かないでください! 誤解ですってばー!